第九章:破滅と双璧を為す男

 第二幻想種、散蝶を前に死闘を要されていた私たちを救ってくれたのは、一人の騎士だった。

 西暦2022年現在、騎士という存在は既に実在していないと思っていた。

 彼は鎧を“変形”させ、一頭の馬と為したあと、私たちを見下ろした。

「乗ってくか?俺は歩くが」

「わーい!乗りたいわ!」

 未紅は早速距離を縮めつつあるようだ。

 私と來さんは、男の姿を後ろから追っていた。

「おっと、名前を言ってなかったな。俺はシン。フルネームだと篠谷真。よろしく」

「よろしく」

 未紅とシンさんは拳を合わせた。

「悪い人じゃなさそうですね」

「はい。魔術眼を使っても、彼の心になんらかの負の要素は見当たりません。そもそも、私たちを見返りなく救ってくれている時点で、悪人とは思えませんしね」

 さて、これから考察に入るが、彼が見せたいものとは一体なんだろうか。

 さっき、私たちが「喉から手が出るほど欲しいもの」と言っていた。

 彼はなんらかの理由で私たちの存在、それどころか目的を知っている。ドレスさんの仲間か?來さんも知らないみたいだが。

 加えて、先ほど見せたあの圧倒的な戦闘力。というよりも火力。私の世界の魔術でも再現できるか分からないほどの巨大熱量。何か攻撃に特化した魔法でもない限り、実現しえないものだった。

 にも関わらず、私の魔術眼はあの鎧、変形後のあの馬に対して、微弱な魔力反応しか示していない。つまりあの火力の発動はこの世界の文明の技術で行われたもの。

「どうした、眼帯の嬢ちゃん。お前もこの馬が気になるのか?ナックルっていうんだけどな、その…まあ、簡単に言えば、幻想種が憑りついた馬型のロボットだ。経緯はおいおい話すとして、こいつは俺が作ったんだ。幻想種が憑いたのは完全に予想外だったんだが、まあ役立ってるから良しだ。俺の知識が間違いじゃなければ、お前は魔術師だったよな」

「はい」

「俺は魔術師と会うのは初めてなんだ。魔法使いはさんざん出会ってきたんだがな」

「ドレスさんとお知り合いですか?」

「ドレスさん?誰だそりゃ。俺がお前たちの手伝いをしようとしてるのは、俺の“面倒くさい友人”から、お前たちへの協力をお願いされてるからだ」

「ドレスさん以外の協力者…あ、あの緑色の髪の女性でしょうか」

 シンさんが立ち止まった。

「緑色の髪の?今…えっと、高校生か?」

「それくらいに見えました」

「会ったのか?」

「ええ、はい。お知り合いですか?」

「昔の知人だ。知人と言うには遠すぎるか。…ああ、迷いなく言えるな。友達だ。そして仲間だ」

「彼女も私たちの旅に、一度助太刀してくれました」

「そうか。でも今回、俺がお願いを受けたのはそいつじゃねえんだ。もっと、ある意味でおっかない女さ」

「女性の方ですか」

「『なんかすごいやつらがくるかも。今から言うものを準備しておいて』って、意味不明な予言をかましてきたんだが、まああいつのことだから嘘はついてないと思ってな。ちゃんと準備しておいた結果がこれさ」

「準備しておいたもの、って?」

「ちょうどもうすぐ着く。見てからのお楽しみだ」



 私たちが到着したのは、山の中にひとつ聳える大きな建物。

「俺の工房だ」

「工房…シンさんももしかして、異能力者なのですか?」

「いや、俺は普通の人間だ。工房っていうのはほんとに、何かを作るための工房だ。ここに全て揃ってる」

 シャッターが少しずつ開く。

 だんだんと姿を見せたものは、意外にも小さい。

 だが私は、私だけは、それが何かをいち早く察した。

「まさか、この世界の文明技術で、これを“完成させた”んですか」

「おうよ。俺を誰だと思ってる…っつっても、知らねえよな。ああ、でも、言われたものはしっかり準備したぜ」

「はい!全てが揃っています、私が欲していた全てが!」

 私は今、いつになく高揚している。

「これは、“戦闘用魔術杖”」

 戦闘用魔術杖は、私が元居た王国、サメスティス王国の王徒軍が常用しているもの。これがあるだけでも、魔術の性能は何十倍にも引き上げられ、魔術師一人で幻想種数十の群れに対応できる。

 この世界に飛ばされた際に魔術杖は失われてしまったが、まさかここで再会できるとは。

「一体どうやって作ったんですか?」

「魔術とは違うが、ちょっと前にエネルギーに纏わる研究をしていてな。そのときに、今までの型には当てはまらない“空間を超越したエネルギー”の存在に気づいたんだ。それが結果的に、そっちの魔術に繋がったんだ」

「それはまさしく我々が使っている魔術の本質です!あなたがもしかしたら、世界で最初の魔術師に…」

「いや。俺が作ったのは杖という増幅装置だけだ。魔術そのものには辿り着いていないし、俺はそこに興味はない」

「ではシンさんの研究対象は?」

「あいつだ」

 シンさんが指さした方には、液体に沈められた人型の何かがあった。

「人間の作製」

「できるんですか?」

「魔術師にそんなこと言われちまったら、なんだか自信がなくなってくるが…俺はできると信じてるぜ。不可能はないって、そういう現実を何度も目の当たりにしてるからな」

 彼の姿には、歴戦の勇者の覇気がある。

「“細工有り”なら作れたんだがな、完全な人造人間は未だ成らず、だ」

 細工。彼の言う細工はきっと、幻想種のことなのだろう。

「さて、それじゃあ次の目的地へ出発だ」

「え、次?」

「ああ。気にならないのか?誰がお前たちを助けろとお願いしたのか、誰が魔術杖の制作を依頼したのか」

「ええ。この状況を予期した、聡明な方に違いありません」

「まあ、そこまで言われるとそうでもないような……ま、会ってみれば分かるさ。でもあれだぜ、気迫に負けるなよ。一緒にいるだけでこっちが倒れちまうようなやつだ」

「そこまでの方が……」

 シンさんはもう一度ナックルを呼び出して、ついてくるようにと目を向けた。

「さあ、行こうか。この世で最も、“全能に近い人間”のもとへ」




 本来であれば、シンさんの愛馬ナックルには、テレポート機能がついていたらしいが、今は諸事情で使えないようなので、ナックルと私たちを車に乗せての移動になった。

 それから半日ほど。ついに目的地に到着した。

「ここだ」

「すごいわ。まるで宮殿じゃないの」

「金はあるからな。さ、あいつの部屋は五階の最奥だ。案内はするが、迷子になるなよ?」

 門を開けて中に入る。

 本当に宮殿さながらの大豪邸だ。

「SPIDERって知ってるか?」

「SPIDERですか?この国の言語で蜘蛛…」

「あれじゃない?聞いたことはあるわよ。会社の名前」

「そうだ。世界中で活躍する日本の大企業。主に芸能業界の機材や建設関係を一手に担うのがうちの会社。その社長さんが彼女なわけだ。あいつは三代目、初代社長の娘だ」

「二代目は?」

「............俺の父親だ。なってしばらくしたら急にいなくなって、そのときから彼女がとりあえず社長って感じ」

「なるほど」

「さあ着いたぜ。覚悟はいいか?開けるぞ」

 厳かな扉を開き、待ち受けていたその光景は…。


「ようこそ、我が邸宅、我が根城、我が…」


「思いつかないならそこまででいいぞ」

 本当に、一人の女性だった。

 私によく似た銀色の長い髪、緑色の瞳、白いスーツ姿。

 歳は30に満たないくらいの、覇気のある人。

「ということで、よく来てくれました。そうです、私が株式会社SPIDERの社長、アインです」

「アインさん?」

「うん。アインで。フルネームはおいおい紹介するから。さ、適当に座って。話したいことがたくさんあるんだ」

 私たちは、あれよあれよと言われるがままに座らされた。

「長旅ご苦労だったね。大変だったでしょ?」

 アインさんはティーカップにコーヒーを注ぎ、机の上に並べた。

「そう緊張しないで。くつろいでくつろいで」

「はい。ありがとうございます。ところで、早速お聞きしたいのですが」

「うん」

「アインさんは、私たちの活動を予期されて、あの魔術杖を作ったのですか?」

「そうだね」

「どうして私たちの存在を知っているのです?しかも私がここにやってくる前から」

「なんとなくだよ」

「え?」

 失礼ながら、魔術眼。

 …なんだ?どういうことだ?

 心が見えない。何も読めない。

 何かに遮られているわけでもなく、無効化されているわけでもない。だがその輪郭がぼやけて、曖昧に見える。つかめない。

「ルディアちゃん?どうしたの?」

「いえ、なんでも…」

「ふうん」

 アインさんが私の目を見ている。

 逆だ。私が読まれているのか?

 彼女の目に憑りつかれている。その眼差しは、力に溢れ、人を縛り付けるには十分な…。

「ルディア?顔、引きつってるよ」

「え?あ、ほ、ほんとですか?すいません」

「用心深いんだね。どうりでここまで生き延びてこれたわけだ。安心して、さっき言ったことは本当。本当になんとなくだ」

 魔術杖を作らせるだけのカリスマ性と、それを予期する聡明さ、それを兼ね備えた人物を想像していた。前者はともかく、後者については私の予測は完全に外れていたようだった。

「アインは感覚派なんだ。分かってやってくれ」

「そうそう。それで……どうしようかな。そうだ、いくつかお願いがあるんだった。私のほうから、二人にお願い」

「お願いですか?」

「最近お願いを聞いてばっかりね」

「そりゃそうだ。この世界で最も特別な二人なんだ。みんな擦り寄ってくるだろうさ」

「うん。それに、私からのお願いは二人のためにもなる。むしろ、二人のためのお願いだ」

「…聞きましょう」

「じゃあその一。人を探してほしいんだ」

「今度は人探しですか。実は今、人ではなくとも探し物があるんです。それはまた今度ということも…」

「えっと、あの…幻想種でしょ?知ってる知ってる。だからこそ探してほしい。彼女の存在は、幻想種に対して決定打になる。大幅な戦力増強が見込めるね」

「その人の名前は?」

「アンブロイド=ベルンシュタイン。私の秘書だったんだけど、いつの間にかいなくなっちゃってね。探して取り戻してきてほしい」

いなくなられる側にも問題がありそうな気もする。

「その後、彼女は二人に預ける。彼女は幻想種退治の専門家だ」

「幻想種退治の専門家が秘書だったの?」

「そうだ。でも彼女の良いところはそこじゃなくて、気配りができるところ。本当にお世話になっている」

「じゃあ、二つ目のお願いは?」

「こっちは少し難しい。だけど、とても大切なお願いだ」

 私たちは息をのむ。アインさんはもったいぶってから、勢いをつけて叫んだ。

「私と友達になってほしい!」

 唖然。

 シンさんも唖然。

「そ、そんなの、頼まれなくてもなるわよ!」

「本当に?ありがとう、未紅ちゃん!そういえば未紅ちゃんって、誰かに雰囲気が似てる気がする。誰だろう…」

 そこで、シンさんの携帯が鳴った。

「あーもしもし。あ、お前、今どこに…え?いたの?」

 アインさんが振り向く。

 シンさんはまるで状況についていけないようで、ぽかんとしたまま電話の内容を告げた。

「ベルンシュタイン、見つかったって」


「…え」




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