第22話 光と闇のきおく①

 来た時と同じ要領で、ミモルはメシアを伴い上へと戻りました。再会した姉弟は感慨深げな表情でお互いをわずかの間、見つめ合いました。

 二人がこうして並んで立っていると、似ていても違いがくっきりと際立つようです。


「一緒じゃないと出られないなんて……」


 二人を眺めていたミモルが言い、かわいそう、と続けかけた唇を咄嗟につぐみます。


「それが、私達が授かった使命だから」

「使命?」

「お互いが同じでなければならないから。どちらかが強すぎても弱すぎても、世界のバランスを崩すことになるの」


 セインの説明に、ミモルは良く分からないと首を傾げました。大きな話をしていることは分かるですが、雲を掴むようです。

 すると今度は、横で見守っていたエルネアが少女の名を呼びました。


「たとえば……もし、天や地の底への扉がどんどん開いてしまったら、どうなると思う?」

「えっ、どんどん?」


 ミモルは目を丸くしました。先ほどより、いくらか話が身近になった気がします。やがて、胸の前で指を絡ませながら、ぽつりぽつりと考えを言い始めました。


「地の底から悪いものが入って来るのは困るけど、天のものなら良いんじゃないのかな?」


 天使が降りてきて地上を守護し、街や人々は繁栄する。良いことばかりではないかと思ったのです。しかし、エルネアは曖昧な笑みのまま首を横に振りました。


天秤てんびんの皿に乗ったものが傾きすぎるとこぼれてしまうように、この世界もバランスを失って、消えてしまうの」


 世界が消えるという言葉に呆気に取られていると、その華奢な肩に誰かが触れてきます。振り返ると、それはメシアでした。


「そうならないように保つのが俺達の仕事だ。あの柱の中では光と闇の世界を見張ってる」

「二人は、いわば監視かんし者なのよ」


 監視と聞いて、ミモルにはある考えが浮かびました。


「じゃあ、悪魔が……マカラが現れたのも、バランスを保つためなの?」


 そんなことのためにダリアが利用されたのなら許せません。じわじわと嫌な気持ちが湧き上がってきました。うつむく彼女の強く握った拳が、小刻みに震えています。


「あれは……」


 セインが、言葉を詰まらせる弟の代わりに話を引き継ぎました。いつもこうしてお互いをフォローしながら生きているのでしょう。


「神々がこの世界に干渉するように、悪魔の世界、つまり地の底の影響も常に地上に及んでいるわ」


 その柔らかい髪も話し方も仕草も、どことなくエルネアに似ているなと、ふとミモルは思いました。きっと、同じ存在によって創られたからに違いありません。


「病気や災害や争い……人々の心が荒むのは、地の影響が原因であることも多いわ。悪魔が地の底とこの世界との間に、小さな穴を開けているの。そういう場所で儀式を行えば、私達には悪魔を食い止められない」


 防げなかったと言う精霊達の前に、エルネアが歩み出ます。


「二人の傍には聖女がいたわ。あの森はよこしまなものとは無縁の場所よ。どうして侵入を許してしまったの?」

『……』


 沈黙が重なります。先にそれを破ったのはミモルでした。その瞳は真剣そのものです。


「どうすればダリアを助けられるの? この世界を見張ってる精霊が止められないような悪魔から、どうやって助け出せばいいの? エルも、前に同じことがあったって言ってたよね。その時のこと、そろそろ私にも教えて」


 「聖女」と聞いて、薄らぎかけていた痛みがまた胸に込み上げてきました。義母が、姉を助ける為に自分を逃がしてくれたことを強く思い出したのです。


「……700年前、今のように悪魔が、神に選ばれた子どもを使ってこの世界に現れた」


 語り始めたのは黒い青年でした。少女に聞かせるように、ゆっくりと言葉を選びます。


「あの時も、一緒に儀式を行った少女が天使を従えて旅に出た。友を助ける方法を探す為に」


 今と同じです。彼の話は静かに続きます。物語が語られる間、口を挟むものはありませんでした。


「少女は旅に出て精霊と契約し、力を付けていった。途中、出会った仲間とともに悪魔を追い詰めて打ち破り、見事仲間を助けることに成功した。……これが、神々がお伝えになった話の全てだ」

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