喰まれし者(1)
(敗れたか)
キンゼイは機と見る。
キュクレイスがステヴィアだけでなくブラッドバウの指揮官の新型と対峙しているのは気づいていた。その顔ぶれでは敵わないことも。
しかし、救援にはいかない。彼女には敗れてもらわねばならないからだ。そのためにジャスティウイングと戦っているふりをつづけた。もっとも演じなければならないほどの余裕は無きに等しかったが。
(殿下がなにを研究していたかは判明しなかったが、成果が出るには早いだろう)
政変から二年、皇女が軍部を掌握してからでももう少し長いていど。ロルドモネータイプの副腕の開発に時間を費やし、量産配備に持っていけたのが一年前。そう考えれば新たな成果を生みだすには足りない。
(別の秘術でもあれば話は変わるがね)
彼はそう読んでいた。
(もっとも、そんな物があれば彼女は自慢げに私に見せびらかしていただろう。一面、子供のような無邪気さを持った方だ)
副腕機構でさえ開発当時からキンゼイも意見を求められた。生体部品が含まれているのには驚かされたが、それが『皇家の秘術』で惑星開発当時に発見されて秘されてきたものらしい。楽しげに説明する彼女は新しい玩具を手にした子供のようだった。
(
「キンゼイ?」
「悪いがもう少し付き合ってもらおう」
突然身をひるがえしたロルドファーガに少年が問う。口振りからして、この流れも読んでいようものを。
牽制のビームで突き放し、追うに任せる。見事な草原だった大地は激戦に爆ぜ、半ば荒野と化していた。そこへ機体を降ろす。
「それ以上は行かせられんな」
「キンゼイ様!」
進撃を阻む位置に陣取った。オープン回線で交戦を宣言すると、そこでレーザー個別回線に切り替える。
「ステヴィア、聞け」
「え?」
戸惑う声。
「私を討て。それでこの内紛は終わる。皇国軍にもう旗頭はいない」
「なにを……おっしゃって」
「お前が終わらせるのだ。あのかわいそうな皇女を助命してくれるとありがたい」
彼が支援してきて開花した娘。そこまでは望んでいなかったのに、予想以上の成長を見せてくれたのには満足している。思い残すことなくこの先を任せられる。
「泣かせるなって言ったのにさ」
新たにつなげてきたのは後方上空のジュネだ。
「なんのことだね」
「想像がつく。その役回りは彼女でなくてもいい。あなたじゃなくてもね」
(なにを言っているのだ、ジャスティウイングは。まるで他に黒幕がいるとでも言いたいのか?)
ステヴィアとジュネがキンゼイを挟んで位置する奇妙な状態で固まっていた。
◇ ◇ ◇
ジャンダ基地に戻ったキュクレイスは大破したロルドファーガを乗り捨てて地下に向かう。苛立たしげにエレベータトラムの壁を叩きつづけながら。
「十分に時間はくれてやった。すぐに『ロルドシーパ』を使えるようにしろ」
傲然と命じる。
「調整はできておりますよ。どうぞこちらに」
「む?」
嫣然と微笑むのは子飼いの諜報の女。見計らったようなタイミングで振りかえる。
「少々重たい機体となります。お覚悟のほどを」
「仕方あるまい。
フロアから頭部だけ見えているのが『ロルドシーパ』。サイズ的にはロルドファーガの二倍はある。
(これならば誰にも負けん)
副腕機構などはロルドシーパの余録に過ぎない。量産するにはあまりに課題が多すぎたので、一部の機能をスペックダウンして反映させただけである。それだけでも何人かの研究者を殺した機能だ。
「重たいのは重量だけではございません。あなた様の身体に掛かる負荷もです」
「そんなのはどうでもいい。今すぐ使うぞ」
「では、こちらを」
差しだされたのはヘルメット。手に提げているキュクレイス用のそれと違い、バイザーなどを持たない構造をしている。
「専用
不要とはねつける前に補足してきた。
「うむ、そうか」
「このような形状ですのでヘルメットは被れません。一応は頭の保護も兼用できる強度は有しています」
「わかった」
(
挑戦的なシステムに興味をそそられる。度胸を示すつもりで被った。
「う……がぁ……」
機体情報が流れこんでくる。それは情報の津波であった。
四肢、指の先までの情報に飽きたらず、人間の
(狂わせる気か。こんなのは人間の限界を超えている)
身体が示しているのは拒絶反応に近い。
(制してみせねば貴様の主にはなれんと言うのだな。ならば私は!)
顔に浮きでた血管が脈打つのが自覚できる。他の研究者が不安そうに見ているので間違いないだろう。ただし、女は微笑んだまま見つめているだけ。
「どうだ!」
「お見事です」
無様にヘルメット型σ・ルーンを押さえ、上体を震わせながら起きあがる。それが限界。恥など感じている余裕は欠片もない。
「では、あなた様を玉座へと導く器へ」
「う……む」
ロルドシーパの首の付け根がハッチになっていた。奥には
浅い呼吸をくり返し、よろけながらパイロットシートにたどり着く。戦えるような状態ではないが意地で倒れこむように座った。すると、途端に頭がすっきりする。
(なんなのだ、この感覚!)
得も言われぬ陶酔感が襲ってくる。
(この全能感、私は王どころか神にでもなったか? 素晴らしい!)
「よくやってくれた。褒めてつかわす」
「ありがたきお言葉」
「褒美は戻ってからだ。まずは外の虫けらどもを片づけてくる」
女は一礼する。
「悪くないパーツだ。どこまで使えるかはお前しだい」
「なんだ?」
口元が動くが皇女には聞きとれなかった。確認する間もなく操縦殻の中へと格納される。最前のことなどどうでも良くなった。
「では、エレベータを起動させます」
別の研究員が呼びかけてくる。
「要らん。自分で出れる。我が邪魔をするな」
「ですが」
「くどい!」
球面モニターの向こうで研究員が慌てている。地上に通じる隔壁を破壊すればここまで破片が降ってくるだろう。皆が一斉に逃げだす。
ところが子飼いの女だけが糸が切れたようにその場に倒れ伏す。避難させようとした研究員が助け起こす。
「ひっ! なんで?」
キュクレイスの耳に「心肺停止!」と叫ぶ声だけが聞こえてきた。
◇ ◇ ◇
「他に誰がいる」
キンゼイは背後のジャスティウイングをうかがいつつ言う。
「急げ、ステヴィア。私を討ち果たし、そのままジャンダを攻め落とせ。皇女殿下に思いなおす隙を与えるのは愚策だと解れ」
それでも彼女は動けない。ルルフィーグの首が嫌と言わんばかりに振られる。
(無理か? 人選を誤ったとは思わないが覚悟するには足りなかったか)
彼にはステヴィアの情まで理解できていない。彼女の身体を縛っているのは恩義を超えるなにかなのだと。
「む?」
遠く響く破砕音につい振りむく。ジャンダ基地の地下からなにかが現れようとしている。隔壁が吹きとび、巨大な手が突きだされた。
「なに!?」
浮きあがってきたのは人型をしている。ただし、身長40mはあるだろう。巨大な人影は腰の後ろから三対の副腕を広げる。羽根のように見えなくもない。
(なんだ、あの禍々しい機体は)
キンゼイはステヴィア同様動けなくなってしまった。
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