第80話 署名活動

 プリンツは気持ち良さげに眠っているので、私のポケットから出る気配はない。


 「ハツキちゃん・・・あなたはなんていい人なの。私に心配をかけないように嘘を言ってるのは知っているのよ」


 「そんなことないです。そんなことないです」


 「そうね。優しいハツキちゃんなら否定するのもわかっていたわ。でも、これを受け取って欲しいの」


 

 ブランシュは、金色に輝くティアラを私に差し出した。



 「これは、母が父と結婚するときにつける予定だったティアラなの。母はあの事件が起きなければ、1週間後に父と結婚式を挙げていたの。でも、あの事件で母は『白の厄災の女王』の呪いにかかって、オランジェザフト帝国で私を産んだ後に氷柱になって死んでしまったわ」


 「そんな大事なティアラをもらえないわ」


 「いいのよ。私には価値があるものはこれしかないの」


 「だめよ。このティアラはブランシュちゃんが持っているべきものなのよ。もし、私にお礼がしたいのならば、ケーキをたくさん食べさせてよ」


 「ケーキ?」



 私はこの前のお茶会ではじめてケーキを食べたのである。味気ない病院の食事か点滴でしか栄養補給できなかった私には、甘いケーキの味は衝撃的であった。



 「そうよ。高価な物よりも甘いケーキの方が私には似合っているわ」


 「アハハハハ」



 ブランシュはお腹を抑えながら笑い出した。



 「ホント、ハツキちゃんって変わっているわね。このティアラを売れば豪邸の1つや2つ買えるほどの価値があるのに、ティアラよりもケーキが欲しいなんて!」


 「甘いケーキは豪邸よりも価値があるのよ!それとブランシュちゃんも一緒にケーキを食べるのよ。1人で食べるよりも2人で食べた方がより美味しいのよ」


 「本当にそうだわ。私は今まで1人で氷結座敷で食事をしていたわ。今は父と一緒に食事ができるのに幸せを感じているの。ハツキちゃんと一緒にケーキを食べれたら楽しいに違いないわ」



 ブランシュはノアールに頼んでケーキをたくさん運んできてくれた。私はノアールも誘って3人で楽しくケーキを食べるのである。



 「ハツキちゃん、私もシュテーネン専門魔法学院に入学しようと思っているのよ」


 「そうなんだ。一緒に合格できるといいね」


 「そうね。でもね、入学を目指すからには首席で合格してみせるわよ」


 「ブランシュ王女殿下でしたら首席は確実かと思われます。氷結座敷でたくさんの魔導書、古文書など読んでいたブランシュ王女殿下に知識で勝る受験生などいるはずがありません」


 「ノアール、そんなことはないわよ。今年の受験生はシュテーネン専門魔法学院始まって以来の天才たちが集結すると、王族関係者では話題になっているのよ。

天才魔法少女と言われたシェーネさんを凌ぐ才能を持つヴァイザー・フリューリング。勇者の末裔と噂されるロイファー・シュナルヘェン。平民の星ルイーサ・エルレンマイアー、この3名の誰かが首席で入学すると言われているのよ」



 ヴァイザー・フリューリング(男)はシェーネの弟である。兄バルザック、姉シェーネから、幼少の頃から本格的な実践的魔法教育を受けていて、王族関係者の中では、1番注目を集めている受験生である。


 ロイファー・シュナルヘェン(男)はあのシックザナール元伯爵の息子である。シックナザールは爵位を失い横領など様々な罪で囚人の町レクイエムに送られたが、息子であるロイファーは母と一緒に王都に移り住んで、シュテーネン専門魔法学院の入学を目指している。ロイファーが勇者の末裔だという噂には、信憑性はない。また、ヴォルフロードと互角の戦いをした、実はアードラーを倒してのはロイファーであったなど、数々の噂が出回っているが、どれも確実な証拠はない。


 ルイーサ・エレンマイアー(女)は、王都から遠く離れた田舎の村に住む少女。ルイーサの住む村の近くの山にワイバーンの群れが住み着き、このワイバーンによって家畜が襲われるようになり村は深刻な被害に陥っていた。村から国王にワイバーンの討伐を依頼したが、冒険者を送り込むのに時間がかかり、討伐要請から2週間後にようやく冒険者が村にたどり着くと、1人の少女がワイバーンを5体も倒して村を守っていた。その少女がルイーサであり、ルイーサの活躍はすぐに国王に伝えられ、国王の推薦によりルイーサは、シュテーネン専門魔法学院を受験する。



 「ブランシュ王女殿下も、その3名に負けてるとは思わないわ」



 ノワールが自身たっぷりに答える。



 「すごい人達がライバルなんですね」



 私は他人事のように笑顔で答える。



 「ハツキちゃんだって、王都では噂になっているわよ」


 「私がですか?」


 「そうよ、0の少女がシュテーネン専門魔法学院の面接に合格したって、ショコラさんとシェーネさんが多量のビラを配っていたので、王都で知らない人はいないはずよ」


 「そ・・・そんなことをしていたのですね」


 「私も手伝ってあげたかったけど、まだ呪いが解除されたばかりだったので、父から止めらてできなかったのよ」


 「ハツキさん、大丈夫です。ブランシュ王女殿下の代わりに私がビラを配ってきまました。もちろんメルクーア大公にお願いして、陛下にもビラを渡してもらいました」


 「・・・」



 あまりの出来事で私は言葉が出ない。



 「それでね、ハツキちゃん。今シェーネとショコラと3人で署名活動を始めたのよ」


 「なんの署名ですか?」



 私は不安でしかない。





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