こしょう
「そんな気色悪いこと訊くなよ」
「はぁ?!」
お互い、色恋などにかまけてこんなやり取りをしている訳ではない。だが、意図せず
それに近しい受け答えを交互に行なってしまったが為に、巫女は足を踏まれたと勘違いし、不服の声を上げた。
「あいつ、お前。いくらでも呼び方はあるだろう」
「犬じゃあるまいし……」
巫女は無味乾燥な言い合いを冗談めかす。だが俺は、一向にそれでよかった。
「ははっ、だったら俺は犬以下だな」
木枯らしが吹きさし、石畳の落ち葉をさらっていく。乱れ髪をひと掻きする巫女の脇から、小賢しく立ち回る俺に援助の声が掛かる。
「落くん、お父さんが呼んでる」
軽やかにそれに応え、巫女とのやりとりを有耶無耶にした。
「それと泉さん、髪をかんざしで止めた方がいいわ。この時期はとくに風が強く吹きますから」
しめしめと背中越しに巫女を嘲笑しながら、本殿の方へ駆け込もうとする。その瞬間、意気揚々と巫女を出し抜いたと油断した足が掬われる。
「落くん! 今度かんざしを見に行くから付き合ってね」
手前勝手な約束に巫女の馴れ馴れしい呼称で総毛立った。俺は聞こえぬフリをして、そのまま本殿に向かっていたが、お節介な母親の助言に顔は更に歪んだ。
「なら、お店教えてあげる」
つまらない顔で買い物に付き合う典型的な男の休日が頭を掠めた。後日、母親の顔を立てるという名目で仕方なしに買い物に付き合わせられたが、今語ることではない。
やおら吊り下げられていく太陽は、影を掴んで出来るだけ長く居座ろうとし、伸びに伸びた地面の影から、夕刻が迫ってきているの知る。欠伸ついでに、巫女が立つ売店に目を向けた。
平日のこの時間帯に神社へ足を伸ばす参拝客はほとんどおらず、売店で人影を見ると物珍しさから思わず目を凝らした。なだらかな曲線を描く背中に沿って伸びた長い髪と衣服の様子から女性だと分かる。時折、身体が上下に微動し、立ち話に花を咲かせる女子会が催されているようだった。
住宅街のどこでも見られるような平々凡々とした風景にも関わらず、俺はどうしようもなく見つめ続ける。遠目に見る横顔は、目鼻の輪郭をより際立たせ、そぞろに首が伸びたのも無理からぬ花貌であった。
汗ばむ手を後ろに組んで、胸に詰めた欺瞞を横隔膜が押し上げる。足取りは決して軽くはないが、馬の蹄のように雪駄を鳴らし、神社の跡取りとして懇切丁寧な振る舞いを心掛けよう。
「安産祈願ですか」
今しがた買ったであろう桃色のお守りが女性の手に握られている。
「そうなんです」
「大変喜ばしい。名前などは考えているのですか?」
「えぇ、まぁ」
俺は後ろで結んでいた手をほどき、若輩者なりに言葉を列挙する。
「名は、その子の歴史を形作るための柱になる。柱の骨となる姓名判断は、親から最初に贈られる賀歌なのです。この機会にどうですか?」
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