喫茶のワンシーン ~One scene of cafe~

うめおかか

癒やしと本の世界(ツナサンドと紅茶)

 疲れた。

 疲れた疲れた疲れた。

 だからツナサンドとアイスティーが運ばれてきて、マスクの下で、満面の笑みを作ってしまったのは仕方のないことだと思う。

 


 つい三十分前、退社した私の頭には「疲れた」という言葉しか浮かんでいなかった。会社で面倒くさい上司に絡まれるわ、緊急の会議とかで大好きなお弁当屋さんで購入した弁当も早食いしないといけなかったし、入力中のデータも突然のシャットダウンで消えてしまって散々な一日だった。

 だから私の中のルールで、迷わず本屋へと飛び込んだ。本屋は眺めるだけで癒される場所で、ほんのわずかな時間でも別世界へと連れて行ってくれる感じがする。……するだけで、実際はそうではないのはわかってる。でも、少しは現実逃避したいんだよね。

 けれど今日は何の本を買うかも決まっていたから、迷わずレジの前の最新刊コーナーから漫画の単行本を取って会計を済ませる。ルールはあまり関係なかったなぁと、自分自身に呆れながらも、マスクで隠れてしまっている口元は、完全に緩みきっていた。だって半年ぶりの新刊で、雑誌で一度読んでいるから内容は知っていたけど、単行本という形で読み直したかったんだよね。

 カバーだけかけてもらって、私は本屋を飛び出して十歩先にある隣の喫茶店に飛び込んだ。本屋の隣に喫茶店、なんという素晴らしい立地だろうか。本を買って読めといわんばかりの環境で、平日にも関わらず私は本を買って喫茶店へ飛び込んで読む、というのが大切なストレス発散になっていた。

 すでに顔見知りになった店員さんに声をかけて、奥まった席に向かう。向かう途中で本を読んでいる人を見かけるのも珍しくなくて、たまに人が大勢いると騒がしいけれど滅多にない。店内は程よく明るく、木製品で囲まれた店内は本だけではなく、癒やしを求めてくる人も多いのだ。

 やっと椅子に座って落ち着いて、重い会社用の鞄をおろす。買ったばかりの本はテーブルに置いて、運ばれてきた水で喉の乾きを癒やしていると、私の大好物が届くのだ。

 そう、アイスティーとツナサンド、私の空腹を癒やしてくれるツナサンドと、コーヒーよりも飲みやすいアイスティーだった。

 一緒に置かれたお手拭きで手を拭いてから、まず琥珀色の液体に差し込まれたストローを咥える。ゆっくり吸い込むと、真っ白なストローにうっすらと色が滲んだ。それは少しずつ口元に近づいて、そして口から喉へと流れ込んでいく。あ、もうおいしい。疲れた体に染み渡る、濃すぎないアイスティーは私の心も体も癒やしてくれる。感動しながらもすぐにまた吸い込んで、今度は味わうように飲んだ。砂糖は入ってない、グラスに注がれたアイスティーの横には、レモンが盛り付けられた皿がある。これもグラスの中に沈めて、レモンの味をゆっくりと抽出させる。

 そして、この間に私はツナサンドにかぶりつくのだ。

 そんなに分厚くない作り置きのツナサンドのパンは、少ししっとりとしている。だからこれ以上、パンが柔らかくなる前にかぶりついてしまう、柔らかいからとても食べやすい。油をしっかりときられたツナとマヨネーズ、少し多めの黒胡椒の味がいいアクセントになっていた。噛めば噛むほど口の中がツナサンドで支配されていく心地よさに目を細め、そして流し込むようにまたアイスティーを飲んだ。

 ……いい。

 もうここまで来ると、単なる作業のようになってしまう。食べては流し込む、作業と言いながら味わっていないわけじゃない。美味しいから手が止まらないのだ。

 けれど気をつけないといけない。ツナサンドは食べ終えてもいい、でもこれから本というデザートが待っている。

 だからアイスティーは残す必要がある、おかわりをしてもいいけれどあえて残す。

 そして飲みきったと同時に、私は喫茶店を出る、そんなルールにしていた。どうしても本に夢中になってしまうと、時間を忘れてしまうから。携帯電話のアラームを利用するわけにもいかないし、バイブレーションの音も本の世界に没頭している人たちの迷惑になってしまう――少なくとも私は気が散ってしまうのだ。

 さて、腹も満たされたし、ツナサンドとアイスティーのおかげで気分も上々、これで本を堪能する環境は整った。

 アイスティーはレモンティーに化けて、酸味が混ざったアイスティーもまた美味しい。

 さあ、お楽しみの時間。

 私は買ったばかりの本に手を伸ばし、癒やしと本の世界を味わい尽くすんだ。

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