出前あり遠方より来(きた)る

そうざ

Delivery Comes From Afar

「申シ訳ェ、ゴザイ、マセンデス。モウ少シ、待ッテェ、下サイ」

 カスタマーセンターの担当者は、片言の日本語で答えた。

 その日、ネットをしながら昼飯はどうしようかと考えていると、デリバリー専門店のサイトに行き当たった。

 和食、中華、フレンチ、イタリアン、各地の民族料理等々、世界中のグルメを様々に取り揃えていると言う。一流シェフが腕を振るう本格的な味で、インスタント品や冷凍物は一切使っていないらしい。しかも、配達非対応の地域はなく、世界の何処からでも注文が出来、格安の上に代金は後払いシステムになっている。

 そんな事が本当に可能なのか。たちまち好奇心が頭をもたげた俺は、えて最も遠方の、原生林の奥地にある『アマゾン支店』に、日本円にして一杯三百円也の五目あんかけラーメンを注文した。

「それで何時頃に届く予定なの?」

「ア~、実ハ、白菜ガ盗マレテシマッテ。泥棒ヲチュカマエル迄、待ッテ下サイ」

「白菜なんか入ってなくても良いよ」

「デモ、デモ、実ハ~、烏賊ト蛸ヲ間違エテ仕入レテシマッタノデ」

「烏賊でも蛸でも構わないって」

 その後も、海老が背面跳びで逃げ出したとか、木耳きくらげを探しに深海まで行ってしまったとか、シェフがあんかけのとろみで身動きが取れなくなったとか、呆れた言い訳が続いた。

 段々面倒臭くなって来た頃、先方が唐突に言った。

「アッ、今、出前ガ出発シマシタ」

「本当か?」

「ホント、ホント。熱々アチュアチュデェ、オ届ケェ、シマスデス、ハイ」

「どれくらい掛かんの?」

「ア~、今ハ雨季ダカラ、チョット遅レマス」

 そこで電話は勝手に切られた。俺はもう掛け直す気になれなかった。

 元々、興味本位、面白半分で利用してみただけだ。五目あんかけラーメンくらい近所のファミリーレストランで幾らでも食べられる。


 それから三ヶ月程が経った或る日、ネットをしながら昼飯はどうしようかと考えていて、不図ふと例のデリバリー専門店の事を思い出した。

 サイトを開くと、新着情報に『サハラ砂漠支店』が新規出店した旨が表示されていた。

 またしても好奇心が頭をもたげてしまった俺は、出前を頼んでしまった。今度はビーフストロガノフだ。

 途端にインターフォンが鳴った。

 ドアの外に痩せこけた髭面ひげづらの男が佇んでいた。手には年季の入った岡持ち、元々は純白だったらしいユニフォームは泥や砂で薄汚れ、破けたスニーカーから血豆のにじんだ指が覗いている。胸に例のデリバリー専門店の名が刺繍されているので、この人物の用件は直ぐに理解出来た。

「ゴ、ゴ注文ノ……品、オ、オ届ケニ……アガリ、マシタ……」

 男は、日に焼けていながら蒼白く生気の抜けた顔で息絶え絶えに言った。今にもぶっ倒れそうだ。

 それにしても、今回のビーフストロガノフはやけに早く、ちゃんと届いたではないか。アマゾンとサハラ砂漠とではどちらが日本に近いのか、と思わず脳裏に世界地図が浮かんだ。

 男は震える手で岡持ちの蓋を開け、注文品を取り出した。

「ゴ、ゴモク……アン……」

 丼から一斉に小蝿が飛び立ち、強烈な異臭が辺りに拡がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

出前あり遠方より来(きた)る そうざ @so-za

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説