第6章:再開と再会
幹部襲来( Ⅲ )
……前回より4ヶ月前。
イデアが魔王城に訪ねるより4ヶ月前の話。
*◆*◆*◆*◆
「黒~、木材買ってきたぞ~」
俺は、まあ、途中で襲ってきた兄さんを……ボコボコにしてまで木材を買ってきた。
「よし白、それじゃあ屋根の修理頼むぞ」
「釘」なる鉄を「ハンマー」なる物で木の板で打ち込む。……そして屋根を修理する。
こういう経験は初めてなので新鮮だった。
「黒ーっ! これでいいんだよなーーっ!」
「ああ、よくやった! それじゃあ降りてこい、夕食だ!」
◆◆◆◆◆◆◆
「なあ黒、やっぱり俺、旅に出る事にしたよ」
「どうした急に。何かあったのか?」
「さっき、木材を買いに行った時、兄さんと出会ったんだ」
「……まさかイデアか?! こんなところで会う事になるなんてな……」
「正直兄さんが俺をつけまわしてるのかとも思ったさ。
……んで、兄さんと一戦交えたんだ。……背水の陣すら使わずにボコボコに叩きのめしたが、その後帰りながらこう思うようになったんだよ。
……全力で戦える相手がほしい、命と命のやりとり、命をかけた戦いをできるようなヤツと出会いたいって。
心の底から、戦いたくてウズウズしてるんだよ……!」
戦いたい。しのぎを削り、命を尽くして戦いたい。今の俺にはそんな感情しかなかった。
「戦う事こそ生きる意味」などと言い、戦う事を自分自身に対して、脅迫じみた義務として押し付けていたあの頃とは、違う感情だった。
———いつからだろうか、『痛みがなければ生きられない』と、そう思い始めたのは。
それにしてもボコボコにした、は言い過ぎだろうか。
「5ヶ月前には戦わないとか言っていたくせに、いっぱしの口を聞くようになったもんじゃないか。
ところで……その、食人衝動とやらは……大丈夫なのか?」
———そうだな。俺に付きまとう罪の象徴。何もかもを引き起こした全ての元凶。
だが、俺はコレの対処法を既に編み出していた。
「大丈夫だ。もう同じ轍は踏まない。今度こそ、俺は俺の意思で戦ってみせる。
…………そんなわけで、ここに居座るのは今日で終わりにするよ」
「……んふ、まあお前の人生だしな、好きにしろと言ったのは俺だ。それに俺の負担も減るしな。
さ、明日からはまた歩く事になるぞ。もう夜は遅い。また旅に出るなら、今日はもう寝た方がいいんじゃないか?」
「……そうだな、明日に備えて心の準備もしなきゃならないしな」
「サナとも……会う事になるだろうしな」
◆◆◆◆◆◆◆◆
…………数時間後。
色々と支度は済ませた。もう後は、このままベッドについて眠るのみ。
だけど、やはりどこか名残惜しくって……
「……なあ、ちょっと…………話して、いいか」
ただ一人、月を見上げていた黒に話しかけてしまった。
少し恥ずかしい物言いだったが、いつものように少しだけ微笑んで「ああ」と対応してくれたことが何より嬉しい。
「俺…………さ、ずっと疑問に思ってたんだ。
なんでお前が……ここまで俺にしてくれるのか、って」
「……今更じゃないか」
「今更でも、だよ。
だってさ、1年だぜ? 1年もの間、起きなかった俺の面倒を見ててくれたんだろ?
……それを不思議に思わなくって、何があるって言うんだ」
黒はただ、いつも通りの表情で俺の話を聞き続ける。
「…………俺のやりたいこと、当ててみろ」
「は?」
唐突に何を言い出すのか。
黒のやりたいこと? そんなことが分かるか、って聞かれても、俺はよく考えたら黒の過去について知らない。
……そうだ、知らないんだ。意外と長い間一緒にいたのに、俺は黒について何も知らないし、何も聞けていなかった。
「やりたいこと…………お、俺の介護……とか?」
半笑い、冗談のつもりだった。だけど。
「まあ、半分は正解だ」
「はあ?!?!」
まさかそれに半分であろうと『正解』と答えられたのが、最高に意味が分からなかった。
だって介護だぜ? 普通誰もそんなことしたくないはずなのに、それを自らしたいって言うのかよ、黒は。
「じゃあ、もう半分は何だと思う?」
「何だと……って言われても…………結婚したい…………だとか?」
「…………それは違うな。
正解、言ってもいいか?」
流石に違った。
黒の問いに対し、俺は頷いて答える。
「正解はな…………ない、が正解だ。
やりたいこと、そんなものなんて俺には……ないんだ」
———は?
やりたいことが……ない?
「そんなものはハナからない。やりたいこともないのに、今の今までこうして生きている。空虚と言われればそうだし、哀れと言われれば全くもってその通りだろうな」
……ああ、でも、そっか。
コレ、昔の俺と同じだ。やりたいことがなかった。
やりたいことも無いくせに、ただ空虚なまま人を斬っていた———その時の俺と、そっくりと言えばそっくりなのかもしれない。
「……で、本題に戻るとするか。
やりたいことは……まあ、このように何も無いわけだが、前の俺には『やるべきこと』はあったわけで。
数年前、ヘファイストス神殿国で、お前たちの世話係をやっていた時があっただろ?
……それが俺のやるべきことだった。
お前たちの父にして、神殿国国王———ヴァーサ・セイバーの影武者をも兼ねていた俺にとって、神殿国亡き後は、そのやるべきことだけが残ってしまったんだよ。
生まれてこの方……まあ色々あったが、自由に生きられたことは一度もなかった。
自分でそんな状況を望んだこともあるし、そのような生き方しか知らなかったこともあるんだろうけどな」
でも、お前は救ってもらわなかったのか。それとも、救ってもらう必要性を見出してもらえなかったのか。
———お前と俺の師匠、雪斬宗呪羅に。
「宗呪羅……には、会ったんだろ、黒は。あの人には———」
「残念ながら、俺と宗呪羅の関係は、ただの師弟関係で終わってしまったよ。
あの人の剣は、今でも受け継いではいる。……でも、それを真の意味で継いでいるのは、お前だけなんだろうなとは思うな。
……まあそんなこんなで、今の俺がやることなんて、もうお前の手助けぐらいしか残っていないんだよ。
俺は宗呪羅のようにはなれない。お前を導き、あるべき姿に戻すことなんてできはしない。
だからこそ、俺は俺のできることを、お前にしてやるだけなんだ。
———空虚な俺に、生きる意味と目的を、与えて欲しかったんだ」
それが黒の在り方、か。
俺からしてみれば……そうだ、他人に依存しながら、だなんてゲロ吐いてもお断りだ。
だからと言って、黒の在り方を否定するわけじゃ無い。黒がそう生きるなら———、
「……俺には俺の人生がある。黒には黒の、また自分の人生がある。
俺は、お前が何をしようと……自分の道を歩むことにするよ」
「———ああ、そうしろ。
何があっても、俺はお前の味方でい続ける。
それがヴァーサとの約束で、それが俺の……生きる理由だから、だよ」
そっと、やさしく。
俺が何をしようと、それでいいんだ。結局は俺の人生なんだって、優しく肯定された気がした。
「……それじゃあ、おやすみ。このまま寝るよ」
「ああ。名残惜しいが……また会おう」
その顔に、悲しさなど微塵もなかったが。
だが、その瞳だけは……虚な黒を映し出していた。
ベッドに潜り、目を瞑り意識をシャットアウトする。
例の「白の世界」に入ったまま半覚醒の意識を保つ。
……いや、これって前みたいに寝れないのか?
◆◆◆◆◆◆◆◆
……だなんて思いながら、半覚醒のまま仮眠のような睡眠をとっていたら、いつの間にか朝になっていた。
「……あ」
元から意識は半覚醒だったのでスパッと起きれた。
……そもそも。あまり睡眠をした、という自覚が持ててないが、疲れ果てていた頭は完璧に休めていた。
「黒は起きてないけど、もう行くか。俺は———」
俺は、俺は、やっぱり待ちきれないんだ。
刀を携え、荷物を取り、靴を履き、ドアを開け外に出る。
……ん?
刀が……欠けている……?
まさか、度重なる打ち合いで欠けた……?
「概念封印、解除」
木の部分が剥がれ落ちる。
「やっぱりだ」
刀身。その白銀に煌めく真剣すら、一部が欠けていた。
……おっと、これは。またまたやるべき事が増えてしまったみたいだ。
いくら神核が、概念が付与されている武器とは言え、元はただの刀。こうなる事はとうの昔に分かりきっていた。
そっと木のドアを閉め、
「…………ありがとう」
と呟き、ツリーハウスを後にする。
……ありがとう、俺を1年間、見守っててくれて。
……今日サナと会う為の心の準備を、昨日したばかりだってのに。
東に歩き始めた後、どのくらいの日々が経っただろうか。
◆◆◆◆◆◆◆◆
どのくらい経ったろうか。あの日からどのくらい経ったろうか。
ただ……俺が歩いている間、日が沈んだ回数は約120回。
……つまり、つまりだ。
単純計算だが、俺は……
4ヶ月間歩いていた!!!!
その間、出会った人の数、2568人!
経由した村の数、14!
王都への道を聞いた回数、138!
———王都は、影も形もない。
何度聞こうと、何度方角を合わせようと、次の村に着くときには既に王都への方角は違う方角へと向いていた。
どこに進み続けているのかも分からないまま。
もう、半ば放心状態になりながらただひたすら東に歩き続ける。
「……え?」
あまりの衝撃に思わず声が出る。
朦朧とし始めた意識を保ち必死に東に歩いていたが、木と木の間を抜けた先。見えた景色は。
「……は?」
見えた景色は、海であった。
一面に広がる赤。波1つ起こさぬ凪の体現。その中央には———大きな孤島が。
……そう、海は赤色だ。1000年前の終末戦争で、赤く染まったとか何とか。
「……ああ……俺、ついに死んだんだな」
……東、東と、東に行けば王都に着くと思っていた。
……だが、王都は意外にも小さかったんだろう。
なんせ何度方角を聞こうったって、全くもって王都が見つからないのだから。
どうやって、この状況を脱出しろってんだ。
目の前の崖の下には一面の赤い水。
4ヶ月ずっと陽の光に当てられていたせいで、いっそ海に飛び込んでやろうかとも思ってしまった。
「……ん?」
よく見ると、左の崖沿いの道には木製の古びた看板が。
看板に彫られた文字を見る。
「なになに……5キロ先……カンメ村……?……カンメ村……?! 村……!」
やった……、ようやく村だあ、食糧だ!
前の村から離れ約6日。ここに至るまでに雑草と湧き水を所かまわず摂取し続けた矢先の、この光景。
なんで俺は、前の村で食糧を買ってこなかったんだ、などと今更ながら後悔しながら村に向かって走り出す。
◇◇◇◇◇◇◇◇
え゛゛、村?
5キロ先、と書いてあったが、体感500メートルくらいだっただろう。
村、などと謳っておきながら、家中に蜘蛛の巣が張り付けられており、出歩く人もおらず、果ては井戸も水がなくなっている。
……ああ、これが限界集落ってやつか。
———もしも、もしも今願いが叶うなら、
俺に……食糧をくれ。
「俺に、食糧をくれーーーーっ!!」
「なんじゃ、うるさいのう」
と。家から出てきたのは老婆だった。
「そこのガキ、名を言え」
「え……えっと……俺の名前は白で———」
「ハッ! お前今、嘘をついたのう……」
「嘘?! 嘘って何を……」
そりゃあそうだ、俺の名前を言えと言われたから、あくまで言ったまでなのだが……
「お前の名前じゃよ。概念登録されている真名を言えと言っておるんじゃ!」
概念登録……つまりは生まれてくる時に名付けられた本名を口にすればいいと?
「え……えっと……アレン・セイバー……?」
「多分それじゃな。……セイバー、か…………全く、近ごろの若いもんはす~ぐ嘘をつく」
「は、はあ、すいませ———」
「それで、食糧か? 悪いが、この村はもう終わりじゃ。食糧なんて何1つないわい」
唐突の説教、唐突に突き付けられる事実。
……この村は終わり? 魔王軍にでも襲われて……いや、どこにも血痕はないし、多分それはないだろう。
ではなぜ食糧がない? 老婆が隠してるのか?
「仕方ない、お前が迷っておる様じゃから言ってやるがの、この村は30年前に廃村になった。わし以外誰もここにはおらん」
「えっと……じゃあなぜ、貴方はここに……」
「行くあてがないからじゃ」
「食糧がないってのは……」
「お前、魔力で感じられないのか? わしは純粋な魔族にして魔王軍幹部じゃ。食糧なぞなくても生きれるわい」
「魔王軍……幹部?!」
……まさかの幹部、襲来である。
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