第二話 ・魔術少女ミラクルメルル(下)

 


 ーーおよそ24時間前。




 お父様の願い事は私の予期せぬものであった。




「祝福の儀ですか……」


「そう、祝福の儀だ。明日、メルルには祝福の儀を受けてもらうことになる。そこで初めてメルルは、正式に奇跡の神子と認められることになるんだ」




 え、明日だって?!




「どうして、そんな急に」




 私の疑問に、お父様はバツが悪そうに答える。




「……それは、予定よりメルルの到着が遅かったから」


「……はい、申し訳ありません」




 今更ながら私の『ささやか』は全然ささやかではないと、訂正しておこう。


 だって、初めてのお出かけですよ。ファーストトラベルですよ! そりゃテンションも上がるってもんですよ。だから仕方なかったんだ。




 あ、そういえばなんかセバスが半泣きだったような……後で謝っておくか。




「いや、いいんだよメルル。祝福の儀の最中、基本的にメルルは教皇クレリヒト二世猊下の祝福の詞を聞くだけだし、さっきみたいに当然の事のように自信を持って立ってるだけでいいんだ。……だから、そんな泣きそうな顔をせずに」


「なんのことですかしら? め、メルルは別に泣きそうになんかなってませんことよ!」




 うん! 吐きそうだ!




 事の重大さを理解した私は、血の気が引いていくのを感じた。キャラは安定しないし、心拍数がさっきから鰻昇だ。だって教皇ですよ! 猊下ですよ! 自慢じゃないが、私の前世こと俺氏は、総理大臣を直接見たことすらない。


 例えば天皇陛下なんて畏れ多くて、肉眼で確認しようものなら、眼球が反転してしまうかもしれない。せいぜいが、市長、いや、校長先生ぐらいになら祝福の儀(表彰状とかをもらうあれ)をされても耐えれそうなものなのだが、今回の相手は教皇様だ。




 私の小市民な胃が耐えられるとは、とても思えない。私はどうにも幽霊だとか、権力だとか、物理的にどうしようもないものは苦手である。




 私が、未だ見ぬやんごとなき御方に不安をあらわにしていると、お父様は何かを思いついたようにポンッと、手を叩くき私に後をついてくるように促してきた。




「あ、そうだ。メルルに見せたいものがあるんだけど、私の後ろをついてきてくれるかな」


「……はい」




 お父様の後をトボトボと俯きながらついていくと、目的の場所に着いたらしく部屋の中へ入るように促される。すると、今度は目を瞑るように言われた。




「あの、なんでですか?」


「ははは、いいから、いいから。私がいいと言うまで、目を開けちゃダメだからね」




 私は沈黙を持ってこれに答えると、目を瞑り静かにお父様からの合図を待つ。うぅ、なんだかムズ痒い、なんだろうこの変な感覚。私が言い知れぬ焦燥感のようなものに悶えていると、私の気持ちを知ってか知らずか、すぐに首に何かをかけられた。すると、お父様から「もーいいよ」と、楽しげな声がかけられる。




 目を開け、自分の首に目を向けると……。なんだこれ? 拳大程の歪な紅い宝玉に、金色のチェーンが付けられただけのシンプルなデザインのネックレスがかけられていた。




 私だって、宝石を愛でる感性ぐらいはあるんだけど……。ぶっちゃけ、気持ち悪い。




 だって、このネックレス何故か生暖かいし、規則的に振動しているんだもん。色合いも綺麗なのは綺麗なんだけど、赤黒く妖しい輝きを放っていて、どことなく、邪悪な気配が漂っている。




「お父様、これは?」




 私の疑問にお父様は、よくぞ聞いてくれました。と、言わんばかりに瞳を輝かしながら説明してくれた。




「これの名前は魔導の心臓グリモアハート。我がヴェルロード家に代々伝わる宝玉オーブで、ご先祖様達の魔力が宿っているんだ」




 魔導の心臓グリモアハート! なんたる、厨二力。俺氏もびっくりだぜ! いやしかし、ここは剣と魔法の幻想世界ファンタジーワールドだ、私もそろそろ前世の常識を捨てなければ取り残されてしまうかもしれないな。




魔導の心臓グリモアハートですか、凄いですね」


「ははは、それほどでもないよ」




 流石、一級貴族は格が違った! 魔導の心臓持ってるのに謙虚にもそれほどでもないと言った! で、その魔導の心臓グリモアハートを私に見せてどうするつもりなんですかね?




「ーーそれに、これはもう、メルルの物だしね」


「ファ?! え、ちょ、頂けませんよそんな大切な物」




 普通に考えて、ご先祖様達の魔力が宿るとかいうヤバ……大切な宝玉を私が持ているのはおかしいだろう。




「遠慮しなくても、いいんだよ。その宝玉は私の非才の身には余る。魔導の心臓グリモアハートは優れた魔術触媒でもあるんだ。持つべき者が持ったほうが良いに決まっている。それに、メルルが魔導の心臓を受け継いだ方がお前の母さんも報われるだろう」


「え、お母様が?」


「そうだ、それの前の持ち主はお前の母さんなんだ、だからきっと、彼女の魔力もその宝玉オーブに宿っている」




「そうなのですか……分かりました。大切にします」




 不思議な事に、お母様の形見だと聞いた途端、薄気味悪く思っていた生暖かさも愛おしく感じ、私は魔導の心臓グリモアハートをギュッと握った。




「そう、それでいいんだよ、メルル。少し早くなってしまったけど、私からの誕生日プレゼントは喜んでもらえたかな?」


「はい、ありがとうございます。一生大切にします!」


「元気が出たみたいで良かった。私は勿論、母さんもついてるんだ、祝福の儀もこれで大丈夫だろう」


「はい! 私に任しておいてください」






 ーーそして、現在。




 扉を開けると、右を見れば人人人、左を見ても人人人。私の緊張感はクライマックスになり、胃液が斥候(胃液)をけしかけて来ている。私は口角を出来るだけ釣り上げ、気合で表情を笑顔に固定すると、真っ直ぐに前だけを見据え前進を始める。




 自信だ、自信を持つのだ。なんたって私は直接神様を見たことがあるのだ、生神なまがみを前にしようと、俺氏のクレイジーな性癖は何ら自重しなかったではないか、当時の不敬に比べればこんな儀式など恐るるに足りず! それに、目の前で微笑む猊下のご尊顔を見てみろ。




 うん、なんか普通だ。




 目の前の人が、教皇猊下で間違いないんだろうけど、なんかお祖父ちゃんに似てる。具体的に言うと、コタツでミカンとか食べてそう。豪華な法衣を着て、コタツミカンか、なんかシュールだな。ププッ、うぐ、おろろっ?!




「くふ、うふふふふ、おぐっ」






 『瞬間、私に電撃が走った』






 時間が圧縮され、0.1にも満たないであろう時間の内に、多くの事を考えた。


 この感覚知っているぞ、俺氏が死ぬ瞬間に感じたアレだ。




 私の胃の中で革 命レボリューションが起きたのだ。帰ってきたのだ朝食で食べ過ぎた戦士達デザートが帰ってきたのだ!


 ここで私が嘔吐すればどうなる? おそらくは神子が、祝福の儀の最中に嘔吐するなど前代未聞であろう。そんな傾奇者がいるなら見てみたいものだ。いや、私が今まさに傾奇者に、なろうとしている危機なわけだけど……ヤバイ、ヤバイヤバイぞ! そうなった日には私の渾名が、明日からゲロ神子になってしまうではないか、




『チースッ、ゲロ神子さん、なんか臭くないですか?』


『なんのことかしら? 私にはわからないわね』


『いやいや、臭うんですよ。あんたの女子力としゃぶつの臭いがね!』




 ヤダヤダやだやだ、絶対に嫌だ。




 それに、子の恥は親の恥。お父様まできっと、ゲロ女の父とか、吐瀉物の祖父とか呼ばれてしまう事になるだろう。ここはなんとか、無かった事にしなければならない。そうだ、無かった事にすればいいのだ。




 一切の猶予がない、刹那の間に私は魔術を発動した。




 飲み下す? 否、一度燃え上がった革命の炎は燻り続け、私を苦しめるだろう。所詮は時間稼ぎにしかならず、根本的な解決には程遠い。


 ならば、無かった事にすればよい。


 逆らう民(柑橘類)など、消滅してしまえ。




『“デリートホール”』




 闇系統の中級魔術を絶妙な加減で発動する。無論、詠唱などやってられないが、喉を潰されれば使い物にならない、有象無象の魔術士と私を同じにしないで貰いたい。勿論無詠唱での発動だ。




 私の左掌に極小のブラックホールが生み出され、私の女子力としゃぶつを飲み込んでいく。


 この時、最大の注意を払わなければならないのが、その出力。


 強すぎれば、私の顔面が吸い込まれ大惨事。逆に、弱すぎれば、私から溢れ出る女子力としゃぶつが露呈してしまう。


 この作業には、神の天秤の如きバランスが求められた。にじみ出る汗、高鳴る鼓動を鋭敏化した感覚器官で知覚しながらも、全てが終わるその時を待つ。私の中で、遅滞した時間が流れていき、




 ギュるるるるるる、不快で耳障りな音が骨伝導でもって、私の頭に響きわたる。




 おおよそ、数十秒。体感時間にして数時間の時が流れた。




 クゥ~、すっぱぃ……。




 ふぅ……大らかな気持ちで持って、猊下に向き直る。


 猊下のご尊顔は、今も変わらず和やかな微笑を湛えており、いや違う、なんか左目の辺が痙攣してる? 




 衝撃、




 なんと! 猊下がウィンクをしてきたではないか、流石は教皇、懐の広いこと広いこと。後ろで般若の如き形相で私を睨みつけてくる、おっさんがいるが、彼も猊下を見習うべきである。そもそも怒りとは“悪”である。キリスト教で言うところの憤怒は、七つの大罪で最も重い罪であり、唾棄すべき最悪の感情であると位置づけられている。また、日本人が最も親しみのあるであろう仏教においては、怒りは人を地獄に堕とすと考えられ、転生時の査定で大きな影響を及ぼすのだ。これは、転生経験者である私としては、実にいただけない事である。人はもっと大らかに生きるべきなのだ、そうしないと俺氏のような碌でなしになってしまい、幼女に精神力で負けるような残念転生をする羽目になってしまう。しかし、勘違いしてはならないのは、怒りとは時に賞賛に値する事もありーー






「ーー今この時を持ち、創造主オリシオンの名において汝を奇跡の神子と認めよう」






 祝福の詞はクレリヒト二世猊下のその言葉をもって、締めくくられた。




 悟り(賢者タイム)を開き、人の抱えるジレンマや、宗教哲学に思い耽けている間に、随分と時間が経っていたらしい。もう少しで人間うちゅうの真理にたどり着きそうだったのだが、まぁ良いか。




 これで祝福の儀は終わりだと言いたいところなのだが、むしろお父様の『お願い』的には、ここからが本番である。私は猊下の隣りを歩くという大変名誉な経験をしながらもバルコニーに粛々と歩を進める。




 事前に本日のプログラムは説明されていたのだろう、私たちの後ろを数百人の人達がついてくる。


 おそらくは地位が高い順に並んでいと思われる、その列に当然ながらお父様も加わっている。きっと、お父様のことだから相当に前列の方に並んでいるに違いない。


 そうであって欲しい、ここまで来たんだ、いっそのことお父様には私の勇姿を最前列で見守っていて欲しいと思う。




 俺氏の実家の敷地よりも広いんじゃないかと思う超大型バルコニーに到着すると、猊下から声がかけられた。




「さあ、奇跡の神子よ、奇跡の御技をここに」


「はい」




 簡素な返事と共に、促されるまま私は八歩前に進む。




 はた迷惑な事に神子は、祝福の儀の後に自身の特色に当たる技を披露する習わしになっているらしい。先輩神子の剣戟の神子は、現存の武技にオリジナルの武技を組み合わせ、見事な剣舞を披露して見せたと言う話だ。




 剣戟の神子、当時五歳。私のようにズルをしているわけでもなく、武技を自前で覚えた先輩は本当に大したものだと思う。私なんて小馬鹿にしていたスラッシュですら、最近覚えたばかりだというのに。……まぁ、今回も普通にチート使わせてもらいますけどね。




 未だ見ぬ剣戟先輩をリスペクトしていると、頬に冷たい感触があたった。


 ん? これは雨か。今日は朝から曇り空であったが、間の悪いことにちょうど今から降り出してしまったようだ。いや、むしろ好都合と捉えるべきかもしれない。今から私が使うのは最上級魔術にして、闇系統をこよなく愛する俺氏、唯一の光属性魔術、これを発動するにはちょうどいい。




 どうやら私を半円状に包囲しているらしい、ギャラリー達。彼等の視線を一身に受け、居心地の悪さを感じながらも魔導の心臓グリモアハートを指が重なり合うように握り締め。私は詠唱を開始した。






『傲り、踊る愚者の狂宴、謀り、蔓る背信の凶淵。憂き世に救済の裁きをもちて、神の威光を示さん。人の身にて人に非ず、地上の戒め天上への楔、信徒を導く信仰の標。祈り跪け、響き轟くは福音の知らせ、十三の神器を持ちて大罪を滅ぼさん』






 ……ながい!




『神威をここに体現、遍くを照らす光源、開闢の宣言!』




 Hey! チェケラッ!




『破邪の閃光よ……照らし、焼き尽くせッ!! “神意示す神光の標オラクルレイ”』




 ちょっと 快 感ッ☆




 魔力を一気に解き放った時、特有の倦怠感と快感が入り混じる独特な感覚。その余韻に浸る間もなく一筋の光が雲に突き刺さり。そこから空を縦になぞるように延びると、数瞬遅れーー“爆ぜる”。目を焼くような強烈な閃光が降り注ぎ、天地がひっくり返ったのかと錯覚する程の轟音が大聖堂を震わせる。




 全く、近所迷惑極まりない所業だ。


 私としても、ここまでの威力は想定していなかった。雨雲を散らすぐらいの威力は見込んでいたものの実際はこの通り、ご老人がショック死してしまわんばかりの衝撃、雨雲なんぞ完全に消滅してしまい空は雲一つない晴天。うぅ、日光が眩しい。




 想像を絶するような破壊力に、私も内心驚きながらも、後ろに向き直り、とりあえずドヤ顔を決めてみる。


 私、こんな時どんな顔をしていいか分からないの(ドヤァ)








 ーー気まずい沈黙が、広いバルコニーを支配する。先程の轟音が嘘のような静寂に私は思わず頭を抱えたくなるが、子の恥は親の恥。なんとかドヤ顔を継続していると、クレリヒト二世猊下から想像の斜め上な救いの手が差し伸べられる。




 なんと! 猊下、号泣である。




 目を見開きながら私を見つめていた猊下は、急にボロボロと涙を流し出した。すると猊下はクルリっと、反転しギャラリーの皆様方に両手を開きながら煽るように、こう言い放ったのだ。




「奇跡である! これが、奇跡の神子の御技である。皆、神子に祈礼きれいを」




 すると皆一様に左拳の親指を額に当て、右手で下腹部を押さえながら深々と頭を下げる。勇者ロイが、祈りを捧る姿から生まれたと伝わる祈礼。この祈礼はオリシオン教徒にとって最大限の敬意を相手に示すものである。


 この、異世界式最敬礼は、あまり軽々しく使うものではない。ちなみに、オリシオン教はエルズランド唯一の宗教だ。表面上は基本的に全人類オリシオン教徒なので、祈礼は冠婚葬祭には欠かせない一般教養だとセバスが言っていた。




 いつの間にか、猊下まで私に祈礼している。身なりから一発で地位の高さが窺う事の出来る。そうそうたる面々が、私のような小娘に最大限の敬意を向けているのだ。


 へっへっ、私も偉くなったものだぜと、開き直ることも出来るわけがなく。私はドヤ顔のまま、ただ固まっていた。




 救いの手の正体は、地獄へと突き落とす一手。猊下信じてたのにィ! いや、猊下は悪くないな、別に誰も悪くない。とうぜん私も悪くはないので、仲間はずれにされる謂れもない、とりあえず私も祈礼をしてやり過ごそう。




 広いバルコニーにサンサンと日光が降り注ぐ中、百人単位の人々が全員、お腹を抱え腰を折る光景は、正に異様だ。これはきっと伝説になるに違いない。
















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・設定紹介


勇者『ロイ・ベルフト』


約500年前、超人的な活躍により魔王を倒し、世界を救った伝説の人物。


ベルフト王国の初代国王でもある。




異世界式最敬礼『祈礼』


勇者ロイが祈りを捧げる姿から生まれたとされているが、彼が何故この姿勢をとっていたかは不明である。


余談かも知れないが、彼は当時、猛烈な腹痛に苛まれていたらしい。

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