ヤギ
「除草にいかが? ヤギのレンタル始めました」
ヤギを放して草を食べてもらうのか!
これはいいアイディアだ。
私は、さっそくヤギのレンタルを頼んだ。
子供も、ヤギが来るということで、かなりテンションが上がっている。
私も童心にかえって、ヤギの到着を心待ちにした。
我が家の家族が一人、いや一匹増えた。
レンタル業者から飼育上の注意事項を聞き、私は契約書にサインをし、
さっそくヤギと対面した。
これがなかなかにかわいい!
ヤギってのは愛嬌のある顔をしているものだ。
目と目が離れていて、優しい顔をしている。
そして何より、目を閉じている顔もかわいいのだ。
なんという癒し…。
私は、除草用のヤギをすっかり気に入ってしまった。
それは、子供も同じであり、ペット感覚で大喜び。
さっそく、ヤギに名前を付けたりして、大はしゃぎである。
うちの敷地に連れて行き、草を食べさせてみた。
おお~! 食べている!
なんという平和的な草刈りなのだろう。
機械で刈った草は、ごみとして処分されるが
ヤギに食べさせるのなら、それはそれで食料として役に立っている。
ヤギが草を食べているというのは、
仕事で疲れている私の心をリフレッシュさせてくれる、
文字通りの牧歌的光景だ。
こんなにいいものがレンタルであっただなんて、
もっと早くに知っておけばよかった。
草刈り機の除草は、危なくて子供を近づけられないが、
このヤギはとても大人しいので安全だ。
時々、ヤギはさみしいのか、人を呼ぶような声を出す。
その声を聞いて子供がすっとんでいくと、ヤギも嬉しそうだ。
使い道がなかった雑草だらけの我が家の敷地が、
今や子供が動物と触れ合える、すてきな土地へと変わっていった。
ヤギを連れて散歩に行ってみた。
ご近所さんの驚く顔を見るのも、なかなかに面白い。
「へぇ~、除草用のレンタルヤギですか~。いいですね~。」
と、ひとしきり話題に花が咲く。
人嫌いだった私も、ヤギの散歩を通じて、
人との会話も楽しめるようになった。
なるほど、犬を散歩させている人同士が仲良くなるっていうのは
こういうことだったのか、とようやく理解できた。
中には
「うちの庭の草も食べていってよ。」
なんて声を掛けられることもある。
文字通りの道草だ。
こうやって、私は地域の人々に知られるようになり、
コミュニケーションの機会もどんどん増えていった。
散歩させていると、いろいろな人が声をかけてくるのだが
一番反応がよいのが、近所の子供たちだ。
「ヤギだ!」
「かわいい~!」
子供たちが群がってくる。
「さわってもいいですか?」
「どうぞ。」
ヤギもまんざらでもない顔して、
目を細めて笑っている。
うちのヤギは、地域のアイドルとなった。
あ、厳密にはうちのヤギではないな。
レンタルしているんだった…。
ヤギはレンタルだったということをついつい忘れてしまう。
すっかり情が移ってしまった。
我が子も、ヤギはずっと家にいるものだと思っている。
まずいな。
私だって、このヤギを返したくない。
ヤギを返すことを子供に伝えたら大泣きするに決まっている。
しかし、契約は契約だ。
ヤギは返さないといけない…。
いよいよ、レンタル期間が満了し、返す日が来た。
私は、仕事の時間を調整し、
子供が学校に行っている間に業者に来てもらって、
ヤギを引き取ってもらった。
「ヤギのレンタル、いかがでしたか?」
私は、涙が止まらなかった。
業者さんは、満足してもらえなかったと思ったのか、
一瞬表情を曇らせたが、やがて、私の涙の意味を察した。
「ヤギに愛着がわいてしまうお客さんって、
結構いらっしゃるんですよね。
お客様、相当かわいがられたみたいですね。
ここまで愛していただけると、当社としても
そして、このヤギにとっても光栄でございます。」
ヤギは軽トラの荷台に乗せられた。
車が出発する。
ヤギは荷台の上をウロウロと歩き回り、
そして、振り返って私の顔を見ると、メェェと鳴いた。
私も泣いた。
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