第24話 恭子24
森咲さんが扉を開けて、外の様子を窺う。
断続的な悲鳴が、はっきりとした音で聞こえてきた。
状況が違えば、若者が盛り上がって声を上げているように聞こえたかもしれない。
案外そうなのだろうか。
この騒ぎは、来る途中に見たイベントの参加者たちだ。
何か大掛かりなイベントが始まったようにも思えた。
けれどこの場の雰囲気から、そう考えているのは私だけのようだとわかる。
何が起こっているのだろうか。
確認しに行きたい。
さっき見たときには、涼子はいなかったけれど。
少しだけ見に行こうかと迷っていると、電話を終えた桔梗さんに引き止められた。
「すまない。思ったよりも警察の突入が早まった」
理玖くんと顔を見合わせる。
突入。
若者が廃校に集まっているだけで突入なんてあるわけがない。
暴動鎮圧か、立てこもりか。
振り返って公主を見る。
誰かを確保するためか。
思ったよりも早まったということは、桔梗さんはあらかじめこのことを知っていたということになる。
そんなときになんで私たちと廃校に来たのだろう。
私たちに関係しているのだろうか?
「ここをもう出たほうが良い。きみたちのことは一応報告しているけれど、混乱してたら見分けはつかないと思う。見つかったら抵抗しないでとりあえず捕まって欲しい。あとで助けるから。とくにきみは、暴れないでくれよ。私はここにいないといけないから」
暴れるなとは森咲さんに向けた言葉だ。
「大丈夫なんですか?」
思わずそう聞いた。
「今回の突入は君たちには関係ないから大丈夫。たぶん」
たぶん、が不安だ。
関係ないという言葉は、素直には信じられなかった。
「裏口を開けておいたよ」
公主がそう言うと、森咲さんがお礼を言った。
三人で部屋から出る。
来たときとは違う方へ森咲さんは進んだ。私たちはついていく。
物がぶつかる音に合わせて壁が振動していた。
廊下の窓にはカーテンがかかっていたから、外の様子は見えない。すぐそこに警察が来ているのではないだろうか。
そうだ、入り口から無理やり入らなくても、どこからでも入ることができる。学校なのだから、窓も多い。
「なんで警官隊はこっちの校舎から入らないんだろう」
私がそう呟くと、森咲さんがちらりと私を見た。
「あの入り口以外からは入れないようになってる」
「それって物理的に? 精神的に?」
「さあ」
強化ガラスが入っているわけでもないだろうから、心理的にこちらには来られないような仕組みがあるのだろう。
それとも吸血鬼の能力だろうか。
廊下の端まで歩いた。
突き当たりにアルミサッシの引き戸があったけれど、森咲さんは教室側のドアノブに手をかけた。
教室の扉ではない。人ひとりがやっと通ることができるくらいの幅だ。
森咲さんが入ったので、私たちも続く。
扉の幅に反して、中は広いようだった。
明かりはない。
扉を閉めたら、周囲がまったく見えなくなったけれど、理玖くんが手をひいてくれたので進むことができた。
理玖くんが立ち止まり、ぶつからないようにして私も止まる。
暗闇に光の切れ目が入る。その先に校庭が見えた。
明るさに少しだけほっとした。
森咲さんが外に出ようとする。
私たちも続く。
けれど、森咲さんは外に出る直前で、立ち止まった。そして後ずさる。
私は理玖くんに、理玖くんは森咲さんにぶつかる。
扉が閉まって、また真っ暗になった。
「……トオルさん?」
理玖くんが声をかける。
すると返事のように、目の前の扉がノックされた。
誰かが向こう側にいる。
森咲さんは動かない。
扉が開く。
隙間から柔らかそうな髪が見えた。
「やあ。久しぶりだね」
二十代くらいの男性が顔を覗かせる。
インテリジェンスを感じさせる声だった。
顔立ちも着ている服も品が良い。
誰だろう。
理玖くんがさらに後ずさる。倒れないように身体を支えたけれど、理玖くんはその場にしゃがみ込んでしまった。
「……理玖くん?」
震えているようだった。両腕をまわす。抱き締めると身体が冷たくなっているのがわかった。
理玖くんは平気だとでも言うように、小さく何度か頷いている。
こんな状態は全然平気じゃない。
「理玖」
森咲さんの声に理玖くんが顔を上げた。
「中のほうが安全だから隠れていてくれ。誰かが迎えに来るから」
理玖くんは森咲さんを見つめたまま返事をしない。
森咲さんは私のほうを見る。
「あとは頼む」
まるで死にに行くみたいだ。
咄嗟で声が出ない。慌てて頷く。
それを確認すると、森咲さんは出ていった。
扉が閉まる。
また真っ暗になった。
理玖くんのこの怯え方と森咲さんの緊張感。
病院で聞いた話だ。
森咲さんと誰かの戦闘に巻き込まれて、理玖くんは足を切断している。
その足をつけるために森咲さんは理玖くんに血を分け与えたのだ。
さっきの男性は、きっと、そのときの相手だ。
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