美女とキョロ充

平等望

プロローグ キョロ充とは…

  『キョロ充』


これは主に大学や高校の青春の場において、『目立ちたい』や『一人になりたくない』などの青春時代や学生時代特有の感情に駆られ、その上で目立ち方や友達を作る方法が分からず戸惑った末にまるでカルガモの子供のようにイケイケキラキラの陽キャやパリピにピタリとくっつき、行動を共にし、あたかも自分がその陽キャたちの一員であるかのように振る舞う寂しく悲しい生き物のことを指す。


陰キャを見下し、陽キャからも忌憚されているためにどのカーストにも属さない。


強いていうのであれば皆のブラックリスト、関わってはいけないリストには入っていることだろう。


しかし本人はそれを知らない。なぜなら本人は自分陽キャと思い込んでいるから。


これもまた、悲しさを底上げしている要素の一つである。


なら、どうしてこうなるのか。大学や高校の場に多いのか。


それは彼らキョロ充は大学、高校デビュー失敗の成れの果てだからだ。


青春に対して、酷くコンプレックスを抱いており、変わりたいと不器用なりに努力し…考え…そうして間違った答えと言動を導き出してしまったのがキョロ充なのだ。


本当に客観的に見たら、悲しすぎて目も当てられない、そんな人間…キョロ充。


そんなキョロ充は今、ここにも存在し、今日も元気にキョロ充をしているのだった。





  大学生の長い長い夏休みが明け、各々後期の授業が始まり、再度賑やかさを花開かせるここ、桐城(きじょう)大学。


単位発表に一喜一憂し、フル単をとって喜び、安堵するものや一桁単位をとって絶望し、喚くもの。


大学生によって様々な色の花を咲かせる中、哀れにも夏休み前と全くもってキャラを変えようとせず、今の自分が酷く醜い姿であることも知らぬまま陽気に教室内で談笑する陽キャたちの背後をとるものがいた。


「お前一年前期で12単位はまずいだろ」

「だよなぁ。けど、なんかやる気になれなく」

「うぇーい!お前らぁ!」


それはこの男。小牧傑士(こまきまさし)


大学一年生である彼は同じ学部で前期、同じ授業を受けていた彼にとってだけ友人である陽キャ二人の間に入り、両腕に肩を組み、二人の会話を遮った。


すると腕を回され、会話を邪魔された陽キャ二人は傑士から顔を背けながら、明らかに嫌そうな顔をする。


その時に陽キャ二人は思い出したのだ。夏休みを過ごすうちにすっかりと忘れていた前期に味わった小牧傑士の疎ましさを。


そして気付いた。この授業が前期に受けていた基礎の次、応用の授業であることを。


そして知った。後期もこいつと一緒に授業を受けなければいけないことを。


 夏休み明け初めての授業。ただでさえ楽しい楽しい夏休みが終了したというのにも関わらず、その無慈悲な事実を知った彼らは静かに絶望の隅に立っていた。


「久しぶりだなお前ら!元気してたか!」


激しく二人の力ない肩を揺らす小牧傑士の声に紛れるように二人は小さく舌打ちをし、その後、どこにもぶつけようのない苛立ちを机の下に隠れている自分の太ももの上に拳へと変換させ、強くぶつけた。


すると二人はようやく覚悟が決まったのか天を仰ぎながらふーっと息を吐き、

何やら自分を説得するように口をぼそぼそと動かし、何度も頷いた。


「あっうん。おはよ」

「おはよおはよ」

「元気ねえなお前ら!久しぶりに会えたのに何でそんなにテンション低いんだよ!」


お前とは会いたくなかったからだよ!!っと二人は心の奥底で発狂した。


確かに他にも理由はある。夏休みが開けてしまった事や授業がただでさえ億劫なのに

前期の基礎から応用になり、難しくなることが明白なこと。


休み明けの一限の授業で強い眠気に襲われていること。


だが今はもうそんな些細な事はかき消され、二人の元気の無さの原因と責任の全ては

小牧傑士のうざさに一点集中していた。


今、二人の小牧傑士へのストレスは相当なものである。


それでも彼らはもう大学生。言うなれば大人の一歩手前だ。


理性無く不満をぶちまけることによって被る問題くらいは簡単に理解できる。


それに大人として、なるべく人を傷つけたくないという彼らなりの良心もある。


それらが彼らが抱える不満や苛立ちを胸の中に封じ込め、胃へのダメージとして保管された。


だがまあ、こんな大きな不満がいずれ爆発することは誰がどう考えても自明。


端的に換言すれば『時間の問題』というやつだ。


「ていうかさ、お前らさっき単位がどうとか言ってたけど何の話してたの?」

「まあいや別に」

「ちょっと単位やばかったなぁみたいな」


会話を遮った挙句、何故か途中入場の小牧傑士が会話の主導権を握り、再開させた。


それに対して二人は会話をしたくないと言わんばかりの抽象的かつよそよそしい返事。


相手が小牧傑士でなければ恐らく違和感を覚え、疑問に感じてしまうような返事。


友達だった場合、あまりにも不自然な言い方。


しかし、馬鹿な小牧傑士はそれに気が付かない。だって馬鹿だから。


「ふーん単位やばかっただなお前ら…ふーん」


急に顎が前へと突き出し、妙に得意気な表情を見せる小牧傑士に二人は内心『なんだこいつ』と思いながら冷たい視線を送っていた。


「まあ俺はその…一応フル単だったけどな。後なんかGPAが4.7?だったかな。いや別に自慢じゃない!自慢じゃないけどさ!お前ら…馬鹿すぎないか?もっと勉強しろよ!」


まずい。このままだと二人の頭が怒りで爆発してしまう。


拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。


それはそうだ。だってこの二人が単位をとれなかったのは小牧傑士をなるべく避けるため小牧傑士がいる授業に出席しなかったことが多々あったから。


小牧傑士のいる半分以上の授業は最初に数回出ただけでその後は一度も出席すらしていない。


それくらい二人にとって小牧傑士という存在は疎ましい存在であるのだ。


そしてこの自慢げな上から目線な言い方。うざい。あまりにもうざい。


 再度、二人の肩を激しく揺らし、延々と煽り言葉を並び立てる小牧傑士。


すると、一人が突然に立ち上がり、天を仰ぎながらフーっと息を吐く。


「おい。どうしたん急に」

「…ごめん。俺ちょっと体調悪いから帰るわ」


ついに我慢の限界が来た。そう言わんばかりに陽キャの一人が適当な陳腐な言い訳を発した。


もう一方の陽キャはそれが噓であることにすぐに理解できた。


立ち上がった陽キャは目配せで『お前も帰るぞ』と送り、それに対してもう一方は小さく強く首肯した。


「体調悪い?大丈夫かよ」

「大丈夫大丈夫。じゃあ帰るわ」

「じゃあ俺、こいつ送るわ。心配だし」


この場から立ち去りたい。二人のそんな思いが適当でも怪しまれない程度の噓をつかせ、帰り支度を進める手を加速させていた。


「マジ?じゃあ俺も送ろう」

「「いい!マジで!お前は授業に出てろ!」」

「おっおう」


周りの殆ど人が振り向くくらい大きな声で二人は一緒に帰ろうとする小牧傑士を全力で止め、流石の小牧傑士もこれには少し驚いていた。


それはそうだ。小牧傑士が嫌で噓までついて、落単覚悟で授業を抜けようと画策しているのに小牧傑士がついてきては意味がない。


感情を剝き出しにしながら阻止するのも無理はない。


「じゃあ俺達は行くから!」

「お前はちゃんと授業を受けろよ!」

「わっ分かった。じゃあな」


小牧傑士の両足に釘でも打つかのような大きな声で二人はそう言い残し、そそくさと授業教室を後にしていく。


「…あいつ、体調悪いのにあんな声で出るんだな」


そんな彼らの背中を見送ると小牧傑士はごもっともなことを呟いた。


そりゃあ出る。だって実際は体調なんて全く悪くないのだから。


彼らはあなたが嫌で教室を後にしたのだから。


「…まあでも、友達のために一緒に帰って、しかも俺の単位のことまで気を遣って来なくていいなんて…やっぱあいつらいいやつだな」


だがこいつは馬鹿だ。笑顔で的外れな憶測を立て、勝手に笑う姿は目も当てられないほどの馬鹿げた表情をしている。


当然そんなことには気が付かない。


気が付いていたらキョロ充などやっていない。


 ストーカーの様にリア充や陽キャ組につきまとい、慣れないテンションでリア充や陽キャに絡む。


うざがられ、疎まれ、嫌悪され、けれど全く気が付くことは無い。


イキっていることは周囲からはバレバレなのに本人は自分をリア充だと何故か思い込んでいる。


それがキョロ充こと小牧傑士。今日も元気に陽キャに避けられたのだった。

















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