第2話

 写真の謎を解くには、芳郎の協力が必要不可欠であった。ゐ尾市山間部の村落についての資料は乏しく、地図を頼りに山を分け入っていくことは無謀に近い。土地勘のある人間の助けがなければ、登山は難しいだろう。

 しかし、彼は旅の誘いを拒んだ。旅費やその他諸々の手配をこちらで行うと譲歩しても彼は頑なだった。

 結局、2日ほど粘った後、芳郎は同行を承諾してくれた。承諾というよりも、あまりのしつこさに諦めがついたという感じだった。仕方ないと嘆息をつく彼の顔に、少々の申し訳なさを感じながらも、英二は折角の帰郷ではないかと彼の気分を盛り立てた。


 ゐ尾市には東京から車で6時間ほどかかる。目立った名所もなく、どこにでもある寂れた地方都市を抜け、山間部に入っていくとその途絶感は格別となった。

「写真に写っているのは上原村のあたりだろう。尾根に走っている線がよく似ているよ」

 助手席に座った芳郎は写真を眺めて言った。

「村が廃村になったのは1966年だから、君は15歳ぐらいだろう? 当時のことは何か覚えているかい?」

「いいや。その年に村を出て、働きだしたから村のことは何も」

 芳郎は興味なさげに呟く。

「ゐ尾百年史には、旧上原村は66年に集団移住が行われ、翌年廃村になったと書かれているが、その原因は件の私鉄にあると睨んでいるんだ。

 常井とこい鉄道は1921年に開線して以降、ゐ尾市の山間部を通る重要な航路であったに違いない。だが、この私鉄は65年に廃線になっているみたいなんだ」

「みたい?」

「いや、廃線になったという正式な手続きや資料があるわけではないんだが、当時の時刻表が65年で止まっている。私鉄が廃線になったために村は交通の手段を失い、集団で村を出た。ただ、廃線になった理由はどこを探しても出てこなかったんだ」

「つまり、君はその鉄道が未だに走り続けているんじゃないかと睨んでいる、というわけか」

 苛立ちを含んだ芳郎の言葉に英二は苦笑する。

「怒るなよ。僕だって、まさかそんなことがあり得るなんて思ってはいない。ただ、廃村や廃駅なんてのは独特の味と郷愁があって、いい被写体になるんだよ。それにこの常井鉄道は蒸気機関車を使っていたんだ。あわよくば、どこかに打ち捨てられた蒸気機関車に出会えるかもしれない」

「僕はその道案内、」

「あのなぁ、そんな言い方ないだろう?」

 英二は車窓を眺める芳郎を見てぼやいた。彼の呼びかけに芳郎は振り返り、座席へ沈み込む。

「折角ここまで来たんだから楽しもうと思わないのか?それとも、そこまでして、帰りたくないのにはなんか理由でも―」


「危ないッ!」

 突然、芳郎が叫んだ。英二が反射的にブレーキを踏み抜くと、体がシートベルトに食い込んで止まった。

 座席に座り直しながら、英二は前を見る。舗装道が、そこで終わっていた。山から滑落してきた大量の土砂と共に、道路はほんの数m先で寸断されていた。

「こりゃ酷い……」

 車から降り、見下ろすと、遥か下方まで地滑りのごとく大木と岩が転がっている。

「ここは昔から地盤が緩いからな。冒険もここで終わりだ」

 ぼやく芳郎を尻目に、英二は車のトランクを開け、ズックを取り出した。それはもしものためにと、彼が準備しておいた登山グッズだった。

「とりあえず、行けるところまで行こう。準備はしてある。この道だって、国土地理院の地図には載っていなかったんだ。ある程度の覚悟はしていたさ」

 芳郎は何か言いたげに、英二を見たが今更何を言っても無駄だという事を理解していた。


 車を車道の脇に留め、2人は道路を外れて山へ分け入っていった。

 舗装された道を一歩外れると、山はその表情をがらりと変える。四方八方どこを見ても同じような風景が続き、無意識の方向感覚は全く役に立たなくなる。地面の傾斜によって、辛うじて高低だけは分かっても、それがどこまで当てになるか分からない。

 しかし、英二は特段焦りを感じてはいなかった。彼は方向を確かめるでもなく、地図を広げるでもなく、ただひたすら、地面を踏みしめるようにしてそこら中を歩き回った。

 必死の索敵が功を奏し、目的のものは1時間もしないうちに見つかった。

 右足が捉えた土の弾力とは違う、硬く細長い不自然な感触。英二はすぐさま這いつくばり、土をかきだした。

 現れたのは、さび付いて赤黒く変色した鉄の塊。打ち捨てられたであった。

 線路を辿れば、やがて上原村へ辿り着く。線路の軌道を掴んでしまえば、上原村に到着したも同然。発見の安堵を共有する笑みを芳郎に向けたが、彼は神妙な顔立ちのままただ頷くだけだった。



つづく

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