ノアクルVSシュレド

「ふ、ふふふ……ノアクル殿下に向けて魔大砲発射準備ですわ」

「にゃにゃにゃ!?」


 一番早くに住人を救出し、海上都市ノアに帰還してきたジーニャスは我が耳を疑った。

 それは怒りの表情を浮かべたローズのセリフを聞いてしまったからである。


「ローズ様がご乱心ですにゃ~!?」

「いいえ、わたくしは正気ですわ……」

「い、いくらノアクル様がちょっとアレな性格で、しかも自分勝手にローズ様を縛り上げて放置したからって!? ……うーん、なんか普通に恨まれて当然な気もしてきましたにゃ……」


 本来ならノアクルのために擁護をして止める立場なのだが、ジーニャスとしては真顔で悩んでしまうくらいだ。

 天才であっても擁護するのが難しい。


「えーっと、ノアクル様も……うーん、きっと悪意はなく……いや、あっただろうにゃ~……」

「最大出力で最終準備段階に入りましたわ。もう止まりません」

「にゃ~……」


 ジーニャスは考えるのを止めて、知性をただの猫レベルにした。




 ***




「なっ!? 私の決戦魔術が止まっただと!?」


 パルプタの中心でシュレドは慌てふためいていた。

 自らの身体を超強化していた魔力の流れ――決戦魔術が消滅したからだ。

 この広大な都市すべてを装置とした大がかりな古代技術で、自然に止まるとは考えられない。

 ノアクルは悪役のような笑みをニヤリと浮かべる。


「ククク……、どうやら俺の仲間が住人たちを救出してくれたようだな」

「住人たち……まさか!? 魔力源ゴミどもを奪い取って止めたというのか!?」

「ああ、その通りだ」

「馬鹿な……守りは完璧だったはずだ……」


 当然のことながら、ノアクルはここにどんな守りがあったのかは知らない。

 しかし、シュレドに対してハッタリをかましていく。


「そんなことは計算尽くだ。俺の仲間を舐めるなよ」

「く、くそっ! だが、まだ私の身体の中には力が残っている……! お前を殺すことなんて簡単に――」

「それはどうかな?」


 散々なぶられて満身創痍のノアクルだったが、痛みを表情に出さずやせ我慢で立ち上がった。

 そして空元気で、腕を組む格好良いポーズをキメる。

 その王者の風格に後光が差しているかのように――いや、実際に凄まじい光量がパルプタを貫通してノアクルまで届いていた。


「これは魔大砲か!? は、ははは! ノアクル! 私を魔大砲で狙撃しようとして、狙いがズレて自分が焼かれるとは!」


 大笑いをするシュレドだったが、様子がおかしいことに気が付いた。

 ノアクルは膝を突くどころか、仁王立ちしながら高笑いをしていたのだ。


「フハハハハハ! 何を勘違いしているのだ、シュレドよ! これはお前を狙ったものではない!」

「なに!?」

「どうせお前を狙っても、すでに対策済みだろうと考えていてな!」


 その通りであった。

 シュレドに魔大砲を直撃させても、その決戦魔術で防がれてしまう可能性があるのと同時に、魔力消費で囚われていた住人たちも干からびてしまうだろう。

 そこでノアクルが事前に講じていた策というのは――


「海上都市ノアに待機してくれたローズに、『俺に魔大砲を放て』と事前に指示しておいたのだ!」

「なぜそんなことを!? なぜゴミ王子は無事なんだ!?」

「魔大砲は内部の術式を組み換えられるようになっていてな。その中でも特殊なものがあった。それは――余分な魔力を廃棄する術式だ」

「ま、まさか……!?」


 ノアクルの身体が魔力を吸収し、金色に輝いていく。


「そうだ、そのまさかだ。俺のスキル【リサイクル】で魔大砲の廃棄した魔力――すなわちゴミを再利用させてもらった!」


 巨大なゴーレムですら撃破可能な威力の魔大砲。

 それをノアクルの身体に凝縮したらどうなるか?

 レティアリウスの気功を取り込んだときの経験からいけると判断していたし、少し前に弱めの力で実験もしてみた。

 もっとも、ローズにその件で大目玉を食らってしまったが。


「そ、そのような……こけおどしが通じるかァーッ!!」


 シュレドが全速力で走り、弾丸のような拳を放ってきた。

 ノアクルの顔面に直撃――せず、眼前でパシッと軽く受け止める。


「たしか『完全究極体シュレド』だっけ? じゃあ、俺はアークノアクルとでも名乗るか」

「なっ!?」


 渾身の一撃を簡単に受け止められ、シュレドは顔面蒼白になる。

 ノアクルは赤子の手でも扱うように、優しく手を離してやった。


「どうした? もっと打ってこいよ。完全究極体なんだろう?」

「な、舐めやがってぇー!! ゴミ王子がぁー!!」


 ノアクルより体格の良いシュレドの猛攻が始まるのだが、その拳も蹴りも届いていない。

 ノアクルは涼しげな表情でいなし、回避し、呼吸一つ乱していない。


「お前のようなゴミに! この〝完璧〟な存在であるシュレド様が負けるわけないんだ!!」

「フハハ! シュレドよ、〝完璧〟とは何だ?」

「何度言わせる! このシュレド様のことだ! そして、世界の王たる私以外の存在はゴミ! 欠点だらけで生きる価値のないゴミだ!」


 血管が浮き出て切れそうなシュレドに対して、ノアクルは余裕を持って答える。

 それは真の王の貫禄であった。


「ふんっ。〝完璧〟なモノなどこの世に存在しない。だが、それでも完璧というモノがあるとするのならば――」


 ノアクルは溜めた魔力を右手に集中させ始めた。


「欠点だらけでも、それを補おうとあがき、もがき、苦しみながらも自分だけの輝きを掴み取る者共。我が仲間たちのことかもしれぬな」


 ノアクルへ供給された膨大な魔力の中には、彼を後押しする確かな意思が感じられた。


「そんな馬鹿な! この完全究極体シュレドがゴミ王子に負け――」


 人々の想いを『希望の船』に見立てた拳に乗せて、全身全霊で解き放つ。


「シュレド! 貴様との腐れ縁もここまでだ! 我が国家最強の一撃を受けよ――〝完璧を切りノアズ拓く輝きの手アーク〟ッ!!」

「グオアアアアアアアアァァァァアッッ!?」


 魔大砲以上の威力を一点に凝縮した〝完璧を切りノアズ拓く輝きの手アーク〟の一撃。

 それをまともに喰らったシュレドは、獣のような断末魔をあげる。

 彼は大きく吹き飛び、パルプタの壁をぶち抜いて眼下の海へと落下していった。


「おっと、海に使えないゴミを棄ててしまった。俺でもアレはリサイクルできないな」


 やれやれというポーズをしてから、ノアクルは帰還するのであった。

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