短編集

代代

溺れる蛍

蛍は帰路につく。

暗い道路を白い光が遠く照らす。

お気に入りのプレイリスト。5曲聴き終える頃、いつもの赤いスーパーが見える。

下げたウインカー、右に切ったハンドル。歩道の老人。


片田舎に一人暮らしをする蛍は乾いていた。

3年続けた仕事は同期が相次いで辞めて行き、人手不足で毎日疲労困憊。


-私は物事が最後まで完結しないと気持ち悪いのである。-


こころの中で名言臭く呟いてみたが、それが満たされることは無く、一人一食では食べきれない野菜の1パックをカゴに放り込む。


それと一緒に炒める出来たタレ。


疲れて帰った家にはパートナーも居ないのでそんな彼女を癒すアルコールも注ぎ込む。


夏といったら、スイ…枝豆だ。それとちょっと高めのあのアイス。


カゴを見下ろし、その内容やいかに、いい女のレジカゴではないかと言い聞かせながら二度目の帰路につく。




何の予定もない2連休が心地よかった。最近は梅雨のせいか、休日に限って雨が降るがそれもいい。


-仕事辞めたいな-


特に大きな理由もなく思う。

小さな理由ならいくらでもある。同期が結婚すること。上司が苦手なこと。体と頭が追い付かないこと。後輩に追い越されそうになること。


-何かないかな-


何かとは何だ。昼近いベッドの上で自問自答に向き合ってみる。


好きだったものとか、趣味とか、仕事以外のことで頭を埋めたい。中毒になってしまっているような、よくわからないホルモンが垂れ流しになっているようなあの感覚が懐かしい。


「絵かな。絵の具かな。」


起き上がり、眼鏡もかけずクローゼットを開ける。

黒い段ボールに入った絵具と小さなスケッチブック。


「行くか。」


意気込んだものの少し外出する際でも身なりをきちんと整えるタイプの蛍は一旦風呂に入ることにした。



昨晩と同じ曲を聴きつつ車を走らせ、着いたのは小高い山の上の運動公園。

平日の昼過ぎ。小さな子供連れが1組とご老人がおひとり。


木陰に車を停め、最近買ったばかりの帽子をかぶる。日焼け止めも一応。

トートバッグを肩にかけるがなで肩なのですぐ手に下げる。


誰もいない東屋を見つけ駆け込んだ。思い出してほしいが今日は雨なのだ。


田舎の運動公園の割にはよく手入れされていて、東屋には毛虫や落ち葉の一つもいない。さきほどのご老人は管理人さんなのだろうか。





私は仕事を辞めた。正確に言えば前職の話だが。


いま、私は、あの日を紙に描いてそれを生活の足しにしている。


あのご老人の背中がよく描けたのだ。

雨上がりのしずくがたまたまうまく描けたのだ。


次の日もたまたま手の絵がうまく描けて。


その次の日は休んで。


その次の次の日は窓に張り付く蛙がうまく描けてしまったのだ。


だから私はしばらくは絵を描いている。


あの夏の渇いた感じは無くなって、

大好きな秋が来る。




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