猫の島観光
――猫の島にノアクル一行が到着した当日。
まだこのときは平和そのものだった。
「へ~、ここが猫の島か。東の国の文化と、リゾートアイランドが合わさったような感じだな」
港は綺麗に整備されていて、そこから見える白いビーチにはヤシの木が生えている。
逆方向にある町並みは木造建築なのだが、洗練された美しさと独特な猫の装飾が施されていて景観としては素晴らしい。
「あ、猫のキーホルダーが売ってますわ! 肉球が付いた木刀も! タペストリーもある! ぜひ手に入れたいですわ!」
「ローズ……さすがに帰りにしておけ、荷物になるだろう」
「は~い」
同行してきたメンバーの一人であるローズは、どうやらモフモフしたものが好きらしくテンションが高くなってしまっているようだ。
残りの同行者であるジーニャスと、レティアリウスがクスッと笑った。
少しだけ照れくさそうにするローズはレアかもしれない。
(いや、頭は良くてもまだ十一歳だもんな、ローズは。今まで子どもらしいことを発散させてやれなかった俺たちが悪いか)
ノアクルはそう思い、ローズの頭を撫でてやった。
「わっ、殿下。髪がクシャクシャになってしまいますわ」
「そんなの良いんだよ、別に。今から観光で遊んではしゃげ。髪型なんて気にならないくらいにな」
「で、でも、猫ちゃんと遊ぶより、ダイギンジョーさんという方を探さなければ……」
「それくらい楽勝だろ。優秀な俺たちがいるんだからな!」
「……何か不安が」
歩いていると木造のゲートに到着した。
どうやらそこで身分証明などを行うようだ。
本来ならこの国での身分証明するものは持っていなかったので入るまでに時間がかかるのだろうが、今回はラデス王から発行されたものがある。
「身分を証明する物などはおありでしょうかにゃ?」
一瞬、語尾の『にゃ』的にジーニャスかと思ってしまったが、それは違う。
ゲートにいた現地の人間――いや、喋る猫だった。
器用に二本足で立ち、前足で身分証を受け取ってくれた。
「照会……たしかに。ようこそ、猫の島へですにゃ!」
どうやら後ろにある特殊な魔道具で読み取ったらしい。
いや、そんなことより気になることがある。
「おや、ニャーのことが気になりますかにゃ?」
「ああ、始めて見るタイプの獣人だと思ってな。ケットシーという種族か?」
「そうですにゃ。一見するとただの猫なので初めての方は驚かれますにゃ」
ケットシーは雑談に応じながら、手慣れた様子で残りの三人の照会も行っていた。
ただの猫とは違ってかなり器用なようだ。
「伝承によると、元々は野生の猫だったらしいのですが、大昔に猫神様が獣人にしてくれたそうなんですにゃ」
「ほほぅ、猫神とやらはすごいのだな」
「まっ、ニャーたちが産まれてない頃の話なんで、本当かはわからないですがにゃ。ただ、猫神様のお力は本物ですにゃ。くれぐれも……ご機嫌を損ねられるようなことはしないように……ですにゃ……」
「あ、ああ。わかった」
急に野生の顔に戻ったケットシーは不気味だった。
しかし、また可愛らしい営業スマイルに戻る。
「はい、全員手続きが完了しました。猫神様に捧げる料理大会も近日開催されますにゃ。それでは猫の島をお楽しみくださいませだにゃー」
「ありがとう、世界で一番楽しんでくるぞ!」
自信満々で答えたノアクル。
ケットシーにはフフッと笑われ、ローズは恥ずかしそうな視線、ジーニャスはもう慣れたという表情、レティアリウスはいつも通りにクールだった。
「さて、まずは泊まる宿でも決めておくか。最悪、寝るときだけ海上都市ノアに戻ってもいいが、少し遠いからな」
「そうですにゃー。私のゴールデン・リンクス号でここまで来ちゃいましたからにゃ~」
規模の大きくなった海上都市ノアはさすがに目立つというか、観光客メインの島の隣に付けると『ジャマだ』とか『驚かれる』とかの苦情がきそうなので、ジーニャスの海賊船であるゴールデン・リンクスでやってきたのだ。
そういうわけで、一日で終わるかわからないダイギンジョー探しには宿が必要となる。
「あっ……」
ローズのお腹がグゥ~と鳴った。
恥ずかしそうにお腹を押さえ、誰も気付いていないことを祈るような表情でチラチラ見てくる。
「おっ、ジーニャス! 腹が減ったのか!」
「にゃっ!?」
ノアクルは、とりあえず〝お腹が鳴ったのはジーニャス〟だということにして話を進めた。
「宿探しの前に腹ごしらえをするか! ほほぅ、立て看板によると屋台街があるらしいぞ! さっそく行くか!」
ホッとした表情のローズと、自分ではないがさすがにそこまで空気を読めない女ではないという葛藤をするジーニャスだった。
猫の島の屋台街は、かなり独特な景観になっていた。
今まではケットシーも見かけたのだが、大半は道行く人間の観光客たちだった。
しかし、屋台ともなればケットシーの店主たちの姿が見えるものだ。
結果的に、二足歩行する猫が視界中に溢れる事態となっている。
「か、可愛いですわ~!」
料理をする猫。
それはまさに非現実の光景だ。
猫が長い身体を伸ばして二本足で立ち、器用に肉球で料理をしているのだ。
モフモフ好きなローズが卒倒してしまいそうになるのも理解できる。
「ああ、可愛い。可愛さの権化。可愛さが爆発している……ここは夢の世界ですわ……」
「ローズ、普通のおっさんが料理していてもそれくらいの感謝はしてやれよ」
「か、感謝はしますが、猫ちゃんたちがお料理をするという、この光景の素晴らしさには敵いませんわ! だって、本当に可愛らしすぎるんですもの!」
可愛いという語彙が壊れた蛇口の水道のように噴出しているらしい。
ノアクルはやれやれと呆れながらも、可愛いでは膨れない腹をどうにかすることにした。
「さてと、良さげな屋台はないかなっと……」
立ち並ぶ屋台のメニューを見ると『肉球焼き菓子イチゴ味』『猫の尻尾ココナッツジュース』『猫耳ホットケーキ』など猫関連の商魂たくましいものが多い。
見てみるとどれも肉球っぽい形、猫の尻尾形の容器、猫耳っぽい三角というだけで普通の料理だ。
ノアクルとしては、もうちょっとしっかりした物で、現地ならではの料理を食べたいと思ってしまう。
そんな中――野太い男の声が響き渡る。
「てやんでぇ、ちくしょうめ! こんなもんが料理だって言えるかってんだ!!」
「にゃー! 料理にイチャモンを付けるのは止めて欲しいのにゃー! 地下労働者のクセしてー!」
どうやら野太い男の声をした猫らしい。
たぶん毛色的に三毛猫という品種だろう。
この暖かい島に不相応な長いマフラーを巻いてる。
乱暴な言葉遣いなのだが、猫ということでかなりシュールで滑稽に見える。
その野太い声の猫が、屋台の店主と揉めているようだ。
「あっしに言わせれば! こんな料理なら、猫糞にしょんべんかけて食った方がマシってもんでぃ!」
「にゃー!? ぶっ殺すぞこのおっさん!! マタタビ酒で酔ってるからって言って良いことと悪いことがあるにゃー!!」
「おめぇさん、やれるもんならやってみろってんだ!!」
かなり醜い言い争いで、それを聞いたローズが幻滅した表情をしている。
「ゆ、夢が壊れますわ……」
「猫だって生きてるなら、おっさんだっているし、酔って喧嘩をすることもあるだろう……」
ノアクルはどう慰めていいのかわからずテキトーな言葉でごまかした。
というところで、横にいたジーニャスが驚きの声をあげる。
「あ、あの猫がフランシス海賊団の元料理長ダイギンジョーですにゃー!!」
「マジか。アレは猫そのもの……いや、ケットシーだったのか……」
野太い声の猫――ダイギンジョーもこちらに気付いたのか、驚きの声をあげてきた。
「おっ、ジーニャスじゃねぇかい!! 懐かしいねぇ! フランシス海賊団以来じゃねーかい!!」
「久しぶりですにゃ! ダイギンジョーのおじちゃん!」
二人――一匹と一人というのだろうか――は抱き合って、感動の再会を果たしていた。
きっと以前から仲が良かったのだろう。
「やれやれ、これで猫の島でするべきことは終了だな。あとは気ままに観光――」
「ノアクル、どうやらそうもいかないようだよ」
レティアリウスが目配せしてきた。
何やら周囲の目線が集まっているようだ。
獣人闘士の勘から何かを感じ取って、すでに警戒の体勢を取っている。
「海賊……今海賊って言ったにゃ……?」
「そういえば港に海賊船が止まっていたにゃ~……」
「きっと猫神様が敵と言っていた海賊にゃ……」
そのようなケットシーたちの言葉が口々に聞こえてきた。
嫌な予感しかしない。
突然、頭上に稲光が走る。
「おいおい、さっきまで良い天気だっただろう……」
巨大な乱雲が現れ、そこに猫のシルエットが映る。
「おぉ……猫神様だにゃ……」
「猫神様、ありがたや……ありがたや……」
どうやらアレが猫神らしい。
仰々しい声が聞こえてくる。
「不敬な海賊……ゴミ共め……。貴様らは猫になって地下労働百年を命じる……!」
「は? 猫になって……?」
ノアクルは突拍子もなさ過ぎる言葉を疑問に思ったが、いつの間にか自らの手に肉球があることに気が付いた。
視点も妙に低い。
「お、おい……まさか本当に……」
ローズ、ジーニャス、レティアリウスが猫の姿になっているのが見えてしまった。
そして、ノアクル自身も――
「俺、ノアクル。猫だぜ!」
ヤケになったのか、とりあえずキメ顔でキメポーズをしておいた。
猫の姿で。
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