第27話 姉のうんめい②

 二人に戦慄せんりつが走りました。正規の手順を無視してそんな行為に及べば、ダリアの体にどれだけの負担がかかるか、想像するのも恐ろしく思えました。


「そ、そんなの駄目っ。早くなんとかしなくちゃ!」


 がたがたっ。椅子が後ろへ倒れそうな勢いでミモルが立ち、掠れた声で叫びます。脳裏には苦しみ悲鳴を上げて助けを求める姉の姿が浮かんでいました。


「今すぐ助けなきゃ!」

「落ち着いて! 大丈夫。まだ時間はあるわ」

「どうしてそんなことが分かるの?」


 思わず非難の色を帯びた声を浴びせてしまいます。掴まれそうになった腕を払って、涙がにじんだ瞳でパートナーを見つめました。

 疑問に淡々と答えたのは、変わらず座ったままのネイスです。


「天への扉はそんなに簡単に開くものではありません。しばらくは安全でしょう。たとえば……あなたのような存在が手に入らない限りは」

「私?」

「先ほども言いましたが、あなたはここへ来られるほどの力の持ち主です。これまで悪魔が吸い取ってきた力と合わせれば、天への扉も開くでしょうね」


 怒りと共に、体の中の何かが抜けてしまいました。立っていられなくなり、椅子に座りなおすと虚ろな表情で呟きました。


「それって、私が身代わりになればダリアは助かるってこと?」

「何を言い出すの?」

「だって、マカラの望みは天に行くことなんでしょ? だったら、私が扉を開くよ。代わりにダリアを返してもらうの」


 まさに悪魔に魂を売り渡す行為だと知っています。けれど、こんなに頑張っているのに姉にはちっとも届きません。

 いまや焦りが全身を支配し、諦めが混じり始めるのを感じていました。


「無茶言わないで! あなただって、まだ全ての契約を終えていないのに。そんなことをすれば死んでしまうかもしれないのよ」

「やっぱり、ダリアはこのままじゃ死んじゃうんだね?」

「それは……」


 エルネアには答えるべき言葉がありましたが、発するのは躊躇ためらわれました。そうして二人はしばらく沈黙へと落ち込むはずでした。


「嬉しい申し出ね? ぜひお願いするわ」

「え……」


 ミモルが驚きを発し終える間もなく、ひやりとした何かが首に押し当てられるのを感じました。吐き出しかけた息さえ口元でストップしてしまいます。


「ミモルちゃん!」


 がちゃん! と音を立てたのは、叫んだ瞬間にエルネアが触れて落としてしまったカップでしょうか。しばらくの間、耳の奥で繰り返し鳴りました。


「コカレ、どういうつもりです!?」


 ネイスの言葉で、少女は後ろにいるのが世話役の女性だと知りました。

 次いで首に当てられているものへ視線を投げると、それは彼女の指から鋭く伸びた爪でした。


 幾度となく吸ってきたもので染まってしまったかのような、真っ赤な爪。少し触れただけで、肌など容易に切り裂きそうで、見ているだけで眩暈めまいがします。


「あぁ、もうその芝居はいいわ」


 ぱちん、コカレが指を鳴らすと、ネイスが突然その場に崩れ落ちました。その動きは、糸を切られた操り人形に似ていました。


「まさか、操られていたの?」

「ただ、アタシを世話係だと思わせる暗示をかけただけよ」


 ミモルを捕らえたコカレの顔には、妖艶な笑みが広がっています。


「門の開き方を喋ってくれればよかったのに、意外と口が堅くって。だから、自分から話すのを待っていたってワケ」

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