第27話 わかたれた心②

 サレアルナが見上げる壁の向こうでは争いの火と煙が充満し、血の臭いは防ぎようがありませんでした。


「そうなったら、いくら仲間でも黙らせなきゃならなくなる。とうとう他の神々が決断を下したと知った時、サレアルナは悩むのをやめた」

「それって」

「誰も犠牲にしたくないなら、自分が犠牲になるしかないって思い込んでさ。いくら止めても駄目だった」


 戦場に自ら足を向けたサレアルナは、クルテスもろとも封印される道を選びました。いつか彼が仲間の大切さを思い出して、心を変えてくれると信じて。


「クルテスは拒まなかった。形はどうあれ、女神を得られるから、ひとまずは納得したみたい」


 自分の元へ下る彼女を見た時の歓喜は凄まじかったに違いありません。恋人に封印を強要する姿には、打ち震えたことでしょう。


「もちろん、クルテスにだって打算があったと思う。自分と共に在ることで、サレアルナが心変わりする可能性を持ち続けていたはずよ」


 ミモルはぽつりと、「悲しいね」と呟きました。


 どちらも相手が変わることばかり望んで、ゆずろうとせず。永遠に近い命の流れの中にあっても、それでは未来永劫みらいえいごう、互いの思いが交わることはありません。

 背中合わせの二つの影を想像すると、浮かんでくるのは歯がゆさでした。


「……でも、同情なんてしない」


 一歩引いた冷静さを持った声音が、突然熱を帯びました。


「封印される瞬間、サレアルナはあたしを放り出したのよ」


『あなたまで、巻き込むつもりはないわ』

『や、止めて!』


 あの時に感じたのは、どんと胸を押されるような衝撃しょうげき。浮遊感。そして。


「気が付いたら、あたしは見知らぬ赤ん坊の中に閉じ込められてた」


 ずきり、という痛みを胸に感じて、ミモルは咄嗟とっさに手で押さえました。


「その人間の一部として生まれて、死んだらまた別の人間に宿る。そんなことを何度も何度も繰り返して来た」


 ズキ、ズキ、と懐が脈打ちます。女神が封じられてからの気の遠くなるような年月を、ずっとリーセンはそうやって生きてきたのでしょうか。


「あたしが心の中に住んでるって知った人間は、大抵は気持ち悪がるか無視を決め込んだ。医者に行った人もいたし、気が狂ったのもいた」

「そんな」


 悲鳴を上げ、取り合おうとせず、追い払おうと必死になる者達。話しかけると気味悪がられると気付いてからは、黙ったまま一生を見届けた相手もいました。


「でも、そうすると……自分が本当にここにいるのか、分からなくなってくるんだよ」


 彼女は言いながら、嫌悪するように自らの髪を掴んで引っ張りました。ミモルに伝わってくる痛みが、だんだんと全身を包む冷気に変わっていきます。


「サレアルナは巻き込みたくなかっただけかもしれないけど、不完全なままで放り出されたあたしが生きてきた時間は、牢獄ろうごくで過ごしているのと同じだった」


 自由も、帰るべき場所もない――魂の牢獄です。


「リーセン……」

「誰からも求められないのに、消えることも出来ない。こんな苦しみを味わうくらいなら、連れていって欲しかった!」

「リーセン!」


 ミモルは頭をきむしる彼女の手を奪って、ぎゅっと握りました。

 ここが夢なのか、それとも精神の世界なのかは分からなかったけれど、触れた手には温かかさがありました。

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