第2話 私の行為は偽善よりたちが悪い

「しばらく休暇を取りたい、落ち着いたら連絡する」


 館林に送ったメールを私は何度も見返す。送らなければと思って連絡はしたが、送った後で後悔していた。確かに連絡を絶ち続けているのは良くない。だが、ここまで精神的に不安定な状態で、メールを送るのは果たして正しかったのかと思う。しかしそれでも送ってしまった。送った理由は心配をかけないため……というよりは。

 連絡しないといけないという責務感だった。何かとんでもないことが起きるのではないかという、心の器が小さなものが抱えそうな恐怖感だった。もっと大きく余裕をもってと思うが、私には、その余裕は一生持てなさそうなものだった。同時に自分はいい子なのだと思う……優等生気質を持っており、それは筋金入りだ。


 島へのツアーに参加することは緊急であったが、特別ということで少し金はかかってしまったが、それでもこの金額で連泊ができるかと思えば、安いものだと思った。


 私は船で島に向かう間、ほかの同行者のように大体は船の休憩室にいたが、時折外に出ることもあった。

 手すりに手をかけ、海を眺めると、船が波をかき分けて進む音と、時折鳥の声も聞こえた。あぁ、と呻くような声を出す。

 都会はぐるりと回りを見渡すだけで、なにかがあった。それはビルであり、公園であり、見知らぬ人の姿であり……。私はなにかあるという情報に疲れていた。今までだったら気にしていなかったのに、プツンと心の糸が切れたら、色んなことを無視できなくなった。


 しかし海の上では特に何もない、だだっ広く広がる海と空と、船だけ……人の姿もあまりない。私は感謝のあまり、その環境に拝みたくなった。だが、いきなりやったら驚かれるだろうと、自粛する自分がいた。自粛する自分の意思に従っていた……。


 ぼんやりと海を眺め続けていると、風の音に混じってアナウンスが聞こえてきた。


「あと十分ほどで、予定の……」


 島に到着しそうだ……私はため息をついた。ずっと海を見ていたかった。何も考えずに済んでいたのに。

 だがぶつぶつと言っても仕方がない。船が進行している以上、目的地に基本的には到着するのだから。潮の匂いが鼻にまとわりつく、海をずっと眺めていたせいで、髪の毛に触れるとギシギシしていた。


 普段なら、やってしまったと思うのに……海を見れたからいいかという気分になっていた。何も考えずにいるのは、久しぶりだった。


 タラップを降りた島は、随分静かな場所だった。案内役の話によると、過疎がかなり進み、とくに目立った観光地もないために、このままでは……という島だそうだ。開発されてない場所も多く、今後のことも考えて、移住者が必要。そのために、このツアーが始まったそうだ。一人の時間がほしい、若い世代に連泊してもらい、地域と交流し、ゆくゆくは……と、少し枯れた声で案内役は話した。何度も話し慣れているのだろう、話の流れは流暢で、明るく、重みがない……。情報として理解したが、なにか感情的に染み入ることのない話だった。

 このツアーの結果に島の存亡がわりと真面目に関わっていたとしても、この説明では、まるで心が動かない。もしかしたらわざとそういう風に話しているのではないかと思った。


 宿屋に到着し、割り当てられた部屋に荷物を置く。道をそれなりに歩いていたが、本当に娯楽らしい娯楽のない島だった。宿以外にWi-Fiはないし、生活するための施設しか無い。宿の中も、これといったものはなかった。本当にこの島は、連泊するためだけに存在するのだ。正直、面食らうほどに、驚いた。

 同時に自分の味わったことのない世界だと感じ、その違うということにそわそわした。少し楽しいそわそわだった。島民も必要以上には声をかけないと話も聞いたので、ホッとしていた。


 ……自由だと思った。部屋で大の字になる。

 日に焼けた畳の匂いが心地よかった。ああ、自由だ。


 私は自由がないと駄目なタイプだった。ガチガチに精神的に拘束されると、苦しくてたまらなくなる。自由と認識した世界で動き回ることこそが、より良い作品づくりに必要だった。だが……人生は自由でいられない。かならず指示してくるやつは出てくるのだ、あらゆることで。どれだけ技能としてあっても、才能があったとしても、そんなことをお構いなく、いろんな立場から指示してくるやつが。


 自由がないと生きていけないくせに、私は人に言われると、相手の言うことこそが正しいと思ってしまう。従わなければいけないのではと心を圧迫してしまう。そうしていくうち、拒否の感情が出ても、従おうと頑張ってしまう。どんどんと雪だるま方式でストレスが溜まっていく。結果、爆発する。今回の心の糸も、自分の心の何処かが無理をして、おかしくなったのだ。

 

 自由でありたい、でも自信がない……人の話を鵜呑みしてしまう……したがってしまう……けれど自由に振る舞いたい……人からワガママと我慢が混在していると言われたことがある。もっと理性を持てとも。なかなか自分が理解されることはなかったが、私だって何もしなかったわけじゃない……人の気持ちをはどういうものか、どういうことを考えているのか、必死に考えるようになった。


 そうしたら段々「人がどんな言葉を欲しているのか」わかるようになってきた。わかるようになったら、人生が一変した。周囲に人が集まってくる……自分のための言葉を、私が発するのを待っている……私にとって創作は、人と効率よく対話するための、コミュニケーション術だった。創作を通じて送り出したメッセージで、人と対話していたのだ。だが私は……後悔している。


 私の行為は偽善よりたちが悪い。

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