世界はまだ、完璧ではない
交刀 夕
第一章 理想の世界
第1話 理想の世界へようこそ
お集まりの皆さん。
2040年7月、ついに人類は誰もが幸せになれる理想の世界を手に入れることが出来るようになります。AI「エデン」が完成したのです。
エデンはオプトジェネティクスという技術を使い、使用した全ての人間の能力を向上させることができます。
脳にエデンデバイスを埋め込み、そして耳にこのリンクデバイスをかけることで、脳の活性化と不活性化を自由にコントロールすることが出来るようになるのです。
これにより、人間の平均IQは150以上になり、集中力もアップ。勉強や仕事の効率が飛躍的に向上します。もちろん、身体能力も上げることが可能です。
そして、不眠症でお困りの皆さん。エデンは指定した時間に脳を不活性化してくれるので、不眠症からも解放されます。
もちろん起きる時刻も指定することができるので、寝起きもバッチリです。
エデンは人間の能力向上を図るだけでなく、今後、社会インフラの一部も担うことになります。情報を一括管理する事で、より効率の良い国家運営が可能になるからです。
AIにそんなことまで任せていいのか? ご心配の方もいるかと思います。ご安心ください。きちんと手は打っております。
エデンのプログラムは殺人などの重罪や、悪質な言動を何度も繰り返している場合を除いて、エデン独自の判断で人を逮捕できないようプログラムされております。また小さな事件は目こぼし、重大事件でも逮捕後の判断は必ず人間が下せるよう設計されております。
これで仮にエデンが暴走しても、柔軟に対応することができるようになっているのです。もちろん、プライバシーも最大限、尊重した形で運用されます。
皆さん。このAIは敵ではありません。皆さんの能力を最大限に引き出し、そして幸福な人生を歩むためのいわば相棒です。エデンと繋がり、自分の能力を最大限に活かせる幸福な人生を手に入れてください。
2162年6月、僕、戸矢重紀(とや しげのり)は、10日後めでたく高校を卒業する予定だ。8月からは医者として働きはじめる。
僕に医者になるよう勧めたのは、AIのエデンだ。
15歳の時、エデンは僕の性格と能力を他の人よりも苦しんでいる人を助けたいという気持ちが強く、論理的な思考が得意であると評価した。
エデンの評価に何の異論もなかった僕は、エデンが推薦してきた複数の職業の中で一番あっていると言われた医者になることを決めた。
ベッドから起き、洗顔など一通りの事を終えて居間へ行くと、両親がモニターでニュースを見ながら朝食を食べていた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
僕があいさつをすると、両親もそれぞれ僕に言葉を返してきた。
僕はイスに座り、暖かなミネラル入りスープを口にした。
このスープの中にはたくさんのミネラルが入っており、いま目の前にあるビタミン入りライスと高タンパク質ゼリーも食べれば、一日に必要な栄養素の3分の1をバランスよく取ることが出来た。
昔の人はたくさんの種類の食べ物を効率悪く摂取していたと学校で学んだが、何でそんな非効率なことをしていたのか全く理解できない。
モニターに流れているニュースでは、エネルギー消費がさらに少なくなる半導体素材が開発されたと報道されていた。
今使用しているリンクデバイスは遠隔充電しなくても一週間は持つが、これからは倍以上持つようになるらしい。とてもいいニュースだ。
「重紀。卒業式いつだっけ?」
父親が聞いてきた。
「10日後。その後は8月までずっと休みだよ」
「そうか。もうそんな時期か」
「卒業は大丈夫だよ。残り全部休んでも問題ないから」
「早いわね。まだ子供だと思っていたのに、もう社会人か」
母親が少し寂しそうに言った。
昔の人たちは高校を出て働くという選択肢の他に、大学や専門学校などへ通って、高度な知識や技術を学んでいたらしい。
だが、今の時代は18歳になったら皆、働き始める。理由は簡単で、すでに必要な知識や技術を身につけているからだ。
現代の子供たちは10歳になった時にエデンデバイスを頭に埋め込み、オプトジェネティクスを使って能力を向上させながら勉学やスポーツに励む。
だから、15歳になった時には母国語を含めた5つの言語と基礎的な学力が全て身についた状態になっている。
そして16歳になったらエデンが個人の資質から向いている職業を推薦し、それを参考にしながら専門的なことを学び始める。
ちなみに大学は現在も存在しているが、そこは学ぶ場ではなく研究する場になっている。
「ごちそうさま」
僕は食事を終えると、洗面所に行って身だしなみを整えた。そして部屋に戻ってカバンを手にし、玄関を出て学校へ向かった。
駅に向かって歩き始めると、すぐに周囲の様子がいつもよりも騒がしいことに気がついた。
上空に目をやると、駅がある辺りで黒い煙が立っていた。
何か事故でもあったのかな? あまり気にせず、そのまま駅に向かって歩いていると、正面から見たことのない20代前半くらいの若い男が、必死な形相でこちらに向かって走ってきた。
僕は彼のため道をあけようと思い、道路の片側に寄った。
するとなぜかその男も僕のいる方へ寄って来た。そして男は僕の目の前で立ち止まると、突然、僕を強く抱きしめた。
「おお、重紀。久しぶり」
その男は僕の名前を知っていた。
「元気そうで何よりだ。そろそろ卒業か?」
その男は妙に僕に馴れ馴れしかった。だが、どこか少し懐かしい感じもする。
何だろう、この感覚は。
「すいません。どちら様ですか?」
僕は男の腕を解き、一歩後ろに下がってからたずねた。
「お前の実の兄だよ」
男はにこやかな表情をしながら答えた。
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