閑話4 雪空のおとしもの(2)
「可愛いおうちですね」
案内した先は、ぽっかりと開けた空間に立つ小さな木造の一軒家でした。丁寧な作りが、暖かみを感じさせます。
「小さいだろ。もともと、木こりだった父さんと母さんが二人暮らしをしていた時に立てた家らしいから。今も俺と妹だけだしな」
「妹さんがいるんですね、仲良くなれるでしょうか」
そう呟く姿は年相応の女の子に見えて、ヴィタはほんの僅か安心しました。
「ただいまー」
扉を開くと、温もりが優しく頬を撫でました。それだけ寒い場所にいたのだと改めて思い知ります。
「おかえり~」
奧からパタパタと音を立ててヴィーラと同じくらいの少女が現れました。雪国に住む者ならでは白い肌と、それに似合わぬ勝ち気そうな瞳をしています。
兄の後ろから入ってくる相手を見て、その大きな目をぱちくりと
「あれ、お客さん?」
「お、お邪魔します」
緊張した面持ちで挨拶する横で、ヴィタが溜め息を付き、「ちゃんと家にいたか」と
「ちゃんといましたぁ」
きちんと言いつけは守りましたとばかりに妹は一度頬を膨らませてから、すぐに興味津々の表情に戻りました。退屈を持て余していたのが手に取るように感じられます。
「それより、この子どうしたの?」
「木を切ってたら空から降ってきた」
まだ片付いていない問題を早速出されて、ヴィタはぶっきらぼうにありのままを吐き出しました。
「もう、真面目に聞いてるのに」
唇を尖らせて文句を言うも、こればかりは仕方がありません。自分のせいで兄妹喧嘩が始まりそうだと気づいたヴィーラが、前に出て体を二つに折りました。
「はじめまして! ヴィーラと申します」
同い年くらいだと思っていた女の子に礼儀正しい挨拶をされ、ヴィタの妹は再び目をぱちくりさせます。
両親がいなくなってからはずっと兄との二人暮らしで、こんな「育ちの良い」相手は初めてだったのです。
「え……と、あたしはディー」
ヴィーラはにっこり笑ってディーの手を取りました。柔らかく、ほんのりと温もりのある手でした。
「ディーさん、どうかお兄さんを責めないでください。本当のことですから」
「……?」
玄関で立ち話もなんだからと、兄妹は
細長いテーブルには椅子が四つ備えられていて、かつては四人で楽しく会話を交わし、食事をしていたのだろうと察せられます。
「ディー、何か飲み物を頼むよ」
「はーい」
椅子の一つに立てかけられていたエプロンを羽織り、ディーがふと足を止めます。
「お客さんは何がいい? お茶? コーヒー?」
「では、お水を頂けますか?」
『えっ』
まさかこの寒い中、冷たいものを所望されるとは予想しておらず、二人は驚きの声を重ね、顔を見合わせました。
それから思わず窓の外に視線を走らせますが、雪が溶けきるほどの熱さえ外には満ちていません。
「……湯じゃ駄目か」
詳しい話は一息付いてからと決めていたので、深く問い詰めはしませんでした。しかし、目の前で冷え切った水を飲まれるのは気持ちの良い光景でもありません。
「あ、はい」
自然と兄妹の口から安堵の息が零れました。
一息付くと、ようやくヴィタはこれまで目を背けてきた問題に向き合う覚悟を決めました。
「それで、さっきの話だけど」
「さっきの……あぁ、私が落ちてきた理由ですね」
出された湯を小さな両手で包み込むようにして飲んでいたヴィーラが、にこりと微笑みます。その笑顔にはこんな山奥に住むものにはない上品さが漂っていました。
ディーは先程から目を輝かせて可愛らしい客人を眺めています。色々と聞きたいのを兄に視線で
「お話した通りです。私は上から来ました。その、ちょっと着地を誤って、空から降ることになってしまって」
「だから、そんな話、信じられるわけがないだろ」
もう何度も同じ押し問答を繰り返した気分になります。理解できない事を主張されると、年下の子ども相手でもさすがにイライラしてくるというものです。
だから、少し困らせてやろうと思っただけでした。
「空でも飛べるっていうのかよ。証拠は?」
自分でも意地悪なセリフだとヴィタは感じていました。きっと彼女は本当のことが言えない事情があって、こんな作り話をしているのだと。
「証拠……」
予想通り、ヴィーラは
「もう、お兄ちゃん! この子困ってるみたいだよ。聞いちゃ悪いよ」
「……そうだな」
別に、自分より幼い女の子を
「証拠ならあります。今、お見せします」
意を決したように立ち上がった少女は、深呼吸して両手を軽く開きました。
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