共感出来る共通点
「うりゃ!」
僕は今、物陰に隠れている。理由としては、部活があると思ったこの日に顧問が休みであり、部活が休止に成ったので、時間を潰しにブラブラ歩いていたらとある場面に遭遇したからだ。
壁に向かってボールをペチペチ投げ、独り言でああだこうだしている。
小さな体でも必死にボールを投げて、動画で投げ方を学んでいる。
体育祭を頑張っている証拠だろう。
僕は自動販売機に向かい、一本の缶コーヒーを買った。
自分が飲める基準なので、口に合わないと良くないので、念の為にココアも購入。
そのまま先程の場所に戻ると、今も尚必死にボールを投げている人が居る。
僕はゆっくりとその人物に近づく。
「先輩」
「! あ、貴方は白奈ちゃんの⋯⋯」
「クラスメイトです。少し休憩したらどうですか? コーヒー飲みます?」
「ワシ、カフェインアレルギーなんで。お気持ちだけで結構」
コーヒー、ココア、没落。
後でココアは飲むとして、コーヒーを飲む事にする。
ちなみに、先輩はスポーツドリンクを取り出して飲んでいた。
「いつからここで練習を?」
「そうですね。白奈ちゃんに見惚れてからでしょうか。先輩としての威厳を見せたいが為に、貧弱な体に鞭打っているんだ」
「凄いですね」
「そぉか? ワシはのめり込んだらトコトンやるタイプやからなぁ。これも全部じいちゃん譲りなんよ」
「そうなんですか?」
「そうや。じいちゃんはいつも優しくて、逞しくて、ワシを色んな所に連れてってくれたんだ。だけど、去年交通事故でこの世を去ってなぁ。本当にしょぼくれて、二ヶ月、引き篭ってんだ」
「ッ! た、立ち直れた、理由を、聞いても」
「遺書かや。じいちゃん、ワシにだけ別の遺書残してくれたんだ。内容がな、諦めず、前を見て、自分の信じたままに進め。それが自分の為に必ずなる。お天道様はおめぇを見てる。だから、顔を向けて、必死に前に進め。どんなに苦しくても、どんなに辛くても、前に進めば、それ以上の幸せは自然と来るって」
「良いおじいさんですね」
「せぇや。ワシのじいちゃんは良かったんだ。あの世だけど、今もワシを見守っている気がするんだ。ずっとずっとね。だから、どんなに貴方に否定されても、ワシはこの気持ちを諦めない。じいちゃんとの約束。前を見て進む、自分の信じた道を進む。それがどんなに修羅な道でもね」
向けて来た先輩の顔は、小学生の様な顔立ちなのに、とてつもなく、本当にとてつもなく、大人に感じた。
辛い事があっても、約束を胸に、大切な人の言葉をバネに、進んでいる。
その事を聞いて、改めて先輩を見ると、今までの考えと百八十度見る目が変わってしまう。
僕だって、その気持ちは分かる。
大切な存在、ずっと居ると思っていた存在が消えた瞬間。
その消失感は半端ない。僕の場合は『憎む対象』が居たからまだ良かったのだ。
だが、その様に気持ちのやり場が無い先輩の苦悩は、僕には想像も出来ない。
自分の苦悩は誰かと分かり合いたくはない。
自分がその苦しみ、悲しみを知っているから良いのだ。
それを他人に理解され、分かった気にされるのが一番辛い。
「先輩のお父さんはどんな仕事をしているんですか」
「ん? なんかの会社の社長だった気がする」
「社訓はなんですか」
「えっと、信じるは己の道」
「そうですか」
良いね。自分の選んだ、信じる道。そこを進むのが一端の社会人って事かな。
信じた道を進めば、きっと幸福は訪れる。その事を示唆している気がする。
「うん。聞いた事あるね」
「え?」
僕は立ち上がり、先輩に別れを一度言ってからその場を離れる。
先輩はその後も練習を続けている。とある用事を済ませたから、僕は先輩の所に戻る。
残り三十分程だろうか。そこまで練習するつもりなのか、今も独学で壁に向かってボールを投げている。
美咲さんとの取引で一つ、弱点を聞いた。だけど、意味が無かった。
そんな相手は頼むと簡単に付いて来る。詐欺に合わないか心配になる程にあっさりと付いて来る。
横を歩いて、どこに向かうのかワクワクとした雰囲気を醸し出している。
「先輩」
「ん? て、ええ!」
僕は白奈さんを連れて先輩の元に来た。その事に驚いたのは先輩、だけではなく白奈さんもだ。
何を思ったのか、固まって、カタカタと口を動かしている。
ただ、上手く言葉が出ない様で、何を言いたのか分からない。
そんな白奈さんをおいて、僕は言葉を出す。
「三人でドッチボールの練習をしましょう。先輩も、一人でやるよりも捗ると思いますよ」
「え、いやでも」
先輩が白奈さんの方向を心配そうに見ている。色々と納得したのかしてないのか、分からない表情をしている白奈さん。
「白奈さんは問題ない? 急なお願いだけど」
「ん〜天音君と一緒だし、良いよ!」
「先輩はどうですか??」
「だ、大丈夫れふ!」
あ、噛んだ。
白奈さんが指導する形で練習は始まった。
ちなみに彼女の技術はそこそこあると思われる。投げるのが正確なのだ。
「ようこんな綺麗に真っ直ぐ投げれるね」
「まぁ、ダーツは得意だからね」
ドッチとダーツを同一視しているのかこの女。
これはあれか、天才の力ってやつか。
「し、白奈ちゃんは、凄い運動神経だよね。足も速いし、力も強いし」
「まぁ、日頃鍛えて増すからね。私、体力と精神力と忍耐力には自信がありますから。四十八時間ぶっ続けでカメラを握れる程の自信はあります!」
「へ?」
「なんか凄い悪寒が」
さらっと怖い事を言う白奈さんに軽蔑の眼差しを向けながら、時間が来るまで練習した。
先輩は電車は使わないらしく、校門で別れる事に成った。
帰路を歩いている中、白奈さんが軽めの口調で言葉を出した。
「珍しいね。天音君が私を頼るって。⋯⋯あの先輩に何か邪な気持ちがあるの? えぇ? 言ってみ言ってみ?」
グイグイと迫って来る。この目、マジである。
「いや。ちょっとだけ共感しただけだ。君とも似てるよ。誰かが言うからとかではなく、自分がこうありたいからそうする、そう言う考えの所」
「自分の我を貫くスタイルって事ね。天音君が言うならそうなんでしょうね。嫉妬するわぁ」
「なんでだよ」
普通に素で返事をした。
どこに嫉妬する要素があるのか、僕には全く分からなかった。
白奈さんには頼りたくないと思っていたが、今回ばかりは彼女が適任だった。
本当は玲を呼びたかったが、あの見た目を学校に呼ぶのも良くないし、何よりも仕事中だ。
「今日は良い夢が見れそうななぁ!」
そう伸びをして、空に向かって白奈さんは叫んだ。
ちなみに僕は、悪夢を見た。
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