閑話Ⅱ

閑話6 謎の歌姫①

 ◇再び閑話を数話挟みます。

 最初はティストとナドレスのちょっとコメディ?な後日談をどうぞ。



「正体不明の『歌姫』?」


 ティストは朝食のスープを口に運ぶのをやめ、母である王妃の科白せりふを繰り返しました。

 長いテーブルにレースをあしらった白いクロス、くもり一つなく光を放つ食器に、城お抱えの料理人が存分に腕を振るった料理。


 王様の意向により過ぎた豪華さは抑えられているものの、どれ一つ取っても十分に吟味ぎんみされたものだとわかります。

 食事を取る場としては広すぎるほどの部屋には、何人もの給仕係が慌ただしく行き来し、それらを包み込むように柔らかい陽光が差し込んでいました。


「ええ」


 しばらく食べることに集中していた王家の面々は、一区切りついたところで会話を始め、その流れで王妃が使用人から聞いたうわさ披露ひろうしました。


 王妃の、一度は死の直前まで衰弱すいじゃくしきっていた体力も、最近ではこうして食卓につくことが出来るまでに回復を見せています。


「城の者達の間ではかなり広まっているようです。夜になると、どこからともなく美しい歌声が聞こえてくると」


 見回りの兵士が耳にしたのが最初で、その時は使用人の誰かがこっそり歌っているのだろうと思ったようでした。


「夜な夜な聞こえる歌声を多くの者が聞きとめるにつれて、正体を突き止める動きが出てきたのですが……」

「誰だかわかったの?」


 王妃は首を横に振りました。それから声をややひそめてささやきました。


「それはもう、この世のものとは思えないほどに美しい歌声、という話です」


 夫婦は絡めるように視線を交わして軽く頷き合い、息子はもしかしたらという思いを胸に天井を仰ぎましだ。



「ティスト様、ごめん!」


 ぱん! と両手を合わせて、ナドレスは小さな主人に頭を下げた。王子の執務室には彼ら二人だけで他に人の気配はありません。

 それでもティストは扉の外を再度確認すると、しっかり閉めてから振り返ります。


「じゃあ、やっぱりナドレスなんだね、『歌姫』の正体」


 三つ編みに結った淡い紫の髪を揺らして、彼は「だと思う」と認めました。


「術の訓練をしていたんだ」


 所在なげに項垂うなだれ、目は完全に泳いでいます。こうしていると、見目形の整った点を除けば、どこにでもいる普通の若い男性にしか見えません。


 けれど、この王子の側近にはこのオキシアという国を守護する天使という、もう一つの顔がありました。

 力を振るう時、彼はその姿からは想像もつかない美しく高い声で歌うのです。


「いざって時に鈍ってたら笑い話にもならないから。けど、まさかこんな噂になるなんて」


 思いもしなかったと、大きく息を吐き出します。


「そりゃあ、なるよ」

「どうして? 別に、ただ歌っていただけなのに」


 これにはティストもびっくりしてしまいました。どうやら「歌」そのものが問題だという点に、彼は全く気付いていないようです。


「あのね……。そうだ、ちょっと歌ってみてくれる?」

「ここで? ……わかった」


 唐突な提案にきょとんとしていた青年も、主人の目つきに真剣さを感じ取ってうなづきます。二三のどを調整すると、柔らかい旋律せんりつひびかせ始めました。


 小鳥のさえずりを連想させる、透明感のある曲です。何の術ものせていなくとも、人に理解出来ないことばは心地よい音となって耳に吸い込まれていきます。


 いつまでも聞いていたくなる歌声でしたが、ナドレスはワンフレーズだけ歌い終えると元のいつもの声に戻って「これでいい?」と訊ねました。

 すっかり魅せられていたティストは気持ちを切り替えて浅く息を吐き、まっすぐにパートナーを見据えます。


「自分の声や歌を、どう思ってる?」

「どうって……力をのせて術を編むための手段、かな」


 彼によれば、歌で力を行使するのは天使の間でも特殊とくしゅな力のようです。しかし、今議論すべきはそこではありません。


「上手だとか、キレイだとか」

「上手? 歌うのは好きだけど、天使なら誰だって歌うよ。エルネアだってさ」


 ナドレスが説明すると、少年は何度目かの溜め息のせいで減りそうになる空気を肺に大きく吸みました。


「人間はそう思わないんだってば!」

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