第21話 結末は

 メインスタンドに行くと大勢の人が視界に飛び込んでくる。その先に緑の芝生があり、中央に超巨大なモニターがある。

「ずっと場所取りしてたから初めて見るな本馬場」

 ちょっと声の震えの収まった師匠がそう呟く。


 俺はさっきから吐き気がしてどうにかなりそうで師匠の呟きにただただ頷く。


「スタート地点は向こう正面あそこからスタートして1周半する」

 師匠はそう言って指を差す。その先にはゲートがあり、近くで馬達がくるくる回っている。


 しかしさすが師匠だ。俺は25万いれてるだけでもう何も手が付かないぐらいヤバい感情に支配されてるってのにもう声の震えもほとんどなくなってきている。


 俺が80万とか入れたら発狂してるわ……



 すると師匠が急に頭を掻きながら腰を曲げ叫ぶ。

「ああああああ80万とか入れなきゃよかった……俺のバカ! あほ! ああああもう腹くくれよ俺たかかが80万だろ!!」


「……なんで80万も入れたんすか。俺もつられて25万も入れちゃったし」


 そういうと師匠はさっきよりも震えている手で俺の肩を掴んでこういった。

「お、お前なんてことを言うんだ。俺たちがぶっこまないと誰も信じてくれないだろ。この馬券が取れたら絶対バズる。間違いなくバズって俺たちは競馬予想界の新星になれるんだ!!」


 ……外れたらどうなるんだろ……


「おまえ、今外れたらどうなるんだろうとか考えただろ。当たると信じないと当たらないぞ! さあ帯を持って帰るんだあああああああ!!」


 右手を大きく上げた師匠。


 周囲の視線も痛いが、俺の胃も痛い……


 師匠とそんなやり取りをしているうちいつもの旗振りおじさんが台に登って赤い旗を振っている。すると場内にファンファーレが流れ始める。


 数万人がそのファンファーレに合わせて手拍子を鳴らしファンファーレが終わるとおおおおおおおという地鳴りのような歓声が上がり観客のボルテージが一気に上がっているのが分かる。


「……圭一郎……俺立てない……」

 師匠はそういうと足がガクガクと震えている。


 そんな師匠はほっておいて場内のアナウンスに耳を傾ける。


「各馬ゲートイン順調。さあ最後に18番エールケース入りました」


 正面にある超巨大モニターにその様子が映し出されている。


 シーンと一瞬静かになり、一瞬の間が訪れる。そして……


 ガシャコン! という音が響いて馬たち一斉に飛び出す!


 場内に実況のアナウンサーの男性の声が響く。

「第××回菊花賞。スタートしました。揃いました18頭! まずは最内、3番チャンピオンベルトが気合をつけて出していきます」


 ス、スタートした!! っていきなり先頭?


「し、師匠。俺たちのチャンピオンベルトが先頭に立ちましたよ。先頭ですよ!」


「……菊花賞で逃げ切りは20年以上いないんだ……」


 そ、そうだった……パドックで師匠がそう言ってたのになんてこと


 しかし師匠は首を横に振り叫ぶ。

「だけどな。そんなことは百も承知!! 逃げ切れぇぇぇ!!チャンピオンベルト!!」


 それにつられて俺も叫ぶ。

「そのまま突っ走れぇぇぇぇ!!」


 場内実況は冷静に状況を伝える。


「向こう正面3コーナーの坂を上っていきます。前から6、7番手がシャロ―モンスター、接近する13番ナシーボ。中団の位置17番ボルディホルス。18番エールケースが中団やや後ろ。その1馬身後ろにストラトヴァリチェがいます。5番ブルージェネリックが後方から3頭目、その後ろにイタズラダイスキ、そして6番ファースレジエド最後方。18頭が4コーナーのカーブを通過してホームストレッチに入っていきます」


 馬群は俺たちの目の前をドドドドドドドドドという音を立てて通過していく。


「逃げるのは3番、チャンピオンベルト、鞍上立川武蔵たてかわむさしスタートしての1000メートルは1分ちょうどで通過しました。リードを4馬身とります。歓声があがるホームストレッチ」


 師匠の顔が青ざめていく。


「これってまずいんですか?」


「3000で1分はちょっと速いかもしんない……」


「……え……それってペースが速いってことですか?」


 頭を抱える師匠。


「しまった……騎手のことを全く考えてなかった……長距離は騎手で買えって格言があるんだよ……いくら若手のホープでもまだ菊花賞は早すぎた……」


 騎手のことはよくしらないけど、買っちゃだめな騎手だったのか……


「って師匠!! 俺の25万どうしてくれるんですか!」

 つい口から出ちゃった……


「お、俺だって80万突っ込んでんだよ!!」

 泣きそうな顔を見せる師匠。


 そんな俺たちのやり取りとは関係なく冷静に実況は続く。


「人気所はまだ後ろ、1コーナーのカーブに入っていきます。3番チャンピオンベルト、弥生賞を勝った時、同様に逃げる形で2コーナーへ。リードは相変わらず4馬身、再び向こう正面に入っていきます。6番ファースレジエドが2番手まで上がってきています。10番モンテビデウォが3番手……」


 師匠は胸の前に手を組むと叫ぶ。

「こうなりゃもう神に祈るしかねぇ!! お願いします!! 神様!! 奇跡を奇跡をぉぉぉぉぉぉ」


 ……もうダメってことなんだろうな……バイバイ俺の25万……25万あったら色んなもの買えたなあ……ソシャゲの天井4回はできるし……


 そんな師匠の祈りや俺の思いはよそに実況は続く。


「残り1000メートルを切りました。再び3コーナーの坂に差し掛かっていきます。14番ストラトヴァリチェはまだ後方3頭目の位置。さらにその後方ブルージェネリック、最後方は2番イタズラダイスキ。3、4コーナーの中間で坂を下りはじめます。先頭はチャンピオンベルト、リードは3/4馬身ほどと詰まってきています」


 あの辺であれぐらい詰まってきたらもう抜かれる。終わった……完全に終わった。さっきまでは心のどこかでワンちゃんないかなって思ってたけどこれは無理。競馬歴4日の俺が言ってるんだから無理。


 師匠はもうレースを見ていない。頭を抱えてうずくまっている。


俺ももうレースを見ることすらつらいから目をつぶっている。


 場内の実況はそんな俺たちの様子とは関係なしに事実を伝える。

「4コーナーカーブ。後方からボルディホルス、エールケース、ストラトヴァリチェが押し上げていきます。しかし3番チャンピオンベルト先頭! 3馬身ほどリードを開いていきます!」


はいはい。25万完全になくなりま……ってえ……今、3番チャンピオンベルト先頭って言ってなかった?


目を開くとゼッケン3番と書いてる馬が先頭を走っている。しかも後ろを突き放して!!


「師匠!!!」

俺が声を掛ける前に師匠は立ち上がり両手をあげて叫んでいた。


「いげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


実況のボルテージも上がっていく。

「200を切りました、牝馬11番ボルテンヴラが伸びてきて2番手、その後ろからエールケース、ストラトヴァリチェも伸びてきている」


ヤバいヤバい勝っちゃう!! 勝っちゃう!! 100万円になっちゃう!!


「残り100を切りました先頭はチャンピオンベルト!! リードは5馬身!! 2着争いは大混戦!! チャンピオンベルト逃げ切ってゴールイーーーン!!! 左手を高らかに上げた立川武蔵!!!」




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