第2話.ショタコンの師匠


 決意を固めた私は早速修行を始めた。修行と言っても、そんなことしたことない元女子高生の現十三歳である。一瞬で「どうしよう」と家の裏手の森の中で立ち尽くすことになった。


 そもそも魔法って、どう使うの?


 そう、まずはそこからだった。魔法なんて使ったことがない。当たり前だ。こちとら日本人だったんだぞ。私の修行の道はいきなり大きな壁に激突してしまった。


「……あっ」


 そこで考え込んだ私は、あることを思い出した。


「あそこしか、ない!」


 そう思い立ち、私はポニーテールにした銀髪を揺らしながら走り出す。いきなり絶望か、と思ったが希望が見えてきた。


 神は私を重度のショタコンにしたが、一応、見捨ててはいなかったのだ。



 私が家族と共に暮らしているのは、西の大陸一の栄華を誇ると言われているバイルダート王国の北部に位置するジゼット村と言う小さな農村だ。

 小さな村ではあるが、王国の繁栄の賜物か、小さな手習所の様なところがあり子供たちはそこに通って文字を習う。


 ああ……良かった。文字を習える環境で本当に良かった……


 脳内で王国に感謝しつつ、私は自分の前にまるで壁の様にそびえ立っている本棚を見上げて震えていた。そこに並ぶ文字は日本語でも英語でも、その他の外国語でもないがしっかりと読める。


 『子供に教える魔法基礎』先生が使う教科書みたいだ……これでいいかな。


 その内の一冊、分厚い深い赤の本を棚から抜き出して胸に抱えた。


「あの、これを借りても良いですか?」

「……魔法を覚えたいのかね」

「はい!!」


 本棚の傍ら、山の様に本が積まれた机で難しそうな本を読んでいた老爺が顔を上げて私を見た。私は返事をして、じっと老爺の返答を待つ。


 この老爺は、村の西側の森の中に住んでいる魔導士である。元々王宮で働いていたという噂もあり、治癒の腕前も確かなので医者のいないこの村では重宝されている存在だ。

 修行、魔法の使い方、と考えて私が思い付いたのはここへ来ることだった。以前、大怪我した弟をここへ運んだ時に沢山の本があったのと、本を借りている子がいたのを見ていて、それを思い出したのである。


 ……あれ? そう言えば、リオは何で大怪我したんだったっけ?


 はて、と脳内で首を傾げる。


「その本は子供向きではないぞ。お主は少々厄介な体質のようだ。制御するすべは身に付けておくに越したことはないだろう」

「え?」

「わしが魔法を教えてやる」


 私は絶句した。今「厄介な体質」って言った?? もしや私が『精霊の愛し子』だってバレている? いやその前に、魔法を使える魔力持ちであることが見ただけで分かるものなの?


「嫌か?」

「えっ、あっ、お、お願いします!!」


 ちょちょちょちょい待ち。多分悪い人じゃないだろうし、今のところ私にはこの老爺に師事する、という選択肢しかないのだ。慌てて返事をする。


「ふん」


 老爺は鼻を鳴らす。そしてのそのそと席を立ち、私の前にやって来る。

 考え込んで師を得る機会を逃すところであった。危ない危ない。


「お前はアイザックの娘じゃな。名は?」

「アイリーンです」

「そうか。わしはサラジュード。先に言っておくがわしは厳しいぞ」


 それでもやるか、と問われた。


 今の私は十三歳の非力な女の子で、前世も十七歳まで真綿にくるまれて暮らしていたショタコン女子でしかない。だから多分すごくきついと思う。泣くだろうし吐くだろうし、すぐにやめたくなると思う。


 でも…………


「――やります。私は、強くならなきゃいけないから」


 母さん、父さん、そしてリオ。守りたいもののために、私は強くならなければならないのだ。その為なら、たとえ血反吐を吐く様な修行でも耐えて見せる……ちょっとくらい泣くかもしれないけど。


「そうか……」


 サラジュードは頷いた。白いぼさぼさの眉毛に隠れそうな深い青色の目が私をじっと見つめている。そこに、ふっと優しげな笑みの気配が浮かんだ。


「なかなかに複雑な事情がありそうじゃ。良いだろう、わしが鍛えてやろう」

「よろしくお願いします、えーと……サラジュードお爺さん!」

「お爺さんはよせ、師匠と呼べぃ!」

「あだっ!!」


 老人とは思えない素早さで伸びてきた木製の杖が私の頭を叩く。私は涙目になりつつも、確かに一歩前に進むチケットを手にした喜びに笑った。



―――――………



 その夜家族揃っての夕食の後、私は自室でサラジュード改め師匠が貸してくれた本を読んでいた。


『魔法とは、自身の内にある魔力を、鍵言けんげんによって大気に満ちる魔力に伝えることで発動する。鍵言は精霊が使う言葉に近く、大気の魔力の中に生きる精霊に言葉を伝えやすい』


 うわぁ、と私は眉根を寄せる。


 この世界の言葉は、アイリーンとして生きてきた十三年分の記憶のお陰で読み書きも話すのも問題ない。

 しかしここにある「鍵言」は恐らく別の言語であろう。魔法の呪文が長かったら、英語が苦手科目だった私にはきついことになるかもしれない。

 そう言えば、この世界の元であろうゲーム『月花と精霊のパラディーゾ』の中では攻略対象が魔法を使うシーンがあった。それを参考にすればいいじゃんか、と私は目を閉じる。さあ来い、前世の記憶よ!!






 …………あれ、まったく覚えてないぞ?


 おいおい流石にそりゃないぜトム。

 待て、いきなりこんなこと言われてもトムが困るだろ。いや、そもそもトムって誰よ。クルーズかよ。


 ひどい話だ……


 こういう異世界転生ってさ、ゲームの世界の場合記憶による知識チートなるものをすべきでしょ?

 なのに私は『おまけ隠しキャラ』のショタを見るためだけに、ゲームを早送りとスキップを多用してやっていたから、ゲームシナリオが全くと言っていいほど頭に入っていない。

 そのせいでどんな魔法の使い方なのかも分からないのである。転生するって分かっていたらしっかりやったのに。


 くそう、たとえ英語だろうとドイツ語だろうとケチュア語だろうと私はやってやるよ!!


 それしか道はない。自分と、家族、そしてショタを守るためには。


 そう決意した直後、トントンと部屋の戸が遠慮がちに叩かれる。次いで開いた戸の向こうから顔を覗かせたのは、途轍もなく愛らしい私の弟リオだった。

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