第24話 対決イベント
「おまえ、よくその歳であんなところまで来たもんだよな。たまにいるんだよ、そういう規格外な奴がさ。うちのマスターが同じタイプだからわかるんだ。あっという間にトロルすら攻略しちまったようだし、末恐ろしいやつだよな。うちのマスターと比べても、お前は別格だよ」
「で、話ってのはなんだ。言っとくが、俺はあんたと縄張り争いをする気はない」
俺がそう言ったら、根津はうんざりだという様子で手を振ってみせた。
刈り上げた短髪と、しなやかに動く異様に発達した筋肉が獰猛な野生動物を連想させる。
まるで大砲かなにかを自分に向けられているような感覚だった。
こんなのが自由に街中を出歩いていて、法的な問題はないのかという気にさせられる。
「そんな話がしたいんじゃねえ。俺も縄張り争いすんのは嫌いなタイプだ。余計なことに頭を使いたくねえからな。それより不思議でならないんだ。いったいどうやったら、あのトロルを攻略できんだよって思ったらさ」
あまり賢いタイプではなさそうだから、そこまで警戒する必要はないかもしれない。
普通ならそんなことを他人に聞くのはご法度のはずだし、細かいことに神経が回らないタチなんだろう。
俺と似たタイプだと言える。
「あのトロルは自然回復が脅威だと思ったんだ」
「そんなのはわかってるさ。有名な話じゃねえか。俺もそこまでは調べたよ。だけど回復阻害なんてシロモノを、おいそれと持ってるとは思わねえだろ。そんな得物を使ってまで倒したい相手でもねえしな」
「俺が使ったのはディスペルの魔法だよ」
根津は、まるでひらめきを得たというように目を見開いて手を打った。
「なるほどな! そんな魔法があるなんて存在すら忘れてたぜ。いろいろ試してみるもんだな。参考になったよ。それにしても破魔だったか、よくそんなマイナーな覇紋をいれたよな」
そりゃ攻略本に万能魔法って書かれていたからな。
前衛後衛に関わらず、魔法に対抗する手段を得るために必要な覇紋だ。
最初のうちはまったく使いどころがわからなくて役に立ちもしないが、中盤以降になってから必須になるいやらしい魔法である。
「20階層台は、デバフが厄介だと聞いたんでね」
そうは言ってみたが、20階台どころか、あのダンジョン内は厄介な魔法が多い。
バフ、デバフを防御できないと、弱体化を受けただけで死亡確定レベルだ。
しかも、それが防げる装備となると、30層より上でしか手に入らない。
なるほど、それで20階層より上には誰も寄り付かないのだろう。
少し有益な情報を与えすぎてしまったかもしれない。
「なるほど。学園の授業もまともに受けとくもんだぜ。ちょうど覇紋の空きが一つあるから、そいつを試してみるか」
今の会話を花ケ崎にでも聞かせたら、俺もこいつも、よくそんな情報を他人に話して聞かせるものだと感心することだろう。
だけど上位ギルドに属していて、情報の扱い方も知らないという事はないはずだ。
こいつから俺の情報が広まることは考えなくていい。
それに、恩を売れた上に、今の狩場からもいなくなってくれるというなら有り難い。
「デバフ解除に使うなら、なるべく世代の進んだやつを入れるんだな」
「たしかにそうだ。よし、情報料として、俺のコレクションから刀を一つやろう」
「え」
いったい何を言い出すのかと呆気に取られて、俺は一瞬だけ言葉に詰まった。
根津はアイテムボックスの中を漁って、紙の束を取り出した。
「そんなに驚くなよ。刀は自分じゃ使わねえし、気前のいい奴には気前よくしとかねえとな。それに最近じゃ俺も貴族だから、メンツって奴も大切にすることにしてんだ。遠慮せずに選んでくれ」
そう言って、根津は俺に鑑定書の束を投げてよこした。
俺は受け取った鑑定書に急いで目を通す。
ゴーレムを長いこと相手にしていただけあって、そのコレクションはかなりすさまじいものがあった。
はっきり言って選べないほどのモノが並んでいる。
「遠慮なんかすんなよ。それだけ価値のある情報だ。長いこと真田の足を引っ張ってきた俺も、これでやっと幸信様のお役に立てるかもしれねえ」
とある紙切れを前にして俺の動きが止まる。
身体に電流が走ったみたいになって、全身が震えた。
それは攻略本で、別名エクスカリバーとも呼ばれていた幻の一本だった。
俺は震える指で、一枚の紙を渡した。
正宗(A)
防御力無視 攻撃力2.5倍 追加ダメージ+150
本作の近接最強アビリティである二刀流、ツバメ返しともに最高の相性を誇る。
別名、エクスカリバー。ユニーク武器を含めても他の追随を許さない最強の一角。
「そんなんでいいのかよ。たしかにゴーレムには強いけど、属性エンチャントの方がダメージが出る場合も多いんだぜ」
槍ならば、それはそうだろう。
この世界での侍クラスは槍を持つことが多いから、需要がないのだろうか。
いや、そんなはずはない。
根津はお安いもんだとか何とか言っているが、幻聴に違いない。
もし、これでもらってしまったら馬鹿を騙してるみたいで気が引ける。
ツバメ返しのような倍率が付くスキルには、この倍率付きの武器が最強なのだ。
そして二刀流ツバメ返しにおいては、この防御力無視が最強となる。
この二つが同時についた一本こそ、俺のビルドを何倍にも強化してくれるのだ。
たしかに弱点属性は追加ダメージ100%だが、スキルの倍率では乗算されない。
この足し算と掛け算の違いこそが重要なのだ。
それに普通は弱点属性ごとにエンチャント武器を集めるなんて現実的ではない。
現に、これほどのコレクションを持っている根津でさえも、完全属性エンチャント武器となると5本とないのだ。
虎徹のようなダメージ全てを属性ダメージに変換するような武器は、それだけでAクラスのレアアイテムになる。
まあ、たしかに槍のスキルは多段攻撃が多くて、追加ダメージや詠唱阻害などの確率や加算で発動する付加効果と相性がいいというのはある。
それで刀も槍も同じようなものだと思っていたら、価値が無いと判断する可能性もあるかもしれない。
いやいやいやそんなわけあるかと、正気に戻った時には、俺の振るえる手には一振りの刀が握らされていた。
時計台の下のベンチでぽつんと一人取り残された俺は、途方に暮れてしまう。
二刀流までに、もう一本の倍率武器を入手できれば文字通り最強のビルドになる。
確定入手のユニーク武器にも倍率付きはあるから、俺はもう最強になることが決定しているといってもいい。
ゲーム時代でもオンラインで取引される価格が10万まで値上がりしたことがあるほどの武器を手に入れてしまった。
値下がりした後でも、五千円程度とはいえ高額取引の対象となっている。
しばらく呆けていたら、やっと意識が戻ってきた。
「いよう、花ちゃん。今日も顔だけはかわいいな!」
廊下で風になんか吹かれていた花ケ崎の背中を叩いて挨拶する。
俺は絶好調に機嫌が良かった。
花ケ崎は迷惑そうに目を細めたが、いつも迷惑しているのは俺の方だから気にすることはない。
「う、うらやましいですぞー」
騒がしい伊藤を引き連れて教室に入ると、前の方に生徒が集まっている。
最近ではCクラスの妨害も跳ねのけて、クラス内の雰囲気が明るくなっていたのに、今日はそういう感じでもなかった。
クラス内の雰囲気がよくないから、花ケ崎や伊藤は廊下に避難していたようだ。
「おい、高杉。ちょっと来い」
狭間が偉そうに俺を呼びつけた。
俺がこの教室でこんなにも注目を集めたのは初めてのことである。
一体何が起きているというのだろうか。
狭間のいうことなど聞きたくなかった俺は、無視して自分の席にドカリと腰を下ろした。
「本当に高杉が真田の人と話をしていたの。何かの間違いじゃない」
と言ったのは神宮寺だ。
「いや、間違いじゃない」
と狭間が不機嫌そうに言う。
「ちょっといいかな」
と言って、俺の前の席に座ってきたのは、クラス委員長の風間だった。
なで肩の優男の、さわやかな顔が俺のことを覗き込んだ。
「なんだ」
「最近になって、レベル上げが順調なメンバーを集めて、6層の奥に行くようになったんだ。まだ行けるのは僕らと狭間のパーティーだけだけどね」
「俺は新しいギルドを作ることにしたよ。ここにいるのは、そのメンバーだ」
と言ったのは一条だった。
どうやら、やっとシナリオが進んだらしい。
自分でギルドを作るという事は、第三の勢力ルートである。
それにしても6層の奥とは、上級生たちもいるような場所ではないか。
じゃあ、もう少ししたら色々なところと揉め始めるだろう。
「メンバーってのは、そいつらか」
「そうだよ。誰でも加入は歓迎だ。レベルの制限はあるがね。俺たちがレベルをあげたら、クラスのみんなにもパワーレベリングをして、力をつけてもらおうと思ってる。君にもメリットのある話だ」
風間、狭間、神宮寺、ロン毛、他数人がメンバーであるようだ。
クラスのレベル上位であろうメンツが揃えられている。
まさか他のクラスメイトまでも、縄張り争いに引っ張り出す気だろうか。
「入れという話なら、俺に参加する気はない」
「お前など入れるわけがないだろう。そんなのはお前のレベルが上がったらの話だ」
と狭間が言った。
「たしかに先の話としてだね。今すぐというわけじゃない」
と一条も言う。
いったい入れと言っているのか、入るなと言ってるのか話が見えない。
本題を切り出してくれたのは、風間だった。
「ただ6層では、上級生に戻るように言われてしまってね。一方的に言われたんだ。それで真田家の人に伝手があるなら、名前を貸してもらえるよう頼んではくれないかと思ってね」
なるほど。
そんなつまらない話かと納得する。
「伝手なんかない」
たとえあったとしても、そんなことを手伝う気にはなれない。
そもそも俺にメリットとか言っているが、そんなものを享受させる気があるかどうかも怪しいところだ。
「ほら、言ったでしょ。きっと落とし物を拾ったとかそんな話よ」
「そうだ。落とし物を拾ったとかそんな話だ」
神宮寺の話に乗ってそういう事にしておけばいい。
そもそも対立するかもしれない一条を、そこまで親身になって助けるのもおかしな話だ。
俺はもう何が起きても自分を守れるくらいには強くなった。
そっちはどうなんだと問いたいくらいである。
「ふん、まあそんなものか。こんなのに期待する方が間違っていたのだな。やはり花ケ崎に頼んでみるか。軍の上層部に伝手くらいあるだろう」
と狭間が言った。
たしかにアイツの兄貴なら軍にも話は通せるだろうが、そんなことは意味がない。
軍もシナリオには絡んでくるが、軍は軍ではっきりとした目的意識を持っている。
学生の縄張り争いなんかに出てくるはずがなかった。
しかも、力もつけないうちに無理やりシナリオを動かそうとしているようで、こっちとしては見ていて不安になる。
「そんなくだらない話にアイツを関わらせるな。自分たちでなんとかできないなら、6層なんてやめておけ」
「自分で何もやろうとしない奴がそれを言うのは滑稽だぞ」
と言ってきたのはやはり狭間だった。
それを手で制して一条は言った。
「なるほど、高杉の意志はよくわかったよ。だけど、もう一つ頼みがある。そっちは譲れない話だ。ダンジョンダイブの授業で他のクラスの生徒と組んでいるだろ。それだけはやめてもらえないか」
それは犬神のことを言っているのだろうか。
あいつがスパイだとでも言いたいのか、他に組む相手がいるとでも思っているのか。
最初の頃にあぶれたことのある身としては、犬神のしんどさはよくわかっているつもりだ。
誰が好き好んでほかのクラスのやつとパーティーなんて組んだりするものか。
そんなことを考えていたら、俺の方も頭に血がのぼってきた。
「なにもわかってないな。やめさせたいなら力ずくでやってみろと言ってるんだ」
俺が殺気を放つと、さすがの一条も普段のポーカーフェイスではなく、顔色を変えた。
主人公には、早いところこの学園の仕組みというものに気が付いて欲しいものだ。
強さこそがすべて、そして勝つことがすべて、それがこの学園の基本的なルールである。
強さがないなら他人に何も望むべきじゃない。
「それが望みだというなら、やってみようじゃないか」
まさか、こんなことから俺がずっと避けようと思っていた主人公との対決イベントに発展するとは思わなかった。
やってしまってから俺の方もだいぶ冷静になってきた。
どうやら怒りをぶつけるような感じで力んだら、この世界では漫画やアニメのように殺気が放ててしまうらしい。
思わぬことができるようになってしまった。
しかし犬神のことで、こんなことになるなんて予想できるわけがない。
犬神について言ってくるとなると、一番懸念していた可能性が頭をもたげてくる。
犬神は伊藤たちとパーティーを組むと仲良くなれるゲームヒロインの一人だが、仲間にした段階で女子メンバーがいないとBLルートに入りやすくなる。
一条は神宮寺くらいしか女子とパーティーを組んでいなかったし、ずっとそれについては危ぶんでいたのだ。
まさか本格的にBLルートに進もうとしているなんてことはないよな。
あのルートはハチャメチャすぎて収拾がつかなくなる。
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