第33話 あねとの再会②

「やっぱり、そういうことだったのね」

「分かってるんじゃない」


 エルネアはさして驚いた様子もなく、相手をにらみ付けました。さっと身を前に出し、ミモルをかばいます。初めからこうなることを予測していたのでしょう。


「そうか、ダリアは自力で逃げてきたんじゃないんだね」


 二人の間に流れる緊張から、ミモルにもピンときました。姉は逃がされたのだということに。その反応が面白かったのか、マカラが「えぇ」と声を上げます。


「そう。助けて助けてってうるさいから、助けてあげたの」

「……心を覗いたのね」

「力を注ぎ込む時に見えただけ。いっつも母親やらそこのお嬢ちゃんのことばっかり考えてるみたいで、面白くもなんともなかったわ」


 悪魔は尖った爪を唇にあててあざけりました。ただの挑発に過ぎないと分かってはいても、ミモルは腹の内からわき上がってくる怒りを抑えられません。


「どんなにダリアが苦しんだか、分からないの? あなただって天使だったんでしょ。大事な人が居たんでしょ?」

「……大事な人? そんなもの、居るわけないじゃない。ずっと、ひとりだったんだから」


 少女のふつふつと煮える感情を前に、マカラから表情が消えました。


「嘘だよ。まだ思い出さないの?」

「そんなことはどうでもいいっ」


 マカラが床を蹴り、身を躍らせます。反射的にエルネアが少女を庇いましたが、狙いはそこにはありませんでした。


 ダリアに覆いかぶさり、手はしっかりとその喉元を捉えています。姉はこの騒ぎにあっても目を覚ますことはないようです。

 もう、その命がぎりぎりのところまで来てしまっているのかもしれません。


「そっと爪でなぞるだけで、血がこの部屋いっぱいに飛び散るでしょうね。もちろん、アンタにもたっぷり浴びさせてあげる。どんな味がするか、知りたくない?」

「やめてっ!」


 思わず、ぐっと細くなってしまった体を切り刻まれ、部屋が、自分が、全てが真っ赤に染まった光景を想像してしまいます。

 少女の金切り声を聞き、再び口元に残酷な笑みが戻りました。


「……そうだ。溜め込んだ力を全部解放して、扉が開くかここで試してみようか」


 さぁ、どっちに賭ける? と悪魔が言います。そんなことをすれば、成功云々に関わらずダリアは死んでしまうでしょう。

 汗が頬を伝い、心臓が早鐘を打ちます。自分の呼吸と、血が激しく体を巡る音がやけに大きく聞こえました。


「やめてっ。私がやるから、だから――」


 声と涙を振り絞った、その時でした。


『呼んで』


 耳の奥で、誰かがささやきました。


『呼んで』

「……聞こえる」

「ミモルちゃん?」


 ダリアを助けようとエルネアの腕の中でもがいていた手が、ぴたりと止まりました。


『呼んで』

「聞こえるよ。誰かの声が」


 初めは小波さざなみのようにか細かったそれも、回を増すごとに大きくなっていきます。しかし、どれだけ大きくなろうとも自分の耳にしか届かないようでした。


「このに及んで、何を訳の分からないことを。恐怖で頭でもおかしくなった?」

『呼んで』


 自分の中で何が起きているのかが分からず、ミモルは目蓋を閉じました。

 そうして外からの刺激を遮断すると、色々なものが遠ざかり、一人ぼっちになったかのような心地がします。


『あの光じゃない?』


 もう一人の自分が、精神の底から澄んだ声を発しました。暗い海から上がってくるかの如く、音も立てずに。


「そうだ、あれだ」


 リーセンの言葉をきっかけに、以前見た夢を思い出しました。あの時は光に触れようとしたところで目が覚めましたが、今度はもっとはっきりとした感触があります。

 触れられそうなほどに。いえ、既に触れていました。

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