奴隷解放、ラストベガの崩壊
「さてと、ローズを助けるか」
「ど、どうやって助けるというのだ、ノアクルよ」
スパルタクスが不安げに見上げた先は、かなりの高さがある観覧席だ。
そこにゴルドーとローズがいるのだが、獣人の跳躍力をもってしても届かないだろう。
「自分だけは安全だと思い込んでいる御領主様に合わせて、優雅にあそこまで登るまでさ。――スキル【リサイクル】」
ノアクルは動かなくなったシルバーゴーレムを対象として、その身体を再利用した。
銀色の金属が上へ上へと伸びて、階段のようになったのだ。
「す、すごい……」
「量が足りないから見た目は薄っぺらいが、さっきまでの頑丈さを考えると俺たち二人くらいの体重なら耐えてくれるはずだ」
ノアクルとスパルタクスは血湧き肉躍る戦いを見せ、乱入してきたモンスターも倒してしまった。
その二人が銀色の階段を登る図は、観客たちから見たらアトラクションのように思えたのだろう。
拍手喝采が二人を迎え入れる。
一方、ゴルドーは引きつった表情だ。
(わ、私はこのラストベガの領主で、地下闘技場の主催者だぞ……。平気だ……何かあったら首輪で爆破することもできる……。落ち着け……アイツらは何もできない、ただの奴隷風情だ……)
階段を登り切り、ついにノアクルはゴルドーと初対面を果たした。
「よ、よくやったぞ、数々の試練を乗り越えたのだ……何なりと褒美をやろう……」
マスクを付けているノアクルは、無言でコクリと頷いた。
それに安心したのか、ゴルドーはホッとした表情を見せてから――吹っ飛んだ。
「ぷぎゃっ!?」
殴ったのはノアクルだった。
「こういうのはあまり好きじゃないんだが、腐れ縁のローズの分だ」
「き、貴様ぁ!! 何者だ、顔を見せろぉ!!」
ノアクルはマスクを外し、その王族に相応しい気品ある金色の髪と蒼い眼を晒した。
「俺の名はノアクル・ズィーガ・アルケイン。王国の棄てられ王子にして、海上都市ノアの世界一使えるゴミだ」
「の、ノアクル様だとぉぉおおおお!?」
ゴルドーは反射的にひれ伏し、頭を地面にこすりつけていた。
それを見たローズの表情はパァッと明るくなり、ノアクルに抱きついてきた。
「殿下! 生きていらしたのね、殿下~!!」
ただそう嬉しそうに言いながら、ギュッと力を込めてくる。
ノアクルとしても久しぶりに面と向かって会うことができたので嬉しいのだが、若干気まずいことがあった。
「えーっと、色々と訳あってしぶとく生きていた。久しぶりだな」
「お久しゅうございます、殿下! ……って、あれ? ということはつまり……今までノアクルと名乗っていたマスクの奴隷が殿下ご本人だったのですか?」
「……そ、そうだ」
「そ、そそそそそそそれじゃあ……二日前の夜に話していたのも……偽物ではなく、殿下ご本人で……!?」
二日前の夜に話した内容――それは普段ツンツンしていたローズの
まだ幼い彼女には耐えられない羞恥だろう。
「い、いや~……何のことかわからないが、俺は寝ていて何も聞いてないぞ……」
「う、ウソですわ!! だってだって、こちらの言葉に頷いていて……」
「そ、それはだな……」
思わず、しどろもどろになってしまう。
非常にまずい状況だ。
何か言い訳を考えても、ノアクル本人が言っては弁解としてのリアリティも何もあったものではない。
この地下闘技場で経験した最高のピンチだったのだが――
「ローズ様、ノアクルは慣れないベッドで寝相が悪く、よく寝ながら身体を動かしていました。それを見間違えたのでは?」
「……スパルタクスほどの者が言うのなら、そうなのね……よかったですわ……」
(ナイス、スパルタクス!!)
戦いで連携を重ねた成果か、見事に二人で乗りきることに成功した。
これでローズも黒歴史を抱えなくて済むし、ノアクルも気まずくならない。
「よし、これで一件落着だな!」
「く、ククク……そうはさせませんよぉ……」
「ああ、まだいたのかゴルドー」
土下座をしていたゴルドーが含み笑いをしながら立ち上がってきた。
「どうやら貴方様は本物のノアクル王子のようですねぇ……。しかし、ここは地下闘技場、私がルールなのですよぉ!!」
そう言うとゴルドーは懐からスイッチのような物を取り出して見せつけてきた。
「いやぁ、愉快愉快! このスイッチ、魔力を込めながら押すと奴隷の首輪が爆発してドカンですよぉ! ノアクル王子だけに使おうと思いましたが、なんと長のスパルタクスも反逆してきたので、あとで獣人全員を皆殺しにしましょう!」
「や、やめろ!! 他の獣人は関係ない、僕だけでいいだろう!?」
「私をこれだけコケにしたのです! もう遅い!! もうおそぉぉぉい!!」
そんなやり取りをしている中で、ノアクルだけは落ち着き払っていた。
さすがのゴルドーも、余裕綽々だった表情を不安げにしてしまう。
「の、ノアクル王子、死を前にして覚悟でも決めたのですかなぁー?」
「いや、押せばいいさ。殺すってことは、もうお前にとって価値のない存在なんだろう?」
「そう、棄てられ王子の貴方も、言うことを聞かない獣人たちも、すべて金にならない無価値な存在! ゴミですよぉ! ヒャハハ! お望み通り死ねぇ!!」
ゴルドーは爆破スイッチのボタンを押した。
これで首輪を付けているノアクルとスパルタクスが爆破によって胴体と首が分かれ、ゴルドーの安寧が再び訪れる――はずだった。
「……は? 何も起きない?」
何度押しても効果が発揮されない。
スイッチはただカチカチと小気味の良い音を奏でるだけだった。
「お前がゴミだと言って棄てるのなら――」
首輪はすでにスキル【リサイクル】によって破壊されていた。
「俺が獣人たちを奴隷から解放し、保護してやろう」
ノアクルは首輪だったものの破片を握り、パラパラと地面に落として見せた。
「え? どういう……なにが……」
ゴルドーはポカンとしていて状況が理解できないようだ。
それに比べて獣人すべてを殺すと宣言した相手に対して、首輪という枷がなくなったスパルタクスは凄まじい憤怒の表情を見せていた。
「ゴルドー……お前は許せない……」
「ひぃぃぃぃ!?」
スパルタクスは拳を振り上げ、ゴルドーに向けて渾身の一撃を放つ。
「ギィヤアアアアアア!!」
「……だが、そんな理由で殺して、汚いお前と同じになるのは御免だ」
その拳はゴルドーの数ミリ横をかすめていた。
ゴルドーはショックで漏らして痙攣するという醜態をさらしていた。
「ノアクル、先ほどの話だが……僕たち獣人をお前の国に住まわせてもらえないだろうか。このアルケイン王国では獣人は良い目で見られない……」
「もちろん大歓迎だ。もっとも、一人一人に確認してからだけどな」
「では、奴隷たちに……いや、まだ僕たち以外は奴隷の首輪がついているか……」
「ああ、言い忘れていたか。ついでにこの地下闘技場にいる獣人全員の首輪も外しておいた」
「なんだって!?」
ゴルドーが獣人たちをゴミだと言って棄てた瞬間、ノアクルはスキル【リサイクル】で地下闘技場にいる獣人奴隷すべての首輪も同時に解除していたのだ。
自分でも驚いたのだが、最近の戦いでスキルが成長してきたのか、かなりの広範囲で使えるようになっていた。
獣人全員と面識があったからかもしれないが、それはとんでもない力だ。
普段は感じない疲労もあって、いつでも使えるかは怪しいが。
「ノアクル様! 脱出経路は確保してますぜ!」
「お、ジーニャス海賊団の奴じゃないか。見間違いじゃなく、やっぱり潜入していたのか」
何人かの見知った海賊が、ノアクルたちのところへやって来ていた。
「そうだな……海賊たちは、スパルタクスと協力して獣人たちをノアへ移動させてくれ」
「わかりやした!」
「心得た。ノアクル、またお前の国で落ち合おう」
「スパルタクス、俺の国を見て腰を抜かすなよ。グッドラック!」
スパルタクスと海賊たちは、まだ何も知らない獣人たちのところへと向かって行った。
残されたのはノアクルとローズだ。
「さてと、大事なお前を連れ帰るとしますか」
「えっ、殿下、何を言って……もしかして、わたくしのことを……」
ノアクルは、まるでお姫様を扱うように手を差し出した。
ローズはポッと頬を染めて、照れた表情になった。
「そんなに大事だと求められても……わたくしまだ十一歳ですし……でも殿下がお望みになるのなら……」
「大事な……そう、とても大事な! 海上国家ノアの宰相だ! そっち方面は本当に頭が痛くてな!!」
「……は? あの、殿下……。もしかして、わたくしを助けたのって……」
「頼んだぞ、大事な未来の宰相! ローズは口が悪いし、ギャンブル癖もあるが、使えるゴミだからな!」
「なんか百年の恋も冷めそうですわ……。そ~ですわ……殿下はこんなお人だから、普段から強く言わないとダメな方で……」
「ん? なんか言ったか? 脱出するぞ~」
ノアクルは話も聞かず、すでに地上への階段を見つけていた。
「まぁ、そんな方だからどんな状況になっても放っておけないのですけど」
ローズは久しぶりに自然な子どもの笑顔を見せ、ノアクルと手を繋いで脱出したのであった。
そして、存在感なく忘れ去られていたゴルドーが動いた。
「チクショウ……チクショウチクショウチクショウチクショウ!! もうこの地下闘技場もホテルもカジノもいらねぇ! やはり信じられるのは金だけ!! 切り札の〝超巨大ゴルドーゴールドゴーレム〟に乗り込んで、すべて踏みつぶすしかありませんねぇぇぇ!!」
ゴルドーは観覧席にあった隠し部屋へ移動していった。
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