星の降る夜は終わらずに

春ノ宮 はる

第1話 星の降る夜は終わらずに

 その夜、星が降った。


「山、下りなきゃ!」


 キャンプの道具を回収する余裕など微塵もなかった。私と花音は状況をつかめないまま、命からがら人里へ下りた。

 ところが、そこはすでに人里とはとても言えない凄惨なありさまだった。


「どうしよう。家とか行ってみる? 避難所?」

「みんな生きてるんですかね? とりあえず避難所みたいなの探しましょう?」


 私は動揺で会話することもままならなくて、それは花音も同じだったと思う。

 比較的安全そうな道を歩いている途中、私たちはなにか情報が上がっていないかネットのニュースを確認し、驚きのあまりしばらくお互いに言葉を発することができずにいた。文字の羅列をどうしても現実のこととして受け入れられなかった。


『隕石の落下』『それに伴う地震、津波、火災、地割れ、土砂崩れ』


 行けども行けども人の気配はなくて、やがてネットは使えなくなった。幸い被害の少ないこじんまりとした雑貨屋を見つけられて、私たちはそこで夜を越すことにした。


「私たち、どうなるのかな」


 気づけば、そんな言葉がこぼれていた。


「大丈夫。私が必ず綾ちゃんのそばにいますから」


 そういって花音は棚から取ってきた食パンを私の口に押しつけるように食べさせてくれた。食欲はないけれど、少しだけ心が落ち着いた。

 それからは、眠ってしまわないように二人で注意しながら夜が明けるのを待った。そもそも、地面が揺れたりひどい音がしたりでとても眠れるような状況でもなかった。


 しかし、どれだけ待ってもあたりが明るくなってくることはなく、おかしいと思ってスマホで時刻を確認するとすでに午前7時を回っていた。今は夏だから、午前7時となるととっくに夜は明けている頃だ。

 外に出てみると広がっているのは満天の星空で、絶えず大きな流れ星が輝いている。なぜかはわからないが、夜は明けないようだった。


「朝、来ないね」

「ええ」


「夏なのに肌寒いよ」

「私の上着使っていいですよ」


「私たち、ここに籠ったまま死んじゃうのかな」

「綾ちゃんはここを出たい?」


 言葉に詰まる。

 街灯も何も点いていなくて、暗くて怖い。寒くて体が震える。あんな風になった街はもう見たくない。隕石も地震も恐ろしくて仕方がない。


「怖いよ。死にたくないよ。……でも、花音との最後がこれなんて、絶対嫌!」

「……行きたいところがあるんです。ついてきてくれますか?」

「うん」


 雑貨屋で飲み物や食べ物を詰められるだけリュックに詰めて、私たちは店を後にした。道中は目を逸らしたくなるような光景ばかりだったが、目的地に着くまで時間はそれほどかからなかった。


「公園?」

「そう。小さいころよくここで一緒に遊びましたよね」

「どうしてこんなところに」


 すでに思い出と化した公園も、何かを口にしようとする花音の表情も、あまりにも儚くて思わず涙がこぼれそうになる。


「……綾ちゃん。私と付き合ってくれませんか? 好きなんです」

「え!?」


 唐突な展開に頭が追い付かない。


「えっと、付き合うって、その、恋人の、あれ?」

「そう。その付き合うです」

「今!?」

「今です」


 私の中で答えは決まっているはずなのに、どうしても口ごもってしまう。


「その。……私の方こそ、よろしくおねがいします」

「よかった。ありがとう綾ちゃん」


 私たちは女の子同士だけど、いままでも恋人のような雰囲気はあった。その関係に今、名前がついた。たったそれだけのことが、どうしようもなくうれしくて、その分終わりが近いことが悔しくて仕方がない。


「もう。もっと早く付き合ってればよかった。そしたら二人でもっといろんなことできたかもしれないのに」

「そうですね」


 そう言って、花音は柔らかにほほ笑んだ。まるで、未練なんて一切ないかのように。


「花音はさ、幸せって思える?」

「もちろん。綾ちゃんと特別な関係になれてとっても幸せですよ。 綾ちゃんは幸せじゃないんですか?」

「いや、私もうれしいに決まってるけど、なんていうのかな。隕石なんて落ちなければみたいな、未練とかないのかなって」


 花音はしばらく真剣そうな顔になった。答えが返ってくるまでに何度か地面が揺れた。


「当然、こんなことやあんなことがしたかったとか、惜しいことは数え切れません。けど、まあ……こんな結末も悪くはないって思えるんです。綾ちゃんとなら」


――こんな結末も悪くはない


 私にはそんな考え方ができるだろうか。


「私たちがまだ生きてるのって、多分けっこうな奇跡ですよ。私は綾ちゃんといっしょにこの運命を終えられるなら、これ以上の幸せはないと思えます」

「でも! 私たちが結ばれたってことも、この気持ちだって、全部消えてなくなっちゃうなんて、そんなの……寂しいよ」


 私は今にも泣きだしてしまいそうなのに、花音はやっぱり暖かく笑った。


「確かに、誰にも知ってもらうことはできません。でも、それでよくないですか? 私たちの特別な関係も、私たちの気持ちも、ぜんぶ二人占めってことですから、それってとっても素敵じゃないですか」


 刹那、花音の後ろがまばゆく光って、思わず目を細めた。

 終わりはもう、そこまできている。


「ただひとつ悔いがあるとすれば、やっぱり私もまっすぐその気持ちを伝えてほしいです」


 やっぱり、私は花音みたいにはできない。立っていられないほど足が震えるし、やり残したことばかりが脳裏を駆け巡る。眩むほどまぶしいのと焼けるほど熱いのとで、とても目を開けていられない。

 これで終わりなんて、どうしても受け入れられない。まだ花音とやりたいことも山ほどある。

 きっと、何をしたって悔いは残る。

 それなら私は、花音が笑ってくれているかぎり、その笑顔を見ていたいと思う。

 それは、たとえ数秒後にすべてが奪われるとしても、今この瞬間だけは、私が花音の笑顔を一人占めできるから。

 それは、私が確かに花音のことを――


「好きだよ」


 星の降る夜のことだった。

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