アンニュイ
春雷
アンニュイ
気だるげな昼下がり。僕は煙草を吹かしながら、空を眺めていた。
久しぶりに見た空は、相変わらずだが、しかし、一瞬たりとも同じ表情ではない。似ているだけだ。
古いアパート。二階。ベランダ。眼下では猫がのんびり歩いている。
ふっと煙を吐く。
日曜日は憂鬱だ。理由は、月曜日が来るからだ。永遠に月曜日が来なければいい、と思うことがよくある。世界が日曜日の中に閉じ込められてしまえばいい。
もちろん、そんな都合のいいことは起こらない。
煙はゆらり、と揺れ、空へと消えていく。僕はその一瞬一瞬を瞳の中に焼き付ける。
風が吹く。
僕はベランダから部屋の中へと戻る。いつも通り、薄汚れた部屋。
付けっぱなしのテレビ。
読んでない文庫本。
切れかかった蛍光灯。
そのすべてが気だるげで、つまりは、堕落し切っていた。
僕は部屋を横切り、キッチンまで行く。キッチンの横には冷蔵庫がある。僕は缶ビールを取り出した。
吸い終わった煙草は灰皿に投げ捨てる。それは部屋中に置いてある。
缶ビールを開ける。その音は必要以上に響く。僕を責めているのか。
僕を責めたって何にも出てきやしないが。
一口飲む。冷たい刺激は体内を通り抜け、僕を宇宙へ連れて行く。その一瞬のトリップの後、僕は現実の像をもう一度結ぶ。再構成された現実は、しかし、以前のそれとは違っている。
あるいはこれは、馬鹿馬鹿しい妄想。
それとも理屈?
もう一口飲めば、それはもはや慣れた刺激に過ぎない。求めている堕落と反比例するように、刺激は遠のいていく。
堕落したいのに、刺激が欲しいだと?
矛盾だ。
思考がうまくまとまらない。
それは僕が阿呆だからか。
それともアルコールのせいなのか。
その両方か。
もう一口飲む。
どうでもいいことだ。
幼い頃、蝉をよく捕まえていた。僕はそのことを突然思い出す。どうしてだろうか。思考があちらこちらへ飛ぶ。その乱雑さは、嫌いじゃない。そうだ、思い出した。蝉を学校で捕まえていたんだ。あれは小学校。友達と三人で、木にびっしりと張り付いて、喧しく鳴く寿命幾ばくもない虫を、僕らは捕まえられるだけ捕まえた。虫籠いっぱいに蝉を捕まえて、陽も落ちかけ、こいつらどうしようかと思っていたら、友達がこう提案したのだ。
兎に食わせよう。
僕の小学校は兎を飼っていた。二匹か、三匹だったと思う。可愛らしい白い兎で、今思えば、ビースターズに出てくる兎みたいだったと、言えるかもしれない。
兎を飼っている小屋は、校舎のすぐ隣。僕らはその放課後に、兎小屋まで行ったのだ。
小屋の前に立つ。兎小屋は監獄のように、鉄製の格子があった。その隙間から、僕らは生きた蝉をそっと入れた。
兎はそれを噛んだ。
蝉は一瞬で頭部を失った。しかしまだぎいぎいと鳴いて、羽をばたばたと動かしていた。
死んだことに気づいていないのか?
まだ、生きているのか?
僕には判断つかないことだった。
蝉の断面は、白く、まるで何もなかったかのようだった。
鳴き声だけが響いた。
夏の思い出だ。
僕は現実に思考を戻す。いや、僕はもう現実に戻れはしないだろう。
ビールを飲み干すと、缶をそこらに投げ捨て、僕は煙草に火をつける。
付けっぱなしのテレビ。
読んでない文庫本。
切れかかった蛍光灯。
薄汚れた部屋。
僕は煙草の煙に目を細め、一日が過ぎるのをじっと待った。
僕の断面は、白いだろうか。
あるいは黒いのか。
僕は部屋の中央にぶら下がっているロープを見た。
その瞬間には、きっと僕の憂鬱も、煙のように消えてしまう。
僕の悲鳴も、夏の暑さに溶けていく。
あの蝉のように。
この煙草のように。
アンニュイな僕は、そっと立ち上がり、部屋を見渡し、微笑んだ。
アンニュイ 春雷 @syunrai3333
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