こい
「泉、霊樹はナシで」
良くいえば柔軟、悪くいえば節操がない。濃い霧が立ち込めた夜更けの山中で、男二人が肩を寄せ合い、秘密の商談を始める。風景とまるで合致しない底意地の悪い話し合いに、立ち位置を見失った端役のバツの悪さは底知れない。
依頼主に腹を刺されるという、庭師の教訓を得てから始まり展開したこの事態。地続きと見るか、それとも全く別の凶兆として捉えるか。立て続けに起きた不運なのだとしたら、病院で言われた台詞がよく似合う。
「バチがあたったな」
徒然と腕を組む。非を認めてなるものかと憤然に振る舞い、問答無用な猛々しさにかまければ、それこそ悪化の一途を辿りかねない。私が今取るべき態度とは、出来るだけ息を潜め、成り行きに任せてしまう身軽さだろう。
「それ、バレたら手痛いしっぺ返しを食いませんか?」
「手痛いければ手痛いほど、得られるものは多い。多少の無茶は人生に於いて必要なんだよ」
友人は男に訓示めいたことを吹き込んでいるようだ。
「バレた時は、この霧のように霧散しちまえばいいのさ」
唆されて踏み出す一歩目は、往々にして躓く。ただ走り抜けさえすれば、それは大いなる一歩になるかもしれない。いかんせん、友人が絡んでいる為、多くの心配事が去来するが、会って間もない男にその勝手は効かない。
「たしかに。もし皆を上手く騙せたら、面白くなるのは当然だ」
「役者は揃った。霧が晴れちまう前に、撮り直すぞ」
狡猾で悪どい友人に対して目も当てられず、私はつい言ってしまった。
「落太郎」
その言葉、導火線に火を付けた事と同義であり、目論見の準備に入って間もない友人を固まらせた。
「なぁ泉、その名前を呼んで得はないって、知ってんだろ?」
皮肉屋らしからぬ、憮然とした言葉の調子だ。しかし私にとってそれは、とりわけ臆することもない杓子定規な返事であった。
「あれ? まだそんなことに固執してたんだ」
吐いた唾を飲み込むどころか、私はさらに唾棄した。
「……人には生理的に受け付けないことがある。そうだろう?」
威嚇するように私の側まで近寄ってきた友人の怒気を真正面から受け止める。
「あぁ、そうだね。あんたの顔がこんなに近いと嫌な気持ちにさせられる」
それほど長く睨み合ったわけではなかった。しかし、私と友人の間には含蓄ある時間の流れが存在し、男の困惑を紐解くとなれば、ぶつかり合う視線を断ち切る他なかった。
「はァ、馬鹿らしい」
態度は十分、示せた。邪な考えを持つ友人へのささやかなる抵抗を。
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