一ヶ月後の日常
「いや~……今日も平和だな~……」
ノアクルは、海上都市ノアの上に置いてあるデッキチェアに背を預けてゆったりとしていた。
見渡す風景は以前より少し変わっている。
地下闘技場で戦っていた獣人たちが移り住んできたために、またサイズを大きくしたのだ。
彼らの住居や、必要最低限の娯楽施設も建ててみた。
以前は村規模だったが、もはやちょっとした町サイズだ。
そんな中、大きな声で指示しているローズが視界の隅に入った。
「そこ~! 予定通りの速度になっていないですわ! きちんと魔導エンジンを操作するように海賊たちに指示なさーい!」
「ひぃ~っ!? 失礼しましたにゃ、ローズ様!!」
「ジーニャス……助けて頂いた恩のある身ですが、敢えて言わせてもらいますわ。大体、貴女が普段からもっとしっかりしていれば、ラストベガで殿下が直接戦うなんて危険を冒さずに――」
どうやら今日もローズの厳しい都市運営が行われているようだ。
ローズはあのアルヴァ宰相の娘ともあって、そういう部分が受け継がれている。
そのためにジーニャスは十五歳で年上、ローズは十一歳で年下なのに立場は逆らしい。
いつもジーニャスがローズの気迫に押されるパターンだ。
「年齢に実力は関係ない……か」
二十歳のノアクルが言えたことではないが、ローズの方がこういうことは上手いのだから仕方がない。
働き過ぎても怒られる……というか煙たがれるだけかもしれないが、こうして適度に休日を取らされながらローズの尻に敷かれている状態だ。
ラストベガ島の出来事――トップであるノアクルが直接本拠地に乗り込んで、たった一人の人間を救うために行動したというのも大目玉を食らった。
たしかに言われてみれば頭がおかしかったし、周囲の人間も同じように怒られていた。
ローズ自身が助けられたというのをそれはそれ、国のあり方として問題があるとして、各所の改善を行っている最中らしい。
「あ、ノアクル様! おやすみのところお騒がせしてしまい、失礼しましたにゃ! ちょっと魔導エンジンの調整に行ってきますにゃ! ヨーソロー!」
「任せたぞ~、未来の海賊王~」
ローズに檄を飛ばされた程度ではへこたれないジーニャス。
それをわかっていてローズも厳しめに言っているのだろう。
ちなみに魔導エンジンとは、規模が大きくなった海上都市ノアの帆に変わる推進システムで、ゴルドーの巨大ゴーレムの一部をリサイクルして作ったものだ。
レベルの高い運用、整備や魔力のコストなどはかかるが、これによって随分と移動が楽になった。
「どうですか、陛下? きちんと身体を休めていますか?」
ジーニャスの次は、ローズがこちらにやってきた。
こう話しかけられては昼寝もできないが、休み飽きたところなので丁度良い。
「陛下はやめてくれ、ローズ」
「ですが、海上国家ノアのトップである以上は……」
「まだその器じゃないし、どうもしっくりこないから身分は王子――殿下のままでいい」
「む~……そろそろ自覚をお持ちになって欲しいところですが、そこは仕方なく殿下のご意思を尊重しますわ」
不満げな表情のローズ。
彼女からの分不相応な重い期待を感じながら、それだけ信頼してくれているのだろうと思うと悪い気分ではなかった。
彼女が強く当たる相手は、それだけ成長を見越されているのだ。
……たぶん、これを言うとローズは照れ隠しで怒ってくるだろうから黙っておくが。
「とりあえず、殿下はきっちりとお身体を休めてください。先日のように無茶なゴミ遊びをして大惨事一歩手前とかはシャレにならないですわ……!」
「いや、あれはだな……スキル【リサイクル】の新技研究をしていてだな……」
「問答無用ですわ!」
「は、はい……」
結局のところ、ノアクルもジーニャスと同じように、ローズには頭が上がらないのであった。
「今日は全力で平和を謳歌しま~す……」
恐る恐る、ローズのご機嫌伺いをすると『よろしい』と頷かれたのでホッとした。
そのまま強引に目をつぶって昼寝をしようとしたのだが――
「東の空に巨大な何かを発見!! 浮いているのか!?」
「アレはなんなんだ!?」
見張りの声がけたたましく響き、昼寝をしている状況ではなさそうだ。
「いや~……今日も平和だな~……」
ノアクルはそう皮肉を言いつつ、状況に対応するために立ち上がった。
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