面倒くさい話

そばあきな

面倒くさい話

「もし世界が終わるならさ」


 桜が散っていく様を部屋の窓から眺めていたアイツが、唐突にそんな言葉を口にした。隣に立ってなんとなく一緒に桜を眺めていた僕は、真意を知ろうと隣に視線を移す。

 しかし、窓の外を見つめるその横顔を見て、なんとなくその先の展開を察してしまった。


 ――ああ、少し面倒くさい話になりそうだなと。


「誰かの予言とか予測とか、そんな不確定なものじゃなくて。もうすぐ隕石が落ちて全て滅ぶみたいな、軌道は絶対に変わらないから覚悟を決めてください、みたいな。そんな確実に訪れる世界の終わりが、もし来るならさ」


 風に乗って流れてきた桜の花びらを器用に掴んだアイツが、こちらを向いて笑みを浮かべる。


「世界が終わる前に、さっさと死んだ方がいいと思わない?」


 強く吹いた風が、アイツと僕の髪を揺らす。反射的に閉じて生まれた一瞬の暗闇が、目の前の男を少しずつ侵食していく気がした。


「ねえ、もしそんな状況になった時」


 開かれた手から、花びらがゆっくり離れていく。焦点の合わない目が、こちらをじっと見つめて離さない。


「……その時、もし俺が一緒に死んでくれって言ったら、君は一緒に死んでくれる?」


 底なし沼のようなアイツの死んだ瞳は、僕の姿を映しているようで、まるでその姿を認識なんてしていないことは、再会したその日から分かっていたはずだった。


 初めて見た時から、矛盾した男だった。抜けているように見せて、実は全て計算で起こなっているところだとか、裏では血のにじむような努力をしているのに、そんなそぶりを一つも見せずにそつなくこなしているように見せたがるところだとか、他人から愛されたいと願うくせに、当の本人は他人を一切信用していないところだとか。


 おそらくアイツの中での他人というのは、若干の優劣はあれど個人の大差はほとんどない。


 だから、僕には分かっている。相手なんて誰でもいいのだ。誰に、ではなく、何を言われるか、がアイツにとっては重要なのだから。


 つまり、アイツの欲しい回答を口にすればいい。それが最適解になる。


 チャンスは一回だけだ。一度小さく息を吸い、僕は口を開いた。



「絶対に嫌だね」



「……そっか」

 まばたきした目の前の瞳が嬉しそうに揺れる。少なくとも僕にはそう見えた。


 どうやら正解だったらしい。元から正解なのは分かってはいたけれども。

 アイツは引き止められたかった。だから否定の言葉を言えばひとまず正解になる。ここで間違っても肯定の言葉や「どうしたの?」などの言葉をかけてしまえば、アイツは本当にどこか行ってしまうところだっただろう。この場では「冗談だよ」なんて笑ってから、そうして一人になったのを確認して姿を消す。見てもいないのに、僕にはその結末が何となく頭に浮かんでいた。


 でも、と目を伏せる。正解が難なく分かってしまう程に相手を知ってしまっていることを、なんとなく悲しく思った。


 そんな話をしている間も、絶えず風は吹き続けていた。そのせいで、桜は最初に見た時よりも痩せ細っているように見えた。


 ――まるでアンタみたいだな。


 そんな言葉が頭に浮かんだけれど、それを言うことは正解じゃないから黙っておいた。


 風はまだ止まない。

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