動かぬ心
僕は早足で駅に向かっていた。同じペースで横を歩く白奈さん。
その表情は少し明るかった。
「何か、思うところがあるでしょ」
「そんなのは無いね」
「天音君は分かりやすいなぁ。私に対してそんな嘘は通用しないよ。あの痩せ方はおかしいって、天音君なら分かってるよね」
白奈さんの言う通り、今日久しぶりに父親の姿を見た。
僕の記憶の父親なんて堕落した姿だった。
しかし、今の父親は仕事に追い込まれた⋯⋯そう、美咲さんの父親と同じ雰囲気だった。
明らかにおかしい。だけど、それがどうしたつて言うのか。
僕には、関係ない。
「僕には関係ない、そう思ってる? あるよね、めっちゃくちゃ関係あるよね?」
「何を言ってるのやら」
「いやあるよ。私ね、貴方の口から墓場の所で『約束』を聞いて色々と考えてみたんだぁ。優しい天音君がそこまで嫌う父親、なのに母親は離婚して離れようとしなかった。家が変わってない事を私は知っている、それが証拠ね」
「おまえ⋯⋯」
この人は僕の事を沢山知っている。勿論、その理由は分からない。
だけど、知っているのは表の情報だけだ。それでも知り過ぎているけどね。
「それでさ、天音君はこう言われたんじゃない? 憶測は当然含むよ? 貴方と会えた事を感謝している。だから、面倒を見てあげて」
「⋯⋯」
「少しペースが落ちたね? 分かりやすいなぁ」
「疲れただけだ」
「ふふ」
微かに笑う白奈さん。
彼女の考えは⋯⋯怖い。
「貴方の母親は自分の子供を本気で愛している。それは、簡単には会えないから。ある程度合ってるでしょ?」
確かに、彼女の考察は間違ってはない。恐ろしいと思える程に。
「そして、ここでお義父さんが潰れたら貴方は約束を果たせない。お母さん大好き天音君には、それは許せる事じゃない」
「何が言いたい?」
「ちょ、そんなに睨まないで! ごほん。まぁ、なんと言いますか。これで、少しは昔とは違うって証明されたんじゃない?」
「⋯⋯」
アイツは、確かに一人で背負って頑張っている。
その証拠に酒に逃げて無い。買った痕跡も飲んだ痕跡もない。
残業のなのも確かである。つまり、誰かと飲みに行っている訳じゃない。
父親は確かに、変わった。きちんと仕事をしている。
それだけで、少しは信頼を取り戻せるのだろうか。
考える。
昔のアイツと今の父親を比較する。
そして僕の心は⋯⋯動かない。
結局はその程度だ。人の印象なんて簡単には変わらない。
過去に刻まれたこの傷も、簡単に癒せるモノでも無い。微かにでも、癒される事は無い。
あるのは恨みと怒りのみ。
だけど、僕の立場として、母さんの子として、今の父親は確かに許せない。
正確には、会社だな。
「忘れ物をした。先に行っていてくれ」
「素直じゃないなぁ。駅で待ってるよ」
僕は少し戻って路地裏に入った。そのままスマホを取り出す。
連絡先は協力者。母さんが現役の時の右腕で、会社を動かしている一人である。
社長不在の時に会社を乗っ取ろうとした人を全て制裁したのもこの人。僕に色々と教えてくれた人でもある。
母さんはこの人を信頼している。そして、協力者を僕に託した。表現があっているかは不明。
取り敢えず、連絡する事はして、後は頼む事にする。
一応、父親の会社とは繋がりを持っているので、後は協力者に任せておけば一件落着だろう。
僕はテストに集中しよう。成績を落とすなんて、そんなバカな事はしたくないんでね。
駅の椅子に座って本当に白奈さんは待っていた。
読んでいるのは空が漫画で読んでいた原作小説だった。
「にひひ」
「何笑ってんだよ。気色悪い」
「酷いなぁ」
何を勘違いしたのか、彼女のテンションは高かった。
そのまま電車に乗った⋯⋯のだが少し後悔した。
いつもよりも早い時間帯の電車なのだが、普段乗る電車よりも人が多かった。
「なんでこの時間帯の方が多いんだよ」
ぎゅうぎゅうであり、白奈さんを壁に追い込み、そのまま僕も追い込められる。
「や、やばい。ここまで近いと、私、平常心が⋯⋯」
「止めて、本当に止めて」
生暖かい息を吐く白奈さんにビビりながら、僕達は学校へと向かった。
解放された瞬間、僕は晴れ晴れした気持ちとなった。
それから勉強会を毎日の様に開き、休みには一日中対策し、そしてテストは終わりを告げた。
僕と白奈さんは全教科オール百で、上位十名が張り出されるランキングに同率で一位を飾っていた。
「赤点回避っ! 白ちゃんありがとおおお!」
赤点を回避した美咲さんは号泣して白奈さんに泣きついていた。
ギリギリの戦いをしたようで、「もう当分勉強はしない!」と息巻いていた。
「ふぅ。こっちも問題ない。寧ろ平均以上だったよ。ありがとう天音君」
数学以外は八十点越えを記録し、数学は平均以上の七十六を記録した。
その事に女の子の様にぴょんぴょん跳びながら喜ぶ優希君。
四人で帰る。明日の土曜日、部活が再開する。
つまり、この四人で帰れる日はまた当分訪れないと言う事だ。
別に四人で帰る必要はないのだが。
「にしても白ちゃんと天くん凄いね。オール満点って」
「天くん?」
「え、嫌だった? 随分一緒に勉強したし、そろそろあだ名で呼んで良いと思ったんだけど、迷惑だった?」
上目遣いの美咲さん。その光景を見た白奈さんの顔に鬼が憑依した。
特に呼ばれ方を気にした事は無い。少し女の子に近い名前な気がしたが、それは偏見と言うヤツだ。
それに、天音と言う名前は母さんがくれた名前、それが汚されないなら問題ない。
「いや、大丈夫だよ」
「ほんとっ! 改めてよろしくね天くん」
「あーうん。よろしく?」
「え、待って、じゃあ私は、私は⋯⋯天音、さん?」
「「なんで?」」
僕は別にそれでも構わないのだが、白奈さんは結局変えなかった。
何を照れているのか分からない。だけど、白奈さんに『天くん』と呼ばれる事を考えると、少しゾワッとした。
「僕もそう呼ぶけど、良い?」
「あ、うん」
「あ、じゃあ天音君って呼ぶの私だけ! 特別感出た!」
「あーいや、中学の人達でその呼び方居るわ」
「え、天音君、中学の時私以外と交流ある人居たの?」
凄い絶望した顔をする白奈さん。
「あ、ちなみに優希君は優くんね」
「え、あ、はい」
美咲さんに少し照れる優希君。チラチラと僕を見て来る。
「あー、優くん?」
「うんっ!」
とても嬉しそうだ。
「ちなみに私のニックネームは!」
美咲さんが問うが、皆疑問符を浮かべた。
何も思い浮かばなかったのだ。
そんなこんなで、僕達はそれぞれの帰路に着いた。
「天音君、全然ボッチじゃないね」
「⋯⋯ハッ!」
そして月曜日、僕は美咲さんに頼られ、中学の頃の知り合いの一人と連絡を取るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます