第14話 秘密
「剣士は防御力がなくて、戦士は攻撃力がないから、それぞれ苦労すると聞いていたのに、あなたはどちらにも当てはまらないわよね。綾乃から聞いていた話と違うのだけど、どんな裏技を使っているのかしら」
「そうだよね! 私もずっとおかしいと思ってたんだ。だって落ちこぼれのはずの高杉が、クラスメイトが誰も来られないような場所で平気にしてるんだもん」
昨日は色々あったから注意力が散漫になっていたのか、今日になって二人は今さらなことを言いだした。
レベルが高くステータスボーナスが複数あるだけなのだが、それは秘密だ。
だいたい、そんな話をするのはタブーのはずではないのか。
「コボルトには苦戦してるよ」
四つ足動物の俊敏性というか、この犬の動体視力はとてつもないものがある。
黒い影のようになって、目に見えないほどのスピードで体ごと攻撃をかわされてしまう。
花ケ崎による魔法のサポートが無かったら、とてもこんなペースでは倒せていなかった。
しかも昨日のサーベルタイガーに至っては、足が四つとも地面についているから、コボルトの比ではないほどの俊敏性だった。
「そうじゃなくて、倒すのも一撃だし、攻撃を受けてもヒールすら必要ないことを言ってるんだよ。どうしてどちらも両立できているのさ。ヒーラーって普通はこんなに暇じゃないよね」
「私が使っている魔法は、ダメージを重視したものではないのよ。それなのに攻撃を一度当てるだけで倒しているじゃないの。おかしいわよ」
「最強になる男だって言っただろ」
さすがに誤魔化しようもなくなってそう言った。
ただレベルが高いだけだ。
俺に答える気が無いと知った花ケ崎は、ちょっと不機嫌そうな顔になる。
「それにしては冴えない戦い方ですこと。素早さが足りてないように見えるわ。でも、将来どこも引き取り手がなかった時には、私が子飼いにしてあげてもいいかしら」
「そんなものになるメリットがどこにあるんだ」
「この私に毎日会えるじゃない」
俺の不満そうな顔に、花ケ崎も不満そうな顔になった。
どうやら本気でそんなことを言っているらしい。
「ありがたくて涙が出るな。毎日、神に感謝するだろうよ」
そう馬鹿にした感じで言った俺に対して、花ケ崎は自信満々に言った。
「私はモデルにスカウトされたこともあるのよ」
「それにファンクラブもできたって噂だよね」
天都香の言葉に気をよくしたのか、花ケ崎は満面の笑顔を見せる。
「その私にスカウトされたのだから、あなたにとっては光栄なことなのではなくって」
こいつは度が外れた天然の世間知らずである。
もともとそんな気はしていたが、予想を上回ってきた。
もちろん貴族に取り入るために学園に通う生徒もいるだろう。
しかし俺はクラスメイトのファンクラブに入るような目標の小さな奴らとは違う。
「どうコメントしたらいいのかわからないな」
「そう。感情が死んでしまっているのか、本能が死んでしまっているのか、どちらかというわけね。まさか、もっと大きな目標があるとか、分不相応なことを考えているわけじゃないわよね」
まさかよね、という表情で俺のことを見る。
たしかに分不相応かもしれない。
攻略本が無ければの話だが。
「もしくは表情のない能面みたいな女が、あまり好きではないかだな」
俺の言葉に花ケ崎は一瞬で不機嫌そうな表情に変わる。
最近では表情に変化が出るようになってきた。
そのおかげなのか、やっかいなことに最初よりも魅力的に俺の目には映っている。
「その言葉、二回目ね。忘れないわよ」
「高杉って、こんな愛想がないやつだったっけ」
なるべく接点を作らないようにしていただけなのだが、なんだか嫌な奴になりつつある。
もとからそんな性格というわけではないし、天都香が知っている高杉とも別人である。
ゲームをやっているような感覚もあるが、ここまで現実感があると、もとの高杉という青年の自我がどこに行ってしまったのか不思議に思えてきた。
俺は真面目に戦っているというのに、うしろからはヒソヒソ声に混じって、ホモだの男色だのという言葉が漏れ聞こえてくるようになった。
暇すぎて他にやることもないのだろう。
やはり一緒にパーティーを組めば、それなりのコミュニケーションが生まれてしまうものだ。
授業でも、二年に上がるころには命を預けられる奴としか組まなくなるというようなことを言っていた。
長時間一緒にいるし、信用のおけないような奴とでは、探索に集中できないのだろう。
身分の違いがあると、それだけで組むのに支障が出るらしいから、貴族は貴族同士か自分の手駒だけでパーティーを組むのだろう。
どうやら俺は、もっと愛想のないやつになるしかないようだ。
少し余裕が出て来た天都香が余計なことをしてヘイトを買い、必死でヒールをかけながらオークロードを倒したりしながら二日目が過ぎた。
俺が盾にならなかったら、天都香はオークロードの攻撃で死んでいたところだ。
剣術のスキルが上がってきたのか、レベルは上がらない代わりに戦いやすくはなっている気がする。
大剣では実感しづらかったが、ここまで効果のあるものなら、早めに刀剣スキルをあげておくべきだった。
今回は魔法も使わずに刀剣ばかり振り回していたから、少しだけ様になってきたような気がする。
やっと、この超人的な自分の身体能力をあつかうことにも慣れてきたかもしれない。
すぐに天都香がレベル7になり、次いで俺の剣闘士がクラスレベル3になった。
この感じだと剣闘士は必要経験値が多いようだ。
15時になる頃には花ケ崎のレベルも上がって、やたらと上機嫌で過ごしていた。
この日は朝のうちに花ケ崎が3部屋取っていてくれたので、20時過ぎまでオークロードとコボルトの相手をすることになる。
剣闘士レベル3で覚えた剣技Ⅱのスキルによって、ガード、ステップ、ローリングを使えるようになったので、練習しながら過ごした。
剣技Ⅱは、剣士がクラスレベル8で覚えるスキルだから、さすが攻略本に記された隠しクラスだけのことはある。
エフェクトも出ないので、これなら使っていても周りにバレることはない。
あと剣闘士で得られるのは盾術とかのいらないスキルばかりだから、有用なスキルが早期に得られたのはありがたい。
これ以後に覚えられるスキルで使えそうなのは、剣技Ⅲのパリィと打ち崩しくらいだろう。
翌日も天都香に起こされて目が覚める。
何もしていないからか、コイツが一番元気にしているな。
身体が弱いとかいう設定はどこに行ってしまったのだろうか。
昨夜は温かい食事も出されて、柔らかいベッドでしっかり寝られたので、体は完全に回復している。
今日はさっさと地上に戻って、街に行かなければならない。
街が解放されたことで、できるようになったことは沢山ある。
「ごきげんよう。よく眠れたようね。せっかく高い部屋で寝たのだから、もう少しレベル上げをしていきましょうか」
寝起きでとんでもないものを見せられて、俺は眠気も吹き飛んだ。
まだ魔導士はカンストしていないはずだから、盗賊に転職するには早い。
「どういうつもりだ」
「なんのことかしら。ちょっと、どこを見ているのよ、いやらしいわね」
俺の視線に気が付いた花ケ崎は、体の前で腕をクロスさせた。
寝起きに驚かされて気が動転していた俺は、つい無遠慮に見てしまった。
花ケ崎は顔を赤く染めながら俺のことを睨んでいる。
「う~ん、私もちょっと大胆過ぎると思うかな」
さすがに天都香も苦い顔をしていた。
「そんなことないわ。今日はちょっと盗賊を試してみる予定なの。この格好はレンジャーズのリーダーを参考にしているわ」
誰を参考にしていても酷いものはひどいとしか言いようがない。
レンジャーズというのは中堅ギルドの一つだ。
実力的には上位だが、少数精鋭の方針なのか人数が少ないため大手ではない。
「おまえって、形からはいるタチだよな」
俺の言葉に、花ケ崎は怒り始めた。
「なにが言いたいのよ。あなたは早く帰りたいのでしょう。だったら、さっさと始めればいいじゃない」
俺は攻略本をめくって驚愕した。
あれはダウンロード専用の有料コンテンツで、水際の花ケ崎玲華という商品らしい。
紫色のビキニのトップスに、革のホットパンツ、そして紫のマント、さらには武器まで紫色のイメージカラーで統一されている。
しかも、これ一つで4000円もするというから驚きである。
はたから見れば、正気を失った女にしか思えない。
あんな裸同然の格好でも、高レアのリングを装備しているから、この辺りの階層ではかすり傷一つ負わないだろう。
だからといって、ここまで気の触れた格好をする理由はない。
なんと言って止めたらいいものかと思案しているうちに、朝食を食べて出発することになった。
食堂では給仕のおばちゃんたちからも奇異の視線を向けられた。
「どうして私ひとりに前を歩かせるのかしら。私が前衛になったとは言っても、タンクはあなたがやるべきだわ」
「他人のふりをしてるんだよ」
早朝で人目がないからいいようなものの、こんなのと一緒に歩くのは刑罰と一緒だ。
戦いが始まってしまうと、その気になっている花ケ崎は、俺の目の前で無意味に跳ね回るようになった。
訓練を受けているのか体裁きはなかなかのものだが、俺の集中力を著しく阻害する。
「悪い。その、揺れが気になって集中できない」
非常に気まずいし言いたくもないが、言わないわけにはいかなかった。
俺がそう言ったら、花ケ崎は体の前で両手をクロスさせて顔を赤くした。
こいつに羞恥心という感情が残っていたことに驚きを隠せない。
本来ならこういうことを言うのは、天都香の役目であるはずなのにコイツはなにも言ってくれやしない。
「いやらしいわね。戦いに集中すればいいじゃないの。昨日のようにやればいいわ」
「無茶言うなよ。どうしてもそっちに気を取られるに決まってるだろ」
健康的で張りのある大きめの奴がぷるんぷるん揺れているのだ。
水着の上からでも上を向いているのがわかるほど若々しくて生々しい。
「み、見損なったわ。昨日はクールなふりして信用させておきながら、そんな下心を隠し持っていたのね。卑劣よ。他の男子とは違うかもと思わせておいて。よこしまな心を隠すのがお上手ですこと。最低だわ」
俺のことを悪しざまに言ってくれているが、狂っているのは俺ではなく花ヶ崎のほうだ。
有料コンテンツだけあって、その刺激はあまりにも強すぎる。
「私はちょっと安心したよ。高杉も普通の男の子だったんだね」
「では、これならどうかしら。これなら、あなたの嫌らしい欲望が抑えられるのではなくて」
盗賊の恰好の上から前日と同じローブを羽織って、花ケ崎は昨日の見た目に戻った。
「露出狂のイカレ女よりはましになったな」
「いいこと。レンジャーズというのは、れっきとした上位ギルドなのよ。しかも私に体術を指導してくれた師匠でもあるわ。師匠の真似をして盗賊らしい格好をしだけなのに、それをハレンチ呼ばわりするのは許さないわよ」
「その盗賊らしい恰好は、敵がいないときに見せてくれた方がうれしいね」
世間知らずのこいつを説得することなどできそうにないので、せめて男からどういう目で見られるかを教えてやるためにそう言った。
そして俺はぶしつけな視線を花ケ崎の大きめな胸に向ける。
俺の言葉に、花ケ崎は一瞬なにを言われたのかわからないようだった、
「ふっ、不潔だわ……」
顔を真っ赤にしながら、花ケ崎は俺から距離を取る。
盗賊のような回避職が軽装に身を包むのは、敵の攻撃をかわすときに衣装をひっかけたりしないためだろう。
そもそも俺が一撃で倒してしまうのに、前線に花ケ崎の仕事などないのだ。
ちょっとかわいそうなことをしたかもしれないが、あんな格好でダンジョン内を歩いていたら襲われる危険だってある。
天都香も呆れているが、コイツの有料コンテンツだって相当に狂っている。
敏捷の初期値が無駄に高いこともあって、前線でちょろちょろする花ケ崎が敵から攻撃を受けることはなく時間は過ぎていった。
初期クラスなら、そろそろレベル5になる頃だろう。
「クラスレベルが5になったら教えてくれ。そしたら帰ろう」
俺も二人に気を許して、ちょっと油断していたのかもしれない。
本来ならもっと慎重に言葉を選んで話すべきなのだ。
俺はとんでもないミスを犯していた。
いや、本当のミスはその後の対応だった。
「どうして5だと知っているのかしら。あなた、知りすぎているわね」
急に緊張した声を浴びせられて、俺は固まった。
背後から殺気のようなものを浴びせ掛けられて、花ケ崎の方を見ることもできない。
アークウィザードに関する情報は、秘密保持の魔法契約書によって取引がなされるような情報である。
俺は必死に言い訳を考えた。
「い、いや、ただ5までなら簡単に上がるかなって、きりがいいと思っただけだよ」
「そう、色々と知っているようね。そんなに緊張するのは不自然よ」
どうやらカマをかけられたようである。
さっきは殺されそうなほどの殺気を感じたのに、花ケ崎の表情には変化がない。
どうやら自分より優秀な奴に、情報を持っているとばれないようにするのは、俺が思っている以上に難易度が高いようだ。
これから俺は貴族に捕らえられて拷問でもされるのかと、嫌なビジョンが頭をよぎった。
「ん、なんかあったの。また高杉に嫌味でも言われた?」
「安心なさい。私は誰にも言ったりしないわ」
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