第5話 騙された美人騎士


「私はとある貴族の生まれなんだ。にもかかわらず、幼少の頃から剣の道に憧れてしまってな……父上に反対をされつつも、なかば家出同然で騎士の道を目指したんだ」


 自分の身の上を話すエステルは、少し照れくさそうだった。どうやら話を聞くかぎり、彼女は真面目そうな見た目に反して随分とお転婆な娘なようだ。


 まぁ太陽ソリスの聖騎士に憧れるのは分かる。俺も昔、聖騎士になろうと木刀を振っていた時期があったしな。



「それで? どうして太陽ソリスの聖騎士がファースヘイムへ?」



 言っちゃなんだが、この街は別に大したことが無い。王都からも離れた田舎だし、名所があるわけでもないのだ。ダンジョンだって初級か中級しかなく、冒険者もここを目指してやって来ることは少ない。ましてや王都で勤務をしている騎士が来るなんてレア過ぎる。



「うむ、ここから先は他言無用で頼むのだが……」


 エステルは少し声を潜めながら、その理由を話し始めた。



「実は私の父上は太陽ソリスの聖騎士団の師団長でな。魔族との戦いの最中に、厄介な呪いを掛けられてしまったのだ」

「魔族だって!?」


 魔族と言えば、人間と敵対している国の種族だ。好戦的で、特殊な魔法を使うことで有名。彼らからは幾度となく戦争を仕掛けられ、この国の軍隊がその度に追い返している状況だ。


 聖騎士は奴らの侵攻を食い止めるために、前線で戦うこともあると聞いていたが……。



「いろいろと手を尽くしたのだが、通常の解呪魔法や回復薬ポーションではその呪いを解くことができなかったんだ」

「それは恐ろしいな。魔族はそんな強力な呪いを使ってくるのか……」

「すぐに命を奪うような類ではなかったのは幸いだった。だがこのままでは戦線に復帰することは難しくてな……。父上は王国にとっても重要な人物だ。どうにかして助けたいと思っている。そこで私は、魔術ギルドの力を借りようと考えたのだ」


 ……なるほどね。


 しかしエステルの話を聞いて、俺はあることが引っかかっていた。



(しかし、闇ギルドとも繋がりのある男か……厄介ごとの匂いしかしなくないか?)


 それが分かった途端、俺はなんだか嫌な予感がしてきた。



「そして先日、ようやく解決する糸口が見つかったという報告を受けたんだ」

「へぇ、そりゃ良かったじゃねぇか」

「ああ、本当に運が良かった。ファースヘイムの魔術ギルド支部長であるヒキョンが、呪いを解く方法を知っていると言ってな。私を嫁にする代わりに、父上を助けてくれると約束してくれたのだ」


 エステルは懐から一枚の手紙を取り出して、それを読み上げる。



「『我が愛しのエステル嬢。貴女の願いを聞き入れましょう。ですがその代わり、対価としてあなたの身体をいただきます』……と書いてある」

「……」


 おい、これ完全にヤバい展開じゃないか! どう考えたってアイツの罠だろ!!



「それで、お前はアイツの要求を呑むつもりなのか?」

「ああ、もちろんだ。私が行けば父上の呪いが解けるというなら、喜んで身を差し出そう」


 俺は頭を抱えてしゃがみ込んだ。


 なんてこった……。おそらくヒキョンの目的は、婚姻だけじゃない。エステルを好き勝手弄ぶこともそうだろうが、彼女をダシにする気だ。そうすることで、エステルの父親から金を騙し取ろうという魂胆に違いない。



「エステル、悪いことは言わない。絶対にアイツに従うべきじゃない。父親も本当に助けてもらえるかも分からないぞ」

「ふふ、心配はいらないさ。どうせ私なんて、女としての魅力は皆無だからな。ヒキョン殿もすぐに私に飽きて、解放するだろう」


 コイツに女としての魅力が無いだって? 謙遜なのか無自覚なのかは知らないが、俺だったらこんな美女、一生解放しないぞ?

 ヒキョンの趣味は分からないが、あの男のことだ。タダで解放なんかせずに、娼館にでも高値で売り飛ばすだろう。



「……お前はそれでいいのか?」

「なぜだ? もしや私の身体では不足だと?」

「いや、そういう訳じゃねぇけどよ……」


 ここで正直に「お前の存在が魅力的すぎるなんだよ」と言うわけにもいかない。


 というかコイツ、あまりにも油断し過ぎじゃないか? 聖騎士のくせに、実はポンコツなんじゃ――。



「もちろん、私もリスクは承知しているさ。さらに闇ギルドとの違法取引について証拠を得られれば、騎士団としても本格的に動けるしな。だから今日もこうして、完全武装をしてから会いに来たのだ」

「いや、それで捕まってりゃ世話無いだろ……」

「うっ……そ、それはそうだが」


 図星を突かれ、ドヤ顔から一転。ガックリと項垂れてしまった。


 しかし、どうして聖騎士があんな一方的に負けていたんだろうか。



「実は裏路地に呼び出された際に、おかしな魔法を使われてな」

「おかしな魔法……?」

「婚姻の書類を書かされた直後、突然魔法を掛けられたのだ。気付いたら身体の自由を奪われてしまっていた」


 他人の自由を奪う魔法……? そんな便利な魔法あったか?



「待て待て待て。まさかその使われた魔法って、禁忌と言われてる隷属魔法なんじゃねぇのか!?」


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