第17話 恭子17
見つかりっこない。
一日に何百万人も利用する駅の近くだ。
でも見つけられるとしたら、今日が一番可能性が高い。
身体は疲れていて、今すぐにでもベッドに戻りたいけれど、行かなければ。
そう。あの人は行かなければいけないと言っていた。
約束か、仕事か。
待ち合わせにしては早い時間だったから、仕事だろうか。
だとしたら、夕方に同じ場所を通るかもしれない。
私は今朝と同じ場所に立った。けれど、西日が眩しくて、長時間ここにいることは無理だと早々に諦めて、この場所が見下ろせるカフェへ移動した。
歩いていく群衆の、一人一人の顔はかろうじて判別できる。
ただ、今朝の、あの混乱の中、ほんの数分会っただけの人を見つけられる自信はなかった。
逆に見つけてもらおうか。
でもどうやって?
向こうは私のことを心配してくれたけれど、探し回るほどではないだろう。
目は人探しをしたまま、頭は今朝のことを思い出す。
迷子かと声をかけられて、その道を渡るなと言われて、自分の場合はバスなのだと言っていた。
先人だとも。
たぶんあれは、先輩くらいの感覚で使われていた気がする。
つまりは、彼も吸血鬼なのだ。
笑いたくなった。
ばかばかしい。
以前なら絶対に信じなかった。今も信じられない気持ちのほうが大きい。
涼子がいなくなって、いろんな人に会って、昨夜のことがあった。そして今、この手に傷が残っているから、少しだけ、本当のことかもしれないと思える。
太陽がビルの奥に隠れた。
人通りが多くなり、それらしい人を確認していくこともできなくなった。
信号機が青にかわり、堰き止められていた人がどっと流れていく。
スクランブル交差点の真ん中で、立ち止まっている人が目にとまった。
これまでも、写真を撮るために立ち止まる人はたくさんいたけれど、その人はこちらのほうを見ている。
顔は遠くて見えない。
Tシャツにデニム。
私は立ち上がる。
今からこの店を出ても間に合わない。
なら、どこへ向かうのか確認してから動いたほうが良いのか。
信号はもうすぐ変わってしまう。
その人は手を広げる。そして、おそらく人差し指を立てると、こちらに向けた。
信号が点滅する。
人の流れがぶつりと切れて、交差点に残っている人たちが走り始める。
見えるはずはないだろうけれど、私は頷く。
その人はこちらへ渡ってくる集団に混ざって見えなくなった。
私は窓に背を向けて、彼が来るであろうエスカレーターを見ながら待つ。
五分ほどすると、その人は手にアイスコーヒーを持って現れた。
迷うことなくまっすぐ私の隣にくる。
私の隣の席に座っていた女の子が立ち上がった。
女の子がちらりと私を見た。
青い口紅にどきりとする。でも似合っていた。
二人は小声でやりとりすると、女の子は立ち去り、入れ替わりでその人が席に座った。
「こんなに早く来るとは思わなかったよ。たいてい二、三日は寝込むからさ」
隣にいた女の子は誰なのだろうかと思っていたので、言葉がすぐに返せない。
そもそも、何から聞けば良いのか。
助けてもらおうと思って来たけれど。
「あの、あなたは、トオルさんですか?」
ようやくそう聞いた。
彼は驚いた顔をしてから、ふっと息を吐いて笑った。
「いや、俺は伊織。トオルは、まあ、知り合いだよ」
そして真顔に戻る。
「ああ、トオルの方面か……」
「どういう意味ですか?」
「吸血鬼になるって珍しいんだよ、今どき。他人を吸血鬼にできる吸血鬼っていうのも限られているし」
「あなたはできないんですか?」
「できない。だから、きみを一体誰が吸血鬼にしたのか、気になってたんだ」
「そのトオルさんは吸血鬼にできる?」
「できる。けれど、トオルじゃない。その周辺人物。だからトオルの方面って言ったの」
伊織さんはストローでアイスコーヒーをかき混ぜる。
「きみはどうしてそんなことになってるの?」
「話したら私を助けてくれますか?」
「内容にもよる。助けるつもりで来てるけど」
「どうしてですか? 初めて会ったのに」
「そういう仕事をしてるの」
そう言われて少しほっとした。
金銭を要求されるほうが、そのほかを要求されるよりもずっと良い。
私は最初から話し始めた。
涼子が綺麗になったところから。
目の前のアイスコーヒーは、口をつけられないまま氷が溶けていく。
うまくは説明できなかった。でも、伊織さんは黙って聞いてくれた。
「助けるっていうのは、きみを? それともいなくなった友達も含めて?」
私は後者で頷く。
「涼子がもし、危険な状態なら」
「それはわからない。そもそも、全然別のところにいるかもしれないし」
涼子も私と同じように吸血鬼になりかけているかもしれない。
涼子が危険な状態なら、今の私もそうだろうか。
伊織さんは携帯電話を操作した。そして私に向き直る。
「きみが大丈夫なら、これから警察に行こう」
「私、捕まっちゃうんですか?」
「え? きみ、なにか犯罪でもしたの?」
不法侵入は、そうだろう。
「違うよ。きみは望んでないのに今吸血鬼になりかけてるからさ。しかも未成年だしね。そのまま、人間に戻るまで保護してもらっても良いし」
「涼子はどうするんです?」
「警察に任せる」
「今もそうです。でも見つからない」
「部署が違うんだよ」
吸血鬼されそうになって警察に行くということは、それに関連した部署があるということなのだろう。
この傷で大騒ぎする作戦は、案外うまくいくということか。
その部署に任せれば涼子は見つかるかもしれない。
そうすれば、二学期からはまた、日常が戻ってくるだろうか。
でも彼女の恋はどうなるのだろう。
私は恨まれるだろうか。
「涼子が見つかれば、すぐに、会えますよね?」
「どうかな」
伊織さんは顔を曇らせる。私に言うべきか、躊躇っている。
「彼女が綺麗になったって言ってたよね? なら、もう戻れない道を進んでるかもしれない」
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