21.定休日

 遥と高幡が武蔵野亭で昼食を食べている。今日は水曜日なので、お店は休みだ。当然、もう一人の下宿人である柴崎聖は学校に行っている。

「同じ東京でも、このあたりは23区内とはだいぶ雰囲気が違いますよね。調布駅を降りた時はあんまり違う感じはしないんですけど、少し歩くとのどかだし、歴史のある場所が身近にありますね」

「田舎ってことですか?」

 遥は笑う。

「そんなことは。生活に不便もないですし、いいところだっていう意味です」

 高幡もつられて笑い、付け加える。

「あと歴史のある場所が多いのは、武蔵国の中心地に近かったからかも知れないですね」

 平安時代以前、東京と埼玉の大部分からなる「武蔵国」の中心は調布のとなり府中市だったのである。

「さすがよくご存じですね。わたし最近まで知らなかったんですよ。子供の頃から住んでいるのに」

「地元って案外そんなものですよね」

 高幡は居住まいを正した。

「ずいぶんお世話になりましたが、そろそろ下宿を終わろうと思います。一度、実家に戻ることにしました」

 高幡がここに来たのは1月の中旬なので、もう4ヶ月になる。「仕事と調べ物と趣味の中間みたいな目的でしばらくこのあたりに滞在したい」と彼から相談されたのが、まだ店のオープン準備をしていた去年の暮れ。掴みどころのない人物だが、身元は確認できているので、知らない人に貸すよりかはいいかと思い、部屋を提供することにした。

「わかりました。ここを出たあとはその足でご実家に?」

「はい。多摩地域の逗留も終わりです」

 多摩地域とは、東京都の23区と島嶼部を除いた西側の市町村部のことである。

「なんか寂しくなりますね」

「そんなに遠い距離じゃないので、また来ますよ」

 発つ日にち決まったらお伝えします、と言ってその場は解散した。


 部屋に戻った高幡はノートパソコンを立ち上げる。

「結局、漱石とは再会できないままお別れかあ」

 漱石のことは千歳から聞いていた。それでも、思っていた以上に寂しさが込み上げてきた。

 気を取り直してパソコンのメールボックスをひらくと、思わぬ人物からメールがきていた。

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