第42話 パンドラ



 購買を後にしたら、また変な男たちに囲まれた。

 いったいここは、どんな特別な力が働いているのだろう。


「お前が高杉か」


 見たこともない連中なので、なんと答えたらいいのかわからない。

 武器は取り出してないが、探索者なのはその体つきを見れば一目瞭然だ。

 ギルドマークは見えないが、抗争中だから大抵の奴らはそんなものをつけて出歩かなくなっている。


「なんの用だ」


「ちょっとギルドを紹介したい。興味はあるか」


「あるわけないだろ」


「条件も聞かないで断るつもりかよ。まさかもうノワールにでも入ったのか」


「いや、そっちも断ったよ。あんた等はパンドラか」


「そうだ。悪くない条件を提示するぜ」


 その条件というのは、契約金をいくらくれるとかじゃなくて、いくら納めたら何層のどこで狩りをしてもいいとかいう、ふざけた条件のことだ。

 多少の面倒は見てくれるようだが俺には必要ない。

 契約するだけ損なのに、どうして受けると思っているのか。

 すでに狩場を独占できる気でいるらしい。

 連合側に入るにしたって、もうちょっとマシなところがいくらでもある。


 稼ぎのいい新人を、このように勧誘してギルドに引き入れれば、自分たちの儲けも増えるというようなシステムである。

 そして、俺の収めた金の一部は、上の幹部連中に吸い上げられるという仕組みだ。

 だから上にはやたらと金が集まってくるが、下はカツカツという仕組みになっている。

 会員制のねずみ講という印象だった。


「おい、断ればどうなるかわかってるのかあ。ああん」


「わからないから教えてほしいね」


 俺はアイテムボックスから正宗を取り出した。

 これは恐喝だから力で対処しなければならない。

 全員斬り捨てて、気絶しているところで武器やらリングやらを取り上げた。

 ただの強盗に思えるが、ゲームの中でも主人公が同じようにしているみたいだし問題ないだろう。


 このゲームではHPが0になると、気絶という昏睡状態になる。

 このシステムに守られるような形で、どんなにレベル差があるやつと戦っても手違いで殺してしまうという事だけはないような感じだった。

 いったん気絶すると、たとえ気付け薬で起き上がっても、重症という厄介なデバフが24時間かかることになって、かなり動きが制限されてしまう。


 とうとう本格的な抗争シナリオに入ったらしい。

 他のシナリオよりはましとはいえ、こんな奴らにつけ狙われるのも厄介だな。

 ゲームと同じなら、このパンドラの奴らは数の有利を活かすことができない。

 それぞれのノルマが大変なのか、せっかくの大所帯なのに大人数で共闘して襲ってくるというようなことはしないし、上の方が出てくることもない。

 とくに幹部クラスはレベル上げに熱心なようで、攻略本によれば17層か18層に引きこもっているそうである。


「これを売りたいんだが」


「あの、そういったアイテムはちょっと……」


 現場を見ていた西園寺は、奪い取ったアイテムは買い取れないというのを仕草で表した。

 ゲームでは問題なく売れていたはずなのに、どういうことだろう。

 西園寺は声を潜めて、闇市に行かれてはどうでしょうか、と言っているので、俺は街に出ることにした。

 ハンバーガーで食事を済ませて、ブルーシートの前に座るオッサンにを全て売り払う。


 街はなんだか物々しい雰囲気で、ギルドノワールの建物の前には5人ほどの武装した男が立っていた。

 ダンジョン内の人気が少ない場所以外では、抗争で命まで取られることは稀だが、一度でも倒されてしまえば気絶して身ぐるみをはがされる。

 そんな奴らが学園内にまで入って来て勧誘しているのだから治安は最悪だ。


 あんな奴らをどうやって止めたらいいのかわからない。

 武闘派連合にはノルマが課せられているらしく、それが達成できないとどんな制裁があるのか知らないが、かなりの無茶までやってくる連中である。

 10層台の後半が封鎖されたようになって、フン詰まりになって抗争が起きているのだから、そいつらをどかしてしまえば、多少は解消されるような気がした。


 パンドラの幹部連中を狙ってみるというのはアリだろうか。

 しかし、それで何かが変わるとも思えない。

 たとえ倒してアイテムを奪ったところで、そいつらはすぐに装備を買いなおして困りもしないだろう。

 どうしたものかと考えていたら午後の授業中に、ある事件が起こった。




 放課後の間際、パンドラの連中が幹部まで引き連れて学園の校庭を占拠したのだ。

 ゲームではダンジョンから出てこなかったやつらなのに、リーダーのカズと呼ばれる狂戦士の男までわざわざ出てきている。

 その男が拡声器を使って叫んでいた。


「おい、パンドラに手を出した奴を差し出せ! さもなくば、これからは学園の生徒全員をマトにする! 繰り返す、パンドラに手を出した奴を差し出すんだ」


 ずいぶんと強気な物言いで、六文銭がいなくなり、ノワールが弱体化したことで調子に乗っているらしい。

 たしかに最大手となってしまえば、好き勝手やっても報復を恐れる必要はない。

 俺としては、なんてことをしてくれるのだと冷や汗が止まらない。

 もちろんパンドラが怖いわけじゃなく、この学園には絶対に手を出しちゃいけない奴らがいるからだ。


 奴らが狙っているのは俺一人じゃないだろうが、俺も含まれているのは間違いない。

 俺が仮面を付けて出て行っても、きっと俺の正体はばれてしまうだろう。

 それでも、魔神に手を出される事態よりはましだろうか。


「ちょっとあれは何ですの。いったい誰を差し出せと言っているのかしら」


「わからないけど、これってヤバいんじゃないのかな」


 二ノ宮と神宮寺が震えている。

 花ケ崎は何もしてないわよねと確認するような視線を俺に向けた。

 そこで、瑠璃川が昨日のことを思い出したのか、俺のことを睨んだ。

 そして、だから言わないことじゃないという顔をしている。


「高杉、お前はあいつらに手を出してないだろうな」


 狭間もたまには正しいところに目を付ける。


「どうだったかな」


「おいおいおい。あんな数やべーじゃねーか。どうすんだよ」


 とロン毛が見ていられないほど取り乱している。


「そういえば、昨日は高杉がパンドラと繋がりがある生徒も追い出したとか言ってませんでしたの」


 二ノ宮が余計なことを言うから、まわりの視線が俺に集まった。

 瑠璃川ですらそれに気が付いていたが、俺に気を使って発言しなかったというのにだ。

 しかし、どうしたものだろうか。

 いきなりこんな場面で、俺が大手ギルドのエース級まで倒してしまうのは不自然すぎる。

 しかも衆目監視の前でそれをやるというのもまずい。


 攻略本にはこんな事態になるとは書かれていなかったのに、どういうことなのだろう。

 抗争が始まったら、パンドラの幹部連中は18層あたりから出てこなくなると、はっきり書かれていたのに、下っ端を倒した奴を差し出せなどと言いだすのではつじつまが合わない。


 いくらシナリオが書き換わってしまったとしても、こんな根本的なところで、しかも俺がたいして関与もしていない所に食い違いが生まれるのはいかにも不自然だった。

 いや、まだシナリオが書き換わってしまったとも限らない。

 攻略本は基本的に、シナリオの本文自体は書かれていないのだ。

 おおよその流れがわかるくらいで、裏設定など、シナリオを補うような事柄に項がさかれているものである。


「俺も一緒に行こう」


 そう言ったのは一条である。

 覚悟を決めたような、ほれぼれするほどいい表情だった。

 一条もCクラスと揉めていたから責任を感じているのだろうか。


「いくらお前らでも、二人でどうにかなる数かよ。あんなところに出て行ったら殺されるぞ」


 ロン毛が悲鳴じみた声をあげた。


「たしかにな。大手クランのエース級までそろってるんだ。お前たちが出て行ってどうにかなる話じゃない。出て行くにしても戦う意思はないことを最初に示したほうがいい」


 狭間は一条のパーティーメンバーであるはずなのに、無関係を装っていた。

 そういうところからして、こいつは根っからのサブキャラである。


「いや、その必要はないようだ。動きがあるぞ」


 ごちゃごちゃと言い合いが始まった中、外を見ていた俺は言った。

 なるほどそういう事かと納得した。



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