ドー○ーのおれは魔法使いを通り越して異世界の魔女にジョブチェンジしました!
真理雪
魔女なるもの
第1話
ただのアパートの一室。ごみ溜め…よりかはいくらかましなここはある男性の生活空間である。手狭なそこに散らかるゴミと最小限の生活用品に脱ぎ捨てられたであろう衣服が無造作に放置されていた。
カーテンを締め切り、日光を遮った屋内は暗い雰囲気を醸し出している。
そこへ、けたたましく鳴る一定の機械音。窓際に設置された簡易ベッドに横たわる人物はめんどくさそうにもぞもぞと動き、鳴り響くそれに手を伸ばした。何度か空振りながらも、どうにかそれにたどり着いて停止ボタンを押す。
「朝…か…」
ごろんと上向けになった彼は天井に向けてそう呟く。社会人になってから何度目の朝だろうか。人は馴れる生き物だと言うが、いつまでたってもこの憂鬱な朝には慣れなかった。
動くのがめんどくさい。しかし、時間は待ってはくれない。いつも朝が弱いせいでギリギリまで寝ているのだ。早く起きて準備せねば電車の時間に間に合わなくなってしまう。さすがに寝坊で出社が遅れるのは避けたかった。そんな危機感が彼の身体をどうにか動かし布団を捲る。さっさと寝間着を脱ぎ捨てて顔を洗い、歯磨きをしてから出社の服装に着替える。朝飯は…残っていた適当なパンを噛る。
「ひってひまーす…」
パンを頬張りながらもいつもの挨拶は忘れない。母親が亡くなり、彼一人になったとしても無くならない唯一の日課であった。
年期の入った重い扉の施錠を外し、劣化してコツのいるようになったドアノブを回す。耳障りな軋む音が鼓膜を叩き、ここに来て初めて日の光が彼自身を照らし出した。
ああ…またいつもの日常が始まる…。そう思いながら光の中に一歩を踏み出した。
◆◆◆
ただのサラリーマンになってからもう何年目になるだろうか。成人して社会人になってからすぐに両親は離婚し、母親の方に残った彼は二人でどうにか生活している状態だった。しかし、それも長くは続かず、母親の身体に癌の腫瘍が見つかってから一年間闘病生活をした後に亡くなった。あっという間の出来事だった。それは見つかった時から既に手遅れだった。なぜもっと早く見つけられなかったのか。もっとなにかできたのではないかと、苦しんでいる母親を見ながら、何もしてやれない不甲斐なさに何度も何度も胸を締め付けられた。いつも笑顔で助けてくれた母親にまだ何も返せていなかったのが、いまだに彼の胸中に後悔として燻っている。そんなことがあってからというもの。なにかに打ち込むという熱意も意欲もなくなってしまった。それだけ“母親の死”という衝撃が大きかったようだ。
そんな暗い性格だからか当然彼女はおらず、独り身になってから何度も同じ毎日を送り、何も得られない日々が過ぎていった。楽しみと言えばTVゲームがあげられるが、それも年をおっていくごとに疎遠になってしまっている。残業も多くやる時間もないのも一役買っているのだろう。いまでは気付いた時に積もった埃を拭うのが日課になりつつあった。
退屈な毎日がいつものように過ぎていく。それが変わらないことはもう分かっていた。何度も何度も同じ毎日を送り、変わらない日々を送るのが自分の運命なのだろう。
今さらなにかに願うのは馬鹿げているのかもしれないが、一度でもアニメの主人公のような非日常が起こればいいなと身勝手な想いを考えずにはいられなかった。代わり映えのないこの日々に少しでも刺激がほしいと…心の片隅でずっと考えていたのだ。
───それがまさかこんな形で現実になるなんて露とも知らず、彼はいつものように長い残業を終え帰路に着いた。
どうにか終電に間に合い、時計の針も零時を過ぎた深夜。誰もいない歩道を彼は歩く。昼間より冷えた風が肌をなで、閑散とした道路で電灯の光のみが寂しく瞬いている。
自身のアパートは駅から遠い。いつもバスで最寄り駅まで通っているのだが、夜間バスは値段がはね上がるし、今は気晴らしに歩きたい気分だった。徒歩では時間がかかるが、歩けない距離ではない。この頃運動不足でもあったし、良い気分転換になるだろうと、軽い気持ちで彼は徒歩を選択した。
(──?)
駅から大分歩いたころ。住宅街にある細い一方通行の道に差し掛かったころだった。唐突になぜだか違和感を感じた。何かは分からないが何処かから視線を感じたのだ。
彼は辺りを見回し、周囲を確認する。しかし、何も可笑しな点はなく、人影すら見当たらない。まあ今の時間帯はみな夢の中の筈である。自分みたいな人も少なからずいるだろうが、大抵の人は就寝中であろう。
(…気のせいか)
そう結論付けて振り向いた顔を前方に戻した時だ。
「ハロー!!!
「────ぎゃぁぁぁぁっ!!??」
目の前に誰かがいた。
見上げてみるとそこには金髪を靡かせた女性が立っていた。日本人離れした美しい顔立ちにメリハリのついたスタイルの良い体つき。カラコンでも入れているのか瞳が金色に輝いており、異様に長い艶やかな髪は地面に垂れるほどに伸びていた。
現代日本には相当場違いな白いノースリーブのドレス姿が夜闇に相容れぬように浮かび上がっていたのだ。
彼はその容姿に目を奪われて呆然とする。彼女の姿はそこだけアニメの中から切り取ったかのように現実離れした
「ちょ、な、なんだアンタ!?」
「うーん? わたし? わたしは女神だよ~」
「…はぁ?」
我ながら素頓狂な声を上げてしまったと思う。まさか女神と返ってくるとは思わなかった。そんなものアニメやマンガなどの二次元ならまだしも現実にいるわけがない。
悠は場違いな服装と要領の得ない言動にどこかの外国から来たコスプレイヤーなのだと結論付けた。確かに今はアニメなどの影響が大きく、そういう人たちが多くなってきていると聞いたことがある。悠自身も二次元は好きな方だし、それに力を入れるのは悪くないとは思ってはいる。しかし、さすがに公衆の面前で…町中でやろうとは思えなかった。
「えーと…。すまんがおれは疲れてるんだ。コスプレか何かは知らんが他を当たってくれないか。驚かされたことはもういいから」
悠は残業つかれで疲労困憊なこの状態の上、まだ明日も仕事があるためこんなことで脚を止められるのは御免だった。
こういう頭のネジが飛んでいるような人物は適当にあしらって無視するに限る。そう思って悠は彼女の横を通り過ぎようとする。しかし───
「・・・・(ふふーん♪)」
「・・・・(ササッ)」
「・・・・(ササッ♪)」
「・・・・(サササッ)」
「・・・・(サササッ♪)」
「・・・・(ササササッ)」
「・・・・(ササササッ♪)」
「・・・・退いてくれないか?」
「やーよ♪」
この女性は何度も行く手を阻むように回り込んできた。こちらに向けてくるその屈託のない笑顔は美貌も相まってとても可愛らしいものだったが、嫌がらせを受けた悠にはその表情が嫌らしい笑みに感じた。こいつは話を聞くまで無限に邪魔をする気のようだった。頭が痛い。
「…で、用はなんだ」
「お? 聞き分けがいいわねぇ。感心感心♪」
こいつはコロコロと相変わらず何を考えているか分からない笑顔を振り撒き、可愛らしく相槌を打つ。この美貌なら世の中の男性誰しもほっとけない女性なのだろうが、いかせん胡散臭さは一向に消えはしない。そもそもこんな深夜にコスプレしながら徘徊している時点で怪しさ満点なのだ。本来ならば全速力で逃げれば良い話なのだが…相手が女性だということと、残業の疲れからこれ以上の苦労はしたくないという思いが強く、その一歩がなかなか切り出せなかった。まあその油断?気の緩み?からこんな悲劇が起ころうとは思ってもみなかったのだが。
「さっきも言ったけど~。あなたって今日───誕生日じゃない?」
「え…? ああ、そうだっけ…」
そういえば…と頭を掻きながら言われて思い出す。確かに今日は誕生日の9月10日だった。そもそも日付が変わって間もないし、祝ってくれる人もいないしですっかり忘れていた。
そんな様子に彼女は少し片眉をつり上げ、首をかしげてみせる。
「あら? 忘れてたの?」
「えーと…ま、まあ…。って───待て待て。なんでアンタが知ってるんだ? もしかして何処かで会ってたりするのか?」
「ふふーん♪ 女神さまは何でも知ってるのよ♪」
「女神…ね…」
「あら? 信じてなさそうね?───天城悠くん」
「名前も! やっぱり何処かで会ってたか??」
「はあ~…」
そういえば驚かされた時も自分の名前を言っていたようだった。と、言われて気がつく。
何処かで会ったか記憶を掘り返そうとしていると彼女はあからさまに残念そうに溜め息をついた。
「な、なんだよ…」
「まあ、いっか。分かるはずもないしね。──で、用と言うのは30才になったあなたにプレゼントをあげようと思ってわざわざ来てあげたのよ。“ドーテー”の君にね♪」
「───ぶっ!?」
盛大に吹き出してしまった。
それは何故か? それは悠にとって隠したいこと№1のドー◯ーということを知っていたからだ。何故だ? 誰かに言ったか? いやいや、誰にも言ったことはない筈だ。
確かに『彼女いない歴=年齢』という悲しい人生を送ってはきた。昔馴染みの数少ない男友達なら知っている…というか予測できるかもしれないが、こんな自分のしけた人生とは一向に交わらなそうな彼女に知られる覚えはない。
「ど、どどどどドー◯ーちゃうわっ!!!」
「あははっ♪ スッゴい慌てようねぇ~」
(ぐう…。こいつおれの取り乱しっぷりを楽しんでやがる)
落ち着け…落ち着くんだ。確かに30才でドー◯ーは悲しいことだが、まったくいない訳ではない筈だ。“魔法使い”という言葉もあるぐらいだし、これは仕方のないことなのだうん。
───と、悠はどうにか自身を宥めて彼女を睨む。
何故この女性がそんなことを知っているかは謎だったが、やはり接触するのは不味かったのだと今更ながらに思い知った。さっさと用を済ましてお帰り願おう。
「ごほんっ。…で、なんだよプレゼントって」
「ふふっ♪ よーく聞いてくれました~。そ・れ・は~。これよ♪」
と、彼女はどういう手品か何も持っていなかった筈の右手にぽんっと陽気な音を鳴らしながら長い杖を取り出した。杖と言うよりも“錫杖”と言った方が分かりやすいかもしれない。彼女の身長と同じぐらいのもので先端には丸い輪が付いており、それに連なるように一回り小さい輪がいくつか付いている。
「…おい待て。何をする気だ」
悠は突然悪寒に襲われ、制止の言葉を口にする。それに彼女は一言───
「やーよ♪」
と、可愛らしく拒否した。咄嗟に悠は踵を返し後方へ逃走を図る。しかし、彼女の方が幾分か早かったようだ。
────シャンッ!
と、錫杖が鳴る。その瞬間、悠の足元が突然輝いた。
「うっ。おわっ!!??」
と、驚き飛び退こうとするが何故か足が離れない。目を向けてどういうことか探ろうとするが、突然光ったそれに夜目がついていかず、全容を認識できない。辛うじて見えたそれは何やら幾何学的な紋様が描かれた…アニメなどでよくみる“魔方陣”───
「な、何する気だ!!」
「大丈夫よ。死にはしないわ。死には♪」
「信用できるか! さっさと止めろ!」
悠は恐ろしさで蒼白になった顔で彼女に必死で叫ぶ。彼女は楽しそうに不敵な笑みを浮かべて、死刑宣告に近いことを言ってのけた。
「貴方には“魔法使い”ならぬ“魔女”になってもらいまーす♪」
「は、はぁ!? 何を言って…」
「───この世界での生は楽しかったかしら?」
唐突に彼女は問う。
「退屈じゃない? 憂鬱じゃない? めんどくさくない?───それもその筈。貴方はここで終わるのだから」
「はぁ?」
彼女の口調が唐突に変化した。トーンを落としたその声色は先程までとはまるで別物。その瞬間、やっと理解した。こいつは───“本物”なのだと。
「さぁ! そんな貴方には“赤眼の魔女”としての新しい人生を贈りましょう! わたしの娯楽のため頑張ってちょうだいね♪」
「いや、まてまてまてっ!!!!」
慌てて制止の声を上げるがそれに意味はなく、遂には最終宣告が訪れる。
「────ではでは~。いってらしゃいっ。天城悠くんっ♪」
彼の最後の記憶はそう…。楽しそうに見送る彼女の現実離れした美しい笑顔だった。
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