第11話 Cクラスとの対決


 用具室で借りてきたドイツ製だという大剣は、アイテムボックスにも入らないし、ロッカーにも収まらないサイズだった。

 校内でも数人しか使い手がおらず、大男でも持て余すような大きさである。

 まさに鉄塊である。いや、鉄の無駄遣いだろ。


「おいおい、お前が弱いのはステータスが低いからだろうが。そんなあつかえもしない武器を持ってきて何ができるんだよ」


 そう言ってきたのは、斎藤ではない方のクラスメイトのロン毛だった。

 レベルが上がってしまってからは、このカスに対して感じていた威圧感のようなものが減ったように思う。

 戦士には威圧というスキルがあるが、この世界の住人はステータスの数値に基づいた、なにか見えない力が漏れているように感じる。


 最初は猛獣かなにかのように思えていたが、今日は紙風船くらいの存在感しかない。

 藁人形かなにかが喋っているような空虚さだ。


「やっぱり、コイツが一番足を引っ張りそうだぜ」


 俺が何も言わずにいたら、ロン毛がクラスメイト達に向かって言った。

 どうやら他人から威圧感を感じられるのは俺だけのようだ。

 俺をCクラスに負けた理由にでもするつもりだろうか。

 そもそもAクラスやBクラスには貴族の子弟も多く、大手ギルドの有望な新人なども含まれていて、何かしたところでDクラスが対抗できる要素などない。


「なんの足を引っ張るんだ。Cクラスと戦争でもするのか」


 放っておいても、ストーリーが進めばそのうち抗争が起こるはずだが、Aクラスのボスは魔眼持ちで、レベルが20あっても勝てるかどうかわからないような、かなり厄介な相手だ。

 だから余計なことにリーソースをさかずに、今はとにかくレベルを上げるべきである。

 ストーリーの中盤からは、この学園は代理戦争の戦場になるのだ。


「舐められないようにすんのに、オメーがいたら足を引っ張んだろーがよ」


「だったら自分のレベルをあげるんだな。他人の心配してる場合じゃない」


「誰が心配なんかするか」


「そのくらいにしておくんだ。内輪揉めなんかしても状況は改善しない」


 一条が割り込んできたので、そこで話はひと段落付いた。


「だけど、一度は戦わないとCクラスの嫌がらせは終わらないよ」


 風間の言葉にみんながシンと静まり返る。

 こないだの合同授業で、嫌というほど実力差を見せつけられたから、焦りだけが募っているのだろう。

 二年も早くダンジョンに入っているCクラスとの差は、そう簡単には埋まらない。


 俺なら埋めてやれるかもしれないが、攻略本の存在に気付かれるリスクを冒すことなどできないし、そこまでしてやる義理もない。

 それにシナリオが書き変わって、攻略本の持つ優位性すら失われかねない。


「そのことについて話しても、進展はしないってわかったでしょ。みんなにも今は目立たないようにしてほしいかな。私は上を目指したいし、嫌がらせなんかに負ける気ないから」


 この神宮寺が言外に言っている、黙ってレベルをあげるというのが一番の解決策だ。

 わざわざこの学園に来たのは、大手ギルドや軍に入るためなのだから、そのために必要なことを黙ってやればいい。


 大手ギルドでも軍でも、そこで実力を認められればレア武器や秘匿されたクラスへのアクセスが可能になる。

 そのために必要なのも、それを活かすのに必要なのも、レベルによって上げられたステータスだけだ。


 まあ、攻略本がある俺は、クラス情報や機密の奪い合いに興味がないけどな。

 解決策がない以上、神宮寺の言う通りにやるしかない。

 それ以降、放課後に一条たちはなにやら作戦を練っているようだったが、ことを起こすことに反対していた神宮寺まで、そこに加わるようになった。




 何事もないまま二週間が過ぎて、俺の方はレベル20になっている。

 俺は新しいクラスの解放条件を満たし、剣闘士へとクラスチェンジした。

 そのこともあって一時的に回復魔法の威力も落ちたので、これ以上7層でのレベル上げは不可能となった。

 エクスヒールを使えば魔法一発で7層の魔物を倒すことはできる。


 それでやれなくはないが、効率が落ちすぎてやる気にはならない。

 もともとレベルは上がりにくくなっていたし、安全を考えて狩場を移さなかっただけだ。

 そんななかで、またダンジョンダイブの授業が組まれた。

 今回は三日という長めの期間で授業が組まれている。


 俺としては三日間もレベル上げが停滞することになるので、ぜひともサボりたいところだった。


「天都香洋子だよ。よろしくね、って知ってるか」


「いや、初耳だよ」


 さぼろうと考えていたのに、さっそく花ケ崎に捕まって彼女を紹介された。

 いろいろな髪の色は見てきたが、天然でピンクはかなり珍しい。


「はあ、もしかして私のこと忘れちゃったの。中学が一緒だったよね」


「そ、そうだったか」


 こういう裏設定はマジでやめて欲しい。

 心臓がバクバクしてくるではないか。

 それにしても、こんな目立つ髪色のクラスメイトに見覚えがないというのは、いったいどういう事だろうか。


「そうだよ。最近まで体調が悪くてお休みしてたんだけどね。もしかして本当に忘れちゃったの」


「ま、まあな」


「ひっどーい。高杉ってマジで常識がないね。頭、おっかしいんじゃないの」


 自分のキャラ設定に、変人というのも追加したほうがいいかもしれない。

 それ以外で誤魔化す方法などありはしない。


「ピンク色の髪した奴に、常識をうんぬんされたくはないな」


「はあ!?」


「天都香さんはレベルが低いから、手伝いをするのよ。私への恩返しだと思って手伝うといいわ」


 またおせっかいな性格を発揮して、花ケ崎はこんなのを拾ってきたらしい。



天都香 洋子(あまつか ようこ)

 わりと人気のあるヒロイン。

 回復寄りの魔法特化型。

 性格はわがままで強気だが、優しい一面もあり、とにかく元気。

 最初はひと月くらい体調不良で学校を休んでいる。



 神宮寺は最近になって一条たちとパーティーを組んでいるので、その補充という形になった。

 最初は安全を考えて2層からやることになった。


 今回は三日間という期間なので、まわりもかなり気合が入っている。

 それに今回は到達階層目標が4層に設定されているので、ほかのクラスの妨害もないのではないかという期待もある。

 そんな中で2層に来たのは俺達くらいだ。

 観光なのか小遣い稼ぎなのか、まわりには一般人の探索者がまばらに見える。


「なんだか申し訳ありません。私のために無理をさせてしまったみたいで」


「気にしなくていいわ。あいつも遊んでるようだし、気楽にやりましょう」


 俺は練習しようと持ち歩いていたわりに、いっこうに出番のなかった大剣をここぞとばかりに振り回していた。

 確率負けが酷くて低かったステータスも、平均くらいまで上がってくれた。



高杉 貴志 Lv20 剣闘士Lv1

HP 730/230(+200+300) MP 173/173

筋力 180(+150)

魔力 233(+30)

敏捷 48(+50)

耐久 219

精神 81


装備スキル 聖魔法Ⅴ 魔法Ⅰ 剣技Ⅰ なし



 剣闘士

HP+200 筋力+100 敏捷+50

HPと筋力が伸びやすく、アタッカーの割りに敏捷もそこそこ上がってくれる。

裸で戦わされて奇跡も起こせなかった史実から耐久と魔法ステータスが伸びない。

魔法系ステータスが育たないのは、それがメリットでもありデメリットでもある。

MPが上がりにくいという強烈なデメリットはあるが、攻撃力を伸ばしやすい。



 こんな階層ではもはやレベルが上がらないので、遊ぶよりほかにすることがない。

 重たかった大剣も普通にちょっと重いかなくらいで支障はないし、敵なんてレンタル武器なのに豆腐みたいにすぱすぱ切れる。

 敵の動きもすっとろいから、なんの脅威も感じられない。


 ガンガン奥に進みつつ、わざと遠吠えさせて敵を呼ばせてから倒した。

 それにしても、3層に行った奴らの数倍は経験値を稼いでいるが、こんな無茶なパワーレベリングをしていいものだろうか。

 天都香は敵に触れることもなく、とてつもない勢いでレベルが上がっているはずだ。


「すごいわ。ちゃんと使えてるのね。ずいぶん戦えるようになったものだわ」


「どうして上から目線なんだ。男子、三日会わざればなんとやらだぞ」


「それは花ケ崎さんから見ても、この高杉が普通よりすごいってこと? それは意外過ぎるよ」


「クラスメイトなんだから呼び捨てでいいわよ。それとね、彼にとっては普通に戦えるだけでもすごいことなのよ」


「俺に才能がないみたいに言わないでくれ。初期ステータスなんてサイコロの出目しだいだろ。すぐに平準化されるに決まってるじゃないか」


「初期ステータスは才能と言われているわよ。今は褒めているのだから、それでいいじゃないの」


 才能と呼べなくもないが、俺としては承服しがたい。

 半日もやっていたら天都香のレベルが5になってしまったので、3層ではレベルが上がりにくくなってしまった。

 クラスメイトでもレベル8くらいで停滞しているやつが多いから、初日としては出来過ぎなくらいである。


 そのくらい魔法を使われる3層に、クラスメイトたちも手こずっているということだ。

 それは3層奥を独占しているCクラスも変わらないだろうし、逆に4層まで行ってしまった方が、魔法を使う敵がいなくなる分だけやりやすい。

 天都香のレベルが上がらなくなってしまった以上は、もはやこの階層でやる理由はなかった。


「それじゃ4層を目指そうぜ」


「そうね。揉め事がないといいのだけど」


「べつにCクラスなんか倒せばいいだろ。どうせ一条たちが倒したあとだよ」


「簡単に言ってくれるわね。あなたの自信はいったいどこから湧いてくるのかしら」


「高杉ってそんな性格だったっけ?」


 呆れる花ケ崎とは対照的に、天都香の方は俺のことをいぶかしんでいる。

 自分の性格は変えることができないし、わざと不愛想にしているから、性格については知らん顔をしているしかない。

 高杉貴志なる人物の性格などもはや知る術もない。


 四階に上がって少し進んだら、揉めているような声が聞こえて来た。

 どうやら今になって本格的にCクラスと揉め始めたらしい。

 Dクラスの生徒も集まって来ていて、通せんぼをしていたCクラスの三人組の方が少し取り乱している。


 なにが起こるのかと思っていたら、三人組の一人が仲間を呼びに行ってCクラスの生徒をぞろぞろと連れて来た。

 どうも本格的にやりあいそうな雰囲気があるので、俺は高台になっているところに登った。


「こっちの方が見学には向いてるぞ」


「どうやってそんなところに登ったの。私たちには上がれないわ」


 軟弱な魔法職二人を上に引き上げてやると、ちょうど話が進展しそうなところだ。

 これだけの人間がいたら、さすがに揉み消すことはできないし、まさか殺し合いまではいかないだろう。

 だから安心して事の成り行きを見守っていればいい。


「おいおい、なんの騒ぎだ。お前らにこの先はまだ早い。これは親切心で言ってやってるんだぜ。さっさと失せな」


 Cクラスの代表らしい眼つきの悪い男が言った。

 その言葉はあながち嘘ばかり、というわけでもないと思われる。

 オークウィザードが大量に出てくれば、かなりの危険を伴うだろうし、この世界ではHPを伸ばすために最初は近接クラスを選ぶ人が多いのだ。

 その近接職にとって魔法はかなりのカウンターになる。


「ここを通してもらう。力ずくでもね」


「ふん、いいだろう」


 一条の言葉に、眼つきの悪い男は表情一つ変えない。

 クラスメイトは一条たちから離れて、一条、風間、ロン毛の三人が前に出た。

 どうやらやり合うことは想定内、というよりやるしかないと一条も腹をくくったらしい。

 一条は剣士、そして風間とロン毛は魔導士だ。


 一条が二人を守って、魔法で攻める作戦のようである。

 問題となるのは、相手の装備だ。

 リングは白く光った金属製で高そうだから、一条のCレアっぽい片手剣ではダメージが出せない。


 武器の中には詠唱遅延やMP強奪といった付加効果の付いた武器もあるから、たとえノーマルレアに見えたとしても侮れはしない。

 しかし、レア過ぎて普通は売ってしまうだろうし、今の段階で一条が持っている可能性はゼロに等しい。

 それに相手は魔法耐性を上げるネックレスや指輪を装備している魔導士だから、魔法メインで戦うのは相手の思うつぼである。


 貧弱な装備の一条たちに対し、相手は貴族なのかなんなのか知らないが、完全に対策ができた高価な装備で固めている。

 攻略本によると相手のレベルが12だというから、レベル差は4くらいだろうか。

 すでにほとんどの生徒が端末からはレベルを確認できなくしているので、正確なところはわからない。


 一条がどのくらい戦えるかによって、ストーリーの進み具合にも影響が出てくるだろうし、非常に興味深い戦いである。

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