第44話 主人公の進捗


「あなたのせいで恥をかいてしまったじゃない」


 と、花ケ崎は昼間のことについて憤慨しているようだが、俺には花ケ崎の方がまともに見えた。


「馬鹿の規準に合わせて考える必要があるのかよ。それにマシな方だぜ。俺なんて犬と呼ばれてるらしいからな。女子の間じゃ」


「その前は粗暴ゴブリンと呼ばれていたのよ。私の犬になった方がマシではなくって」


「まあいいや。今日は一人でやってくれよ。俺は38層まで行くからな」


「そう、気を付けてね」


 花ケ崎を35層に残して、俺は山を下りた。



高杉 貴志 Lv42 ルーンスレイヤー Lv6

HP 1929/729(+1200) MP 660/660

筋力 623(+180)

魔力 419

敏捷 621(+150)

耐久 660(+180)

精神 412(+150)



 覇紋が育ったので、戦う時には1000を超えるステータスも出てきた。

 トニー師匠のビルドも本格的に火力が出るようになって、格上の敵でも倒せそうなくらい万能感がある。

 ただ本格的に火力を出せるのは全力でバフを盛った数分だけだから、そのクールタイムの間にはそれなりの危険があった。


 MPと回復がもう少し育たないと、完成とは言えないようだ。

 まだ火力に任せてゴリ押ししているだけだが、レベルをあげるならそれで十分だった。

 回復だけがまだ中途半端で、HPが減り始めたらそれなりに命の危険があるが、ポーションで戻せる範囲なら心配もない。


 36層に入ると、スケルトンロードが山のように出てきた。

 この辺りからは人間離れした身体能力を上手く使って、地形を利用しながら戦う必要があるようだ。

 古代遺跡のような建造物を利用して、襲いかかってくる敵の数をなるべく減らしながら戦うのだが、柱の上に逃れても、カンフー映画さながらに飛び上がって襲いかかってくる敵には圧倒される。


 ぶんぶん振り回してくる槍が厄介で、そこそこダメージは受けるが、戦闘中はポーションを使い、戦闘後には魔法でHPを戻す。

 HPが増えてしまったことで、エクスヒールを使わなければもはや回復力が足りない。

 それでも花ケ崎から借りてきたネックレスがあるので、なんとかMPは維持できていた。

 MPさえ維持できていればソロで回るのにも、それほどの支障はない。


 回復のコストが増えて、やはり一番のボトルネックになるのはMPの維持であるようだ。

 攻略本には、30層台では敵の火力に苦労すると書かれていたが、耐久力は上がっているのにダメージも増えて、本当にその通りになっている。

 37層に入ってリッチという魔法使いのゾンビのような敵が出てきたら、魔法ダメージは軽減されて逆に回復の負担が減ってくれた。


 攻略本の通りに万全を尽くしている俺ですらきついから、仮にパーティーを組んでいたとしても、この辺りの階層は相当に無理が必要になる。

 30層台で一番効率がいいという38層奥は、メデューサとミミックの組み合わせだった。

 メデューサの状態異常である石化はかなり凶悪なものだが、そこでは戦わずに38層手前にいるミミックからペルセウスの指輪を出して、それを装備してから戦えばいい。


 攻略本様様だと思いながら、俺はミミックゾーンに入った。

 スキルから忍術を外し、レベル上げ用のセットに変える。

 MPが減り始めたので、なんとか休憩を取りながらだましだまし続けた。

 そのまま日付が変わる頃までミミックを狩り続けたが指輪は出なかった。

 35層に寄ると、花ケ崎はもう帰ったあとだったので、残されたアイテムだけ持って帰った。


 どうやら召喚でもうまく使って、アイテムも自分で回収したようである。

 花ケ崎にはテレポートリングも持たせてあるので、危なくなったらいつでも飛べるようにしてあったから心配はしていない。




 朝になって確認したら振り込みがあって、預金の額が200万を超えていた。

 最初のうちはモグラのリングが5万近くで売れていたこともあり、それだけの額が溜まったようだった。

 ここまで来たら、もはや29層の懸賞金など惜しくもない。

 このまま花ケ崎にはずっと35層でやっていてもらいたいくらいだ。


 いっそのこと30層あたりの攻略がこのまま進まなければいいなとまで思えてくるようだ。

 しかし、そういうわけにもいかない。

 普通の初回プレイよりも一条の攻略階層はどうにも低いようだ。


「クラスメイトについて、ちょっと教えて欲しいことがあるんだが」


「そのようなことは、さすがにお教えできません」


 と、西園寺は一条についての情報を教えてはくれない。

 融通の利かなそうな様子から、絶対に喋らないものと思われる。

 まあ、ここで教えてくれるようなら、俺の事だってほかの奴らに広まっていただろうから、しょうがないことだと諦めもつく。


「頼んでいたものは」


「こちらにあります」


 両方ともアメリカから取り寄せたもので、銃弾に撃たれても大丈夫だという透明なスポーツサングラスのようなものと、探索者の間で評判のいい手袋だった。

 剣術の授業で近藤たちがやたらと砂を掴んで投げつけてくるので、サングラスのほうは目潰し対策として仕方なく買ったのだ。

 手袋はもう普通のものだと俺の力に耐えられないので、特殊なものを買った。


 そのほか、西園寺から受け取った紙袋には、ボスからしか出ないエクスポーションとマナポーションもちゃんと入っている。

 これらを見られたくなくて、わざわざ朝の売店にやってきた。

 花ケ崎と同じネックレスも欲しかったが、そっちの方は売りがなかった。




 そのあとに始まった剣術の授業では、もやは刃を潰した刀であっても近藤と芹沢相手になんの脅威もない。

 スキルも使ってないのに、俺の攻撃を受けただけで吹き飛ばされて宙を舞う二人が、憐れに思えてしまうほどの力の差だった。

 むしろ大怪我をさせないように俺の方が気を使わなければならない。


「き、休憩だ」


「そ、そうだな」


 とか言って、休むふりをしながら必死に西園寺のヒールを受けていた。

 とうとうここまで来たかというくらいの差になっている。

 それでもまだ負けを認めていないところだけは凄い。

 俺としては得るものもないので、学園長あたりとやってみたいところである。


 攻略本で調べてみたが、やはり学園長はオリジナルのスキルを持っていた。

 学園長が使うという全体攻撃の技、真空斬りあたりはぜひとも見てみたい。

 どのクラスでも得られないスキルというものが存在するという事もわかったし、それがどのようにして生まれたのかにも興味がある。

 もしくは、ただのユニーク武器の特性という事も考えられた。


「さて、続きをやるか」


 回復した近藤が言った。


「俺はもういいから二人でやっててくれ」


 俺は近藤を断って他の生徒の練習を眺める。

 狭間は斎藤と死闘を繰り広げていて、形勢は魔法も使っていない斉藤が有利、モヒカンはCクラス相手に互角くらいの戦いを展開していた。

 この時期に狭間がこのくらいのレベルという事は、やはり主人公のレベルの進みが遅すぎるし、もはや看過できないところまで来ている。


 今日あたり花ケ崎に相談してみようか。

 一条のギルド内の誰かに10層前後の攻略情報を渡せば、それだけでもう少しレベルが上げられるんじゃないかと思っている。

 ゲームのようにトライ&デスを繰り返せないから、攻略情報が広まらないこの世界では、主人公といえど新層攻略に苦戦しているのではないかと思うのだ。


 ゲームならば効率のいい階層も簡単に探せるし、新層を攻略するのにためらう理由もないが、現実となった世界では主人公の利点が生かせなくなってしまっているのだろう。

 ゲームでなければ、主人公など初期ステータスがちょっと高いだけでしかない。

 まあ攻略本には主人公の性能なら、ボス以外は、ある程度ゴリ押しで行けるようなことが書かれているのだから、ビビりすぎな部分があるのは間違いない。

 実際にゲーム世界を手探りで攻略するのは、かなり怖いものがあることは理解できる。




「だから一条たちに、9層のキーパー攻略情報を渡したいんだよな」


 俺は深夜に花ケ崎を屋上に呼び出してそう切り出した。

 寮のビルを登るくらいは、忍術の使える俺ならば造作もないので、女子寮の屋上を密会の場所に選んでいる。


「なら綾乃を誘って倒しに行けばいいんじゃないかしら」


「あいつがそんな誘いに乗るかな。初手の回避不能ビームを食らったら即死だぞ」


「そんなものをどうやって倒せというのかしら。それを防ぐ方法こそが、攻略情報というものではないのかしら」


「そんな都合のいい方法はない。それでも一条ならぎりぎり耐えられるはずだ。ダメージはサラマンダーの使うフレイムの26倍のダメージだな」


「あなたはそんなものに挑んだというのね。もうそんなことはよしなさい。予言の力も万能ではないのでしょう。有名ギルドでも新層の攻略と、9層のキーパー攻略を禁じている所は珍しくないのよ」


 それは、もしかしてノワールとかにも、そんな決まりがあるのだろうか。

 挑戦して失敗すればギルド戦力の大半を失うことになるから、さもありなんという話だ。

 だから軍に妨害されて、ここまでの状況に追い込まれたのだろう。

 しかし心配してくれるのは有難いが、そんな話には構っていられない。

 攻略本は誰にでもボスを倒せるように書かれているのだから、余計な心配というものだ。


「じゃあ、花ケ崎が攻撃を受けて、そのダメージを神宮寺に正確に伝えてくれないか。最初の出会いがしらさえ気を付ければ、大した相手じゃないんだ。カマイタチを放ってきたら最終段階で、そこからは目を合わさないようにしながら、物理攻撃に変えるだけでいい」


「私にそんなことをさせるというのね。それで目を合わせたらどうなるというの」


「体が麻痺して動けなくなる。最初のビームなんて、今のお前なら2連続で食らっても大丈夫だから心配するな。だけど神宮寺にはカマイタチも危険だから、危なくなったら二人で回復しよう」


「それはいいわ。でも、どうして綾乃たちが強くならないと、ダンジョン内のモンスターが暴走するの。そこが、どうしても納得できないわ」


「そんなの俺にもわからない。でも予言の書にはそう書かれているんだ」


 攻略本には、一条がゲームオーバーになると、ダンジョンの攻略が進まなくなって迷宮が暴走するとあるだけで、俺が攻略を進めて代わりになるのかはわからない。

 ゲームの中では、主人公以外に抗争を終わらせられる奴は現れなかった。

 この世界はフラグなんて曖昧なもので管理されていないはずだから、攻略本の通りに動くとしても、そこには何かしら合理的な理由が存在するはずである。


「じゃあ、綾乃をうまいこと言いくるめなければならないわね」


 と、夜の闇に向かって花ケ崎がつぶやいた。


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