「生きて」という言葉

菊理

「生きて」という言葉

 この世界は、なにもかもが終わっている。

国家も、法も、秩序も、すべて崩壊し、終わっている。


 戦争があった。全世界を巻き込んだ戦争。

いや、もしかしたら、まだ続いているのかもしれない。ただ、もうこの場所では終わっている。

 銃声も、爆発音も、何かが通りすぎる音も、悲鳴も、怒号も、話す声も、何も聞こえない。


 ──静かだった。おおよそ私が生きてきた中でこんなにも静寂なのは初めてだった。

 もはや時間感覚も失われているので、いつことが始まったのか分からない。

1年前?2年前?あるいはもっと最近のことだったか。ただ気がつくと私一人だったのだ。家族が死んだ。愛する人が死んだ。友人が。名も知らぬ、明日を生きようと共に誓った人が死んだ。


 ただ、私は生きていた。何故かは分からない。奇跡なのか、あるいは偶然なのか。周りが消えていく中でただ一人、生き残ってしまっていた。探せば私と同じように生き残っている人が居るかもしれない。

けれど、もう久しく人の姿は見ていない。


 そんな何もかもが終わっている世界で、私は何故か奇跡的に動かせるバイクに跨り、場所を求めて移動していた。


 かの天才、アルベルト・アインシュタインは、『第三次世界大戦がどのように行われるかは私にはわからない。だが、第四次世界大戦が起こるとすれば、その時に人類が用いる武器は石とこん棒だろう』という言葉を残したが、全くその通りかもしれない。

ただ一つ付け足すならば、この戦争で人類という種が絶滅しているかもしれないということか。

……最も、私には関係のないことだか。


 私は今、海沿いを走っていた。

……地上とは違い、海は戦前と全く変わらないのだから不思議なものだ。

 そのまましばらく走っていると、崖が見えた。海へと伸びる断崖絶壁の崖。


 そこに向かおうと近づいていくと、驚くべき光景を目にした。


──人が立っていた。


 男か女かはわからない。けれど人がいた。崖の上に佇んでいた。

私はその人物を一目見ようと、バイクから降りて崖の上にいる人物の元へ歩いて行った。


 相手もこちらに気がついているのだろう。

顔がこちらの方へ向いている。

私はそのまま近づいていき相手を視認した。


──少女だった。


 私よりだいぶ小さい、少女。

まさかこんな人物がいるとは私にとっても予想外ではあったが、何故こんな所にいるのかは予想できるし、近づいていき声をかけた。


「こんにちは。でいいのかな?

人に会ったのは久しぶりだ。」


「えぇ、こんにちは。わたしもびっくりしているわ。まさか人に会うなんて。」


 少女も私の言葉に返答してくれる。

あぁ、良かった。無視されたらどうしようかと思ってたからね。


「あなたも、わたしと同じ?」


 少女が私に問うてくる。


「あぁ、多分キミと同じだ。もう、理由がないからね。場所を求めて移動してたけど、この場所は先客がいたみたいだ。」


「そう、あなたもわたしと同じなのね。理由がない。場所を求めている人。

でも、お生憎様、ここはわたしの場所よ。

だからあなたには渡せないわ。」


「わかっているさ。ただ人がいるとは思わなくてね。それでは私はここで失礼するとしよう。最後にキミに会えてよかったと思っているよ。」


「そう。わたしもあなたに会えてよかったわ。」


 私は、少女に別れを告げ、踵を返す。

歩き出したところで少女から声がかかった。


「ねえ。最後に一つだけ。

こんなことあなたにいうのは酷なことだけれど、少しでも理由が見つかるように魔法の言葉をかけてあげるわ。」


 私は、歩く足を止める。


「生きて」


 私は、後ろを振り向く。


そこには何もなかった。少女の姿も、何も。


「生きて、か。なかなか酷なことを言うじゃないか。」


 私は一人、そう口にする。

少女がどうなったかは見ていないが予想はつく、私と同じなのだから。

……同じ目的を持ってあの場で出会ったのだから。


 でも、名も知らぬ少女よ。

キミがそう言うのであれば、ほんの少し、そうだね……バイクの燃料が切れるときまでは言う通りにしようではないか。


 私はまたバイクに跨り、道を進む。

燃料が切れるその時まで。


──あぁ、見つかるといいな。納得いく場所が。生きてて良かったと思える死に場所が。

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「生きて」という言葉 菊理 @kukurihime

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