あなたに生きててほしいから

君塚つみき

プロローグ

墓参り

 友達の墓参りはハードだった。主に肉体疲労的な意味で。


 木々に囲まれた山道の途中で、私は膝に手を突いた。少し息が上がっている。額に浮いた汗を手の甲で拭いながら、どこまで来ただろうかと後ろを振り返ると、見下ろす先、土を固めて申し訳程度に木材で補強してあるだけの階段が始まるところは、かなり小さく目に映った。踏破した道のりは半分強といったところか。

「まったく、なんてところに墓を作ったんだか」

 恨み節の独り言はアブラセミの鳴き声に呑み込まれた。

 毎年欠かさず墓参りに来て今年で六回目だが、人一倍体力がない私にとって、この山道はいつも堪える。もっと行き来が楽な場所だったらいいのに、と墓の下で眠る故人に届かぬ文句を言いたくなった。墓の場所を決めたのは彼女ではないけれども。

 アクセスしやすい墓を想像してみる。駅から徒歩一〇分。道は平坦で坂もなし。開けた場所にあって、周囲に住人の気配が感じられるような霊園。

「……墓っぽくないか」

 何か違うなと考え直す。死者が眠っている場所が生活圏にあるというのは、きっと相応しくない。故人を身近に感じられてしまうからだ。亡くなった者のことを忘れぬよう標として残しつつも、現世に残された生者の日常からは切り離しておく。墓にはそういった役割があると思う。となると墓を立てるのは、向かうのがちょっと億劫なくらいの場所がちょうどいいのかもしれない。

 なんて考え事をしているうちに、上り坂が一旦途切れ、少し開けた場所に出た。階段でいう踊り場のような場所で、平らに均された地面に木製のベンチが置いてある。ちょっとした休憩所のようなものだ。

 足に疲れが溜まっていた私は、吸い寄せられるようにベンチに腰を下ろした。背負っていたリュックから水筒を取り出し、冷えた麦茶を喉奥に流し込む。

「生き返る……」

 汗で失った水分を取り戻す。水で戻される乾物になったような気分だった。

 そよ風が吹いて、火照った肌の熱を奪っていく。葉擦れの音が広がり、木々の影と木漏れ日が混ざりあったモザイク模様が波のように揺らめく。

 目を閉じて、深く息を吸う。鼻腔が森の匂いで満ちる。

 自然の中に身を置くと、自分が生き物であることを強く実感する。息をして、水を飲んで、汗をかいて、前へと進む。

 生きている。そう感じた。

 私は今、生きていた。



 さて。

 唐突だけれども、これから会いに行く友達の話をしようと思う。

 友達だなんてさらりと言ったが、彼女の存在はそんなありふれた単語で表現しきれるほど軽いものではない。

 彼女は、これまで私が出会ってきた中で最も重要な人物であり、その座はこの先も揺るがないであろう。

 ぶつかり合い、分かり合い、支え合った、今も私の中で生きている盟友。

 記憶の中、いつまでも鮮明に残る彼女との思い出を、ここで振り返ろうと思う。

 時をさかのぼること一〇年。

 彼女との出会いは――

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