第38話 抗争



 剣術の授業で校庭に行くと、そこにはなぜかいつもは見ない顔ぶれがいて、近藤が怒気を発していた。


「つまらない影響を受けやがって。剣術は遊びじゃないんだぞ。ちょっと活躍がテレビに映ったくらいで乗り換えるとは、どういう了見だ」


 見たことのない顔ぶれは、テレビに映った黒仮面の影響で、他の武器から刀に移った奴らであるようだ。

 スキルもないのに刀を二本持った奴らまでいるから、そりゃ近藤も荒れるというものだ。

 そして格付けの儀式が始まり、モヒカンがその相手をすることになった。

 最初の相手は、同じクラスの狭間修司である。

 こんな奴までテレビの影響を受けて、刀に乗り換えるらしい。


 俺は魔法使い系かと思っていたが、どうやらアタッカーだったようだ。

 俺は面白そうだと思って、今日も連れてこられている西園寺の隣に腰かけた。

 西園寺は軽く会釈をしただけで、なにも言ってはこなかった。

 まだ気が付いていないのだろう。


 モヒカンは狭間を前にして、この剣術の授業では何度も見た、近藤たちの間で流行っている刺突からの横薙ぎの連携を放った。

 刺突はかなりの踏み込み距離がある盗賊のスキルで、ガードされても隙は小さい。

 対人においてはかなり便利なスキルである。

 ここの奴らは、その連携にばかり頼るので、もはや見慣れ過ぎた。


 モヒカンの方が剣術のスキルには慣れているが、レベルは狭間の方が高い。

 しかも狭間は剣術の裏スキルがちゃんと育っているらしく、純近接なのか足軽で育ちやすい耐久も高かった。

 果敢に攻めるモヒカンに苦戦しながらも、やはり最後は狭間が勝利を収めてしまった。

 西園寺にヒールを掛けられ、さらに格付けの儀式は続いたが、モヒカンが勝利できたのは半分ほどだった。


「お前はこのクラスの面汚しだ」


 などと近藤から厳しいお怒りの言葉を貰っている。

 鍛えてやるようなこともせずに、斎藤に命じて片手間にボコらせていただけだというのに、なんでそんなことが言えるのかわからない。

 それでもこの剣術クラスの最下位カーストから脱したモヒカンは嬉しそうだ。


 狭間は果敢にも斎藤を次の対戦相手に指定し、マジ切れした斎藤がそっちに行ってしまったので俺には相手がいなくなった。

 なので俺は近藤たちの方に向かう。

 今日はスキルを避けられないか、もしくはスキルにパリィが使えないか試してみたいと思っている。


「暇だから相手をしてくれないか」


 俺が声をかけると、芹沢と黒仮面についてミーハーな話をしていた近藤が顔をあげる。


「ほう、たしかに斎藤じゃ今のお前の相手は辛いか。芹沢はちょっと休んでいてくれ」


「いや、二人同時に相手したい」


「おい、そんなことを口にしてどうなるかわかってるんだろうな。覚悟はできてるのか」


 そう怒りの声を発したのは芹沢だった。

 こんなことを言いだせば怒るだろうな、ということはわかっていたので想定内だ。

 しかし、もはや真剣を使われたって、この二人じゃ俺にダメージは入れられない。


「面白い。根津さんの件といい、レベル上げの速さといい、お前にはなにかあると思っていたところだ。望み通り、半殺しの目に合わせてやろう」


 そんなふうに近藤が余裕を見せていたのも最初だけで、訓練用の刃を潰した刀しか使っていない俺に対して、すぐに二人は真剣まで抜いてやり始めた。

 出血デバフのせいで何度かヒールは使わされたが、それだけだ。

 とはいえ、やはりスキルは避けようがない。

 パリィも使えず、ガードできたのでさえほんの数回だけだ。


 いや、ガードできたというより、相手がスキルの発動に失敗したと言ったほうが正しい。

 隙ができている時にスキルを発動したら、それはもう絶対に攻撃が入る。

 隙のないところに発動してしまうと、それがガードしたように見えるだけなのだろう。

 もはやスキルというのは、この世の物理法則を超越した何かがあるような感じだった。


 とくに対人戦は、間合いの読み合いが非常に重要なようで、スキルの射程に入られてしまってからではどんな対応も後手にまわる。

 だから間合いの広いスキルを温存している方が、圧倒的に有利に立ちまわれるようだ。

 剣術Ⅴと忍術Ⅴのスキルしか装備していなかったので、俺はまともな攻撃スキルを使っていない。


 スキルを使わないで間合いを保つのはそれなりに難しかった。

 それでもレベル差のせいで、簡単に吹き飛んでいくから、引き剥がすだけなら難しくない。

 スキルは避けられないとなると、やはり攻撃は受けてしまって、あとで回復したほうがよっぽど効率がいい。


「ま、まあまあ腕をあげたようだな」


 時間いっぱいまで戦って、真剣を使っても勝てなかったくせに近藤はそう言った。

 まさか真剣を使ったことに、俺が気がついてないとでも思っているのだろうか。

 二人は肩で息をして、芹沢など口を開くこともできないよほど疲れきっている。

 そうまでして負けを認めたくないのかと、さすがに飽きれたが、俺は何も言わなかった。

 俺としてはトニー師匠の正しさが証明されたので、なんの不満もない。


「惜しかったですね。もう少しで二人を相手に勝ててしまいそうでしたよ」


 長いスカートのすそについた草を払いながら西園寺が言った。

 短すぎる神宮寺のスカートとくらべたら、もはや別物の服にすら見える。

 俺はそうだな、と返して水飲み場に向かった。


 教室に帰ると、狭間もかなりボコボコにされていたが、神宮寺も負けず劣らずかなりやられているようだった。

 Aクラスの女子には、レベルの高い槍使いがいて、精霊魔法まで使うユニーククラスを所持したゲームヒロインだから、おそらくその娘にやられたのだろう。

 基本的にユニーククラスというのは、道祖神のような、一人くらいにしか加護を与えることができない神様から加護を授かっている場合が多い。


 だから信心深くて小さな祭壇などの管理をしているようなキャラは、そういう特殊なクラスを持っている。

 レベルに関係なく解放される特殊クラスを持ったキャラは、それだけステータスにも余裕があるので、敵に回せば強敵になる場合がほとんどだ。


「おい、お前の刀を売ってはくれないか」


「馬鹿も休み休み言え」


「なぜだ。俺なら言い値で払ってやるぞ」


 誰だかもわからないほど顔を腫らした狭間がそんなことを言いだして非常にめんどくさい。

 今日は西園寺のMPが切れるほど、剣術クラスの参加者が多かった。

 刀なんて、そのうち根津あたりが必要なくなったものを大量に放出するはずだ。

 そろそろ引退する年齢だろうし、39層にチャレンジするギルドがあるとは攻略本にも書かれていない。


「決めた。私もやっぱり槍を買うことにするよ。多少高くてもいいや」


「それをなんで俺に向かって言うんだよ」


「探すのを手伝ってよ」


 そんなことをして俺にどんなメリットがあるというのか。

 俺は槍を使う予定はないから、簡単に手に入るものもないわけじゃない。

 しかし変な噂が広まれば面倒事が増えるので、見つけてきてやるわけにはいかない。


「嫌だね」


 神宮寺は俺に断られてもめげずに、花ケ崎に泣きつくようなふりをする。


「ねえ、玲華ちゃん。ちょっと手下を貸してくれないかしら」


「やめてあげなさい。貴志だって忙しいのよ」


「玲華ちゃんのケチ」


 すねた神宮寺は、なぜか俺の机の上に座った。

 主席の席に座っている俺に対して、この態度である。

 無礼にもほどがある。

 だいたいこいつのスカートは短すぎて、こんな近くにあったら目の毒だ。


「花様はAクラスの生徒にもお勝ちになられたのでしょう。さすがですわね。やはり強かったのかしら」


「そ、そうね。かなりの強敵だったわ」


 そんなはずはない。

 今の花ケ崎なら、どんな魔法を使われてもダメージなんか受けようがない。

 魔法への抵抗が高ければ、目に見えるダメージも減るので、服に焦げ跡すらつかない。


「そのわりには無傷だよね。もしかして玲華ちゃんの眼力で倒しちゃったのかな」


 花ケ崎は殺意のこもった視線を神宮寺に向けるが、神宮寺の方はどこ吹く風だった。

 Aクラスの魔法使い系トップは魔眼持ちの学年最強だ。

 それでも今の花ケ崎には遠く及ばない。

 杖術の授業だというのに、やはり実践まがいの訓練をしているのだろう。


「いつもは天都香さんとやっているのに、今日はどういう気まぐれでしたの」


「急に勝負を挑まれたのよね。興味本位で受けてしまったわ」


 そいつも魔眼に映る魔力の量を見て、さぞかしぶったまげたことだろう。

 わずか数日の間に、30近くレベルをあげてきたのだから、それが見えていて驚かないわけがない。

 他のステータスだって多少は上がるから、今の花ケ崎なら近接職とチャンバラ勝負をしたっていい勝負をするはずだ。


「花様に喧嘩を売るなんて身の程知らずもいいところですわ。きっと思い知ったことでしょうね。私たちも一条が頑張っていましたけど、だめでしたわ」


 二ノ宮は盾術だから、一条と同じ片手剣である。

 まだAクラスには俺と花ケ崎しか勝てないらしい。

 レベル差は埋まってきたはずだから、ここからはどれだけリスクをとってダンジョン探索をやるかの勝負になる。




 放課後になって、俺は花ケ崎を連れて29層にやってきた。

 もちろんボスを攻略するためである。

 打ち合わせ通り、ゴーレムを二体召喚してからヴァンパイアを呼び出す。

 ゴーレムは、俺の召喚したアイアンゴーレムと、花ケ崎の召喚したゼニスゴーレムだ。


 アイアンゴーレムに花ケ崎を守らせながら、ゼニスゴーレムでスケルトンロードのターゲットを取ってしまえば、ヴァンパイアは大したことのないボスだった。

 花ケ崎はアイアンゴーレムの肩の上から魔法を放っていた。

 テレポートリングも出たし、新しいリングと指輪も出た。



吸血鬼のリング(S)

 ダメージHP吸収30% 魔法ダメージ軽減30% ダメージ軽減24


静寂の指輪(A)

 MP+500 MP回復上昇大



 指輪は花ケ崎に渡して、リングを俺が装備することになった。

 そのまま30層に抜けると、六文銭の面々に出くわした。

 いったい何人いるんだという数で、狭い洞窟内につめかけている。


「おう、優等生のお出ましだ。さっそくここを攻略しようってのか。精が出るね」


 最初に俺たちに気が付いたのは海野とかいう大男だ。

 真新しい鎧兜に身を包んで、今日は一段と見栄えがいい。


「そっちは」


 海野は、すがすがしい笑顔でニカッと笑って言った。


「俺たちの解放した30層台ってのが、どんな場所か見に来たのよ」


「その感想は」


 俺の質問に答えたのは真田だった。


「敵が強すぎるな。ギルド総出でやって来て、奥に進むのを迷うレベルだ。だが、これでやっと満足した」


「そろそろ世代交代って奴だな。こっからはお前たちが頑張れよ」


 そう言った海野はどこか寂しそうだった。


「俺はどうしようかな。もう少し続けたいような気もすんだよな」


 と言ったのは根津だ。


「やめておいた方がいい。きりのいい所でやめないと未練が残るぞ」


 真田の言葉を、根津は神妙な面持ちで聞いていた。




 それから一週間ほど過ぎると、六文銭が大量の引退者を発表した。

 もはや金も名誉も手に入れてしまった彼らには、次の目標が定まらなかったのだろう。

 人材と力で他を圧倒していた六文銭が消えると、ノワールの独壇場になるかと思われた狩場で異変が起きた。


 ノワールが独占するのを防ぐために、他の武闘派ギルドが連合で潰しにかかったのだ。

 ノワールから人が離れ始めると、今度は連合内での内紛が起こり始める。

 とうとう本格的な争いがスタートした合図だった。


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