18.賽は投げられている

 翌朝。トーストをかじりながら、聖は日本の妖怪についてスマホで調べようとした。しかし情報量が膨大過ぎて何から調べて良いかまったく分からない。

 スマホを置いて、朝食を食べることに集中していると、高幡に声をかけられる。

「ずいぶんと真剣な顔していますね。朝から調べ物ですか?」

「ええまあ」

 平日の朝に高幡と顔を合わせることは滅多にない。たいていの日は、聖が家を出て遥がお店の開店準備をはじめてから降りてくると聞いている。時刻はもうすぐ七時半だ。

 さらに今日の高幡はきちんと身なりを整えている。ネクタイこそしていないが、シャツにジャケットを羽織っている。下は折り目のついたスラックスに革靴だ。帽子は被っていない。日頃はゆるっとした服を着ていることが多いので気がつかなかったが、こうしてみるとなかなか様になっている。

「おはようございます。早いですね。仕事ですか?」

「うんまあ。でもその前にここで人と会う約束がある」

 ちょうどそのタイミングで店のドアを叩く音がした。開店時間にはまだ2時間以上あるし、遥ならば店に入る時にノックはしない。

「たぶん僕の客です」

 高幡が入り口の方へ、仕切りカーテンをくぐっていく。

 聖も「そろそろ登校するか」と席をたち、カーテンをくぐったところで足が止まる。入り口のところで高幡と話していたのは、昨日の千歳という男だった。

「こんにちは柴崎聖くん」

 千歳の方から声をかけてきた。

「あれ、知り合い?」

「ええ、昨日知り合いました」

 何が「知り合いました」だ。一方的に接触してきたくせに。関わり合いになりたくなかったので、急いで席を立つ。

「じゃあ僕もう学校行くんで」

 千歳は一瞬、何かを考えるそぶりを見せたが、

「まあいいか。今日は高幡さんに用があったので。君とはまた今後」

 この2人つながっていたのか。どういう知り合いだろう。考えてみれば自分は高幡という人物について何も知らない。あまりプライベートを詮索するのは良くないが、一緒に住んでいて何も知らないというのも無防備だったか。

「高幡さん、この人と知り合いだったんですか?」

 食器を下げながら、なるべくさりげなく尋ねる。

「僕は本業はフリーのデザイナーだけど、生活のための仕事以外に、半分趣味みたいな活動をしている。東京不思議新聞というマニアックなのを」

「東京不思議新聞?」

 それは数人の仲間と、妖怪譚や怪奇譚を収集して、草の根的にネットで発信する活動らしい。ちなみに「東京」とついているがエリアは別に限定していないそうだ。

「2月に、不思議新聞のサイトの投稿欄に『連絡を取りたい』というメッセージが入った。北多摩地域の方で怪異が起こっているので調べてもらえないだろうか、と」

 その投稿者が千歳だった。

「いたずらかなと思ったんだけど、投稿数もほとんどないマイナーなウェブサイトだからね。そんなところにわざわざ投稿してくれたんだから話だけでも聞こうと思って」

「それでどんな話だったんですか?」

 食器を洗い終わって振り返る。高幡と千歳、2人とそれぞれ視線を交わした。口を開いたのは千歳の方だった。

「投稿させていただいた少し前から異常気象の前兆がありまして。それが全国的なものではなく北多摩地域のこのあたりだけで起こっているものだから何かあると考えていたのです」

「異常気象っていうのは、季節外れの寒さとか、異様に多い雨とかのことですか?」

「その時は今ほど顕著ではなかったですけどね。まだ」

「でも、それを引き起こしているのが妖怪かもしれないと?」

 昨日の話を思い出しながら、思い切って踏みこむと千歳が大きく頷く。

「聖くん、やはり君も残って話の続きを……」

「いや、もう学校行きます」

 怒るか残念がるかと思ったが、千歳は感情を見せない。

「じゃあ、近々あらためて。予約なしで会いに来ると迷惑そうなので、高幡さんを通して予定を決めさせてもらいます」

 高幡とつながっているとすると、これはいよいよ逃げられなさそうだ。聖は観念した。いつだって、心の中で嫌だと思っても、結局口に出して大人に逆らうことはできない。

 店を出るとき、高幡が後ろから声をかけた。

「今度は渚さんにも声をかけようと思ってるよ」

 勝手にしろ、と言いたい。渚だったらきっと、嫌なものははっきりと「いやです」と言えるんだろうな。あの性格が少し羨ましい。


聖が出ていったあとの武蔵野亭。

「聖くんに協力を仰ぐのは難しそうですかね」

「彼一人だとなかなかね。だから心苦しいけれど他の子も巻き込もうと思う」

「本当は高幡さんに最後まで手伝ってもらえば、それが一番良いんですけど」

「もうここを出ることは決まったんだ。遥さんのご好意で安くしてもらっているけれど家賃を払い続けるのは経済的に痛いし、家庭の事情でしばらく実家に帰らないといけない」

「残念です」

 高幡としても残念な気持ちはある。ただ自分がここに残ろうと残るまいと、ここから先、聖たちの協力は必要になる。事件には多摩北高校が関係している可能性が高いからだ。彼には悪いが、もう賽は投げられている。


 駅のホームで聖は少し冷静になって考える。昨日の今日だがもうレオに相談するべきだろうか。確かに今年の天候は変だ。それに学校でおかしなことも起こっている。落雷と、その後に飛び立ったカラスにまじった巨大な鳥人間。これらの現象と結びつけて考えてもらえば信じてくれるだろうか。

 いや無理だ。自分が信じていないのだから、それを人に信じろというのは無理だ。せめて千歳の口から説明してもらわないと。

「渚さんにも声をかけるとか言ってたな……」

 レオもそこに同席してもらうのはどうだろうか。千歳と対面してもらえば、聖が困った状態にあることは理解してもらえるはずだ。いけそうな気がする。

(「問題はどう仙川先輩を同席させるかだな」)

 たとえば、「知人が多摩地域に関する情報を求めている」という相談のていで呼び出すのはどうだろう。だいぶ苦しいが嘘ではない。それなら地域文化研究部員のレオに話を持ちかけるのは筋違いにはならないはずだ。天才!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る