13.動物愛好会

 5月の連休明けの初登校日。昼過ぎから天気がぐずついていた。早く帰宅しようと思えないくらい寒い。コートが欲しいくらいだ。上履きから靴に履き替えたところで、渚は聖とバッタリ会った。武蔵野亭にはちょくちょく行っているのでそこで顔を合わせることはあるけれど、学校で会うのは久しぶりだ。聖はちょっと悩むそぶりをみせてから、

「渚さん、ちょっといい?」

「いいよ、何?」

「見せたいものがあるんだ。こっち」

 ついてこいという風に、聖はスタスタ歩き出した。いつになく強引だなと思いながら渚はついていく。どこに行くのだろう。雨が降りそうなので早く帰りたい。ゴロゴロと雷も鳴っている。

「僕、動物愛好会に入ってるんだけど」

「え、そうだったの?」

 聖の部活について渚は勘違いをしていた。以前に聖が「入らないよ」と言っていたのは「剣道部には入らない」という意味であり、「どこの部活にも入らない」という意味ではなかったらしい。

「別に隠すつもりはなかったけど、言う機会がなくて」

「いいよ別に言わなくなって。誰に迷惑かけてるわけでもないし」

「そうだといいんだけど……」

 語尾の濁し方が、なんだか引っかかる。そうこうするうちに動物愛好会の飼育スペースについた。鳥類が多いが、うさぎやハムスターもいる。ハムスターの他に見慣れないリスみたいな小動物がおり、ゲージにはモモンガと書いてあった。他にたぬきかアライグマの赤ん坊みたいなのがいた。かわいい。最近入ったばかりなのか、ゲージには動物名は書いていなかった。哺乳類以外にも、水をはったゲージがあって、トカゲみたい水棲動物がいた。中には、壺がどーんと置かれているゲージもあった。壺の中に蛇でも入っているのだろうか。

「へえ、ちょっとした動物園みたいだね」

 感心する。こんなにたくさんの種類がいたとは。

 動物愛好会以外の人間は滅多にここに来ない。哺乳類などは見ている分には可愛いのだが、匂いが結構きついのだ。かわいいだけではペットは飼えないな、と思いながら渚は鼻をつく匂いに軽く顔をしかめる。

 それにしても、ここに何があると言うのだろう。聖に声をかけようとすると、聞き覚えのある「グァーグァー」というカラスとアヒルを足して割ったような鳴き声がした。

「この声、『武蔵野亭』でも聞いたような。気のせいかな」

「気のせいじゃないよ。たぶんカラスの雛だ」

 渚は即座には反応できなかった。

「カラスの雛?」

「そう、川沿いの土手で雨に打たれているところを拾ったんだ。すごく弱っていて、親も見当たらなかったからとりあえず武蔵野亭に連れて帰った。タオルで包んで温めたんだけど3日間くらいほとんど動かなくてもうダメだと思った。でも4日目から少しずつ動くようになって、水も飲むようになったんだ」

「それいつ頃?」

「こっち越してきた一週間たった頃。あ、たぶん渚さんにはじめて会った翌日」

「それで、その後その雛をどうしたの?」

「1週間くらいして普通に飛べるようになったから、逃がそうとしたんだけど、僕に懐いちゃったのか、部屋から離れなくなったんだ」

 鳴き始めたので、ベランダでいわゆる放し飼いだったらしいが、それでも遠くには行かなかった。それで渚は妙な鳴き声の合点がいった。あれはこのカラスの雛だったのだ。

「でも、神社での一件があっただろ。お店にいたんじゃみんな嫌がると思ってさ。それに万が一、万が一親ガラスが子供を盗まれたと思って復讐に来たらって想像したら怖くなった。だから早く移さなきゃって思って」

「それで学校に?」

 聖は頷く。

「一応教えておこうと思ってさ。渚さん武蔵野亭でこいつの鳴き声気にしているみたいだったから。けどそういうわけでもう武蔵野亭にはいないから安心して」

 この少年、基本無愛想だけれど、時折優しさを見せる。

 せっかくだからそのカラスの雛を見てみようと、鳴き声を頼りにいくつかのゲージを覗いていると、その中の一つに雀より大きい真っ黒な……。

「えっ!?」

 思わず声をあげてしまった。たしかに形状は小型のカラスかもしれないが、

「黒くないじゃん、白いじゃんこの鳥!」

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