海上都市ノアVS人買い領主ゴルドー

 ノアクルとローズは無事に地下闘技場から脱出して、久しぶりに外の風景を見ることができた。

 どうやらここは海沿いに位置したカジノだったらしく、一キロほど先に港が見える。


「この街は下り坂が多いな。転ばないように気を付けろよ、ローズ」

「殿下こそ、転ばないようにですわ。あっ、もう人生では何度も転んでますわね!」

「ど、どうやら普段の調子が出てきたようだな。このまま港に来ているはずのイカダで脱出だ」

「……イカダ?」


 詳しく説明していると時間が勿体ないので、急な坂道に気を付けながら進んでいく。

 ――と、そのときだった。

 地面が揺れ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴという大きな音が響き渡った。


「な、なんだ?」

「殿下、カジノだった場所が壊れて何かが!?」


 最初に見えたのは巨大な腕だった。

 その部分だけで建造物かと勘違いするような大きさで、地下からよじ登ってくる。

 次に見えた巨大な四角い頭を見て、それは金色の超巨大ゴーレムだとわかった。

 やがて地上に全身を見せたそれは、ノアクルを見つけると大音量の声を発した。


『ノアクル王子ぃ! 貴様さえいなければぁ!!』

「げっ、もしかして中にゴルドーが乗っているのか!?」

『奴隷も解放されてしまって少々苛立っていますよぉ! このままラストベガごと踏みつぶしてあげましょう! バカ共がギャンブルで落とした金で作った、この〝超巨大ゴルドーゴールドゴーレム〟でねぇ! 金こそパワァー!』

「そのパワーの意味は絶対に間違えていると思うぞ!?」


 そうツッコミつつも、どうやら本気でマズいらしいと全身で感じた。

 なにせ、超巨大な黄金ゴーレムが追ってきたのだ。

 動きが鈍重そうに見えるが、歩幅がかなり大きいためにすぐに追いつかれて踏みつぶされてしまうだろう。


「ローズ、しっかりと掴まっていろよ」

「え? きゃっ!?」


 ノアクルは、ローズをお姫様抱っこの形で抱きかかえて、坂道を強引に走って下っていく。

 少女一人を抱えて走り、しかも坂道なので下手に速度が出て脚に負担がかかる。

 こけないように注意を払いつつ、背後から迫る超巨大な黄金ゴーレムから必死に逃げる。


「うおぉぉ! 坂道を全力疾走はメチャクチャ怖い!」

「で、殿下。戦わないのですか?」

「これは戦略的撤退だ、決して逃げているのではない! この先に勝利があるだけだ!」


 現実問題、そこらへんにあるゴミをスキル【リサイクル】で再構成しても、相手の質量が大きすぎて効果があるか怪しい。

 倒せる可能性があったとしても、かなりの博打になるし、ローズを危険に晒すわけにも行かない。


「殿下、前! 前!」

「おいおいおい、マジかよ!」


 背後からの超巨大黄金ゴーレムに追いつかれるかどうかギリギリの瀬戸際で、前方数十メートル先にゴルドーの手先らしき数人が待ち構えていた。

 しかも剣と鎧で武装している。


「マズいぞ、大ピンチだ!!」

「大変です、殿下! 空からも何か来ました!」

「空からもだって!?」


 ローズを抱きかかえて両手が塞がっている状態で、さすがにもうダメかと思いきや――助けは空から舞い降りた。


「やっほ~。ノアクル~」

「ムルか!」


 高位の天使のような姿にゴルドーの手下たちは戸惑ったが、ノアクルの仲間だと認識して剣で攻撃してきた。

 しかし、ムルは脚の一撃で剣を軽々と砕いた。


「なっ、なんだこのモンスターは!?」

「お姉ちゃんはモンスターじゃないよ~」


 眠たげな口調だが、鋭い一撃を加えていき一瞬でゴルドーの手下たちを戦闘不能にしていた。


「助かったぞ、ムル! ついでに追われているから、空中経由でイカダに運んでくれ!」

「わかった~」

「ふぅ……これで助かった。いくらゴルドーでも空へは追ってこられ……って、おい。なんでローズだけ運ぶんだ!?」


 ムルは両足で、ローズの肩を優しく掴んで空中へ舞い上がっていた。

 取り残されるノアクル。


「二人運ぶと追いつかれちゃいそうだし~、ノアクルなら大丈夫でしょ~?」

「その無駄に高い謎の信頼感は止めろ!? って、おい、マジで置いていくのか!? さすがに死んじゃうよ、俺!?」

「ジーニャスも待ってるから~、早く来てね~」

「うぉぉー! マジかー!!」


 ムルはローズを掴んで、そのまま飛び去って行ってしまった。

 そのまま呆然と立ち尽くして、ハッとした。

 背後からの振動がすぐ近くに来ていたのだ。


「やっべ!!」


 危機を察知して前方へダイブ。

 直後、元いた場所を巨大な黄金の脚が踏みつぶしていた。


『逃げるなぁぁぁ~!!』

「逃げないと死ぬっての! ゴルドーの奴、心なしか喋り方まで巨大っぽくなっていやがる……!」


 そんな冗談を言いつつも、ノアクルは起き上がって必死に走る。

 ローズがいなくなったことにより速度が出るようになったが、その分、重心のコントロールが難しい。

 坂は上がるより、下る方が難しいと言われているのが実感できてしまう。


 それでも死ぬよりはマシだ。

 徐々にだが、超巨大な黄金ゴーレムと距離を離せている。

 このまま行けば港までもう少しだ。

 大通りを一気に駆け抜けようとした、そのとき――


「げっ、今度はゴルドーの手下たち、馬車で通行止めかよ!」

「ふはは! ノアクル、逃がさんぞー! 最初から貴様は気に食わないと思っていたからなー!!」

「あの訓練士のドクルまでいるのかよ!」


 大量の馬車の荷台をバリケードとして掻き集め、ノアクルの進路を封鎖している。

 回り道をしていたら追いつかれてしまうだろう。

 イチかバチかで強引に突破するしかないと思っていたのだが、港の方から四連続の発射音が響き渡った。


「あ、アレは……!!」


 それを撃ったのはジーニャスの船、ゴールデン・リンクスだった。

 四連続で設置型超重量級魔術杖マジック・カルバリンの弾が着弾して、バリケードとドクルたちを吹き飛ばした。


「ぐぉあああああ!?」

「まったく。普段は船酔いしてるくせに、美味しいところだけ持って行きやがって!」


 口ではそう言ったが、内心はまんざらでもない。

 何か今までの絆のバトンが繋がれているような気がするからだ。

 そのままバリケードを抜ければ、このリレーのゴールも近い。


 同時に――それを感付いたのか、信じられないことに超巨大黄金ゴーレムが前方に飛び込みジャンプして全身で押し潰そうとしてきた。

 さすがに走っているだけでは逃れられるタイミングではない。

 ノアクルは粉砕された馬車の荷台に足をかけて――


「スキル【リサイクル】……ッ!」


 ゴミをバネのようにして大きく飛んだ。

 それは海まで届くほどだ。


『海へ潜って逃げるのかノアクル王子ぃ!!』

「いいや、着地するのさ」


 瞬間、ステルスを解いた巨大なイカダ――海上都市ノアが姿を見せた。


『なにぃ!? ――……と驚くとでも思いましたかぁ! ウォッシャ大佐の船がイカダの攻撃を受けて沈没したのは知っていますが、この私の〝超巨大ゴルドーゴールドゴーレム〟は百倍の装甲を備えているんですよぉ! データ的に撃ち抜くのは絶対に不可能! 金こそが最強ォォォ!』

「データってのは、常に更新されるもんなんだよ」


 ノアクルは魔大砲の準備を開始した。

 そこに以前の姿ではなく、さらに巨大に改造されていた。

 実は数日前、ラストベガ島に乗り込む前にノアクルがウォッシャ大佐の船〝51門ウォッシャ専用艦ゴッシャー号〟の全武装をスキル【リサイクル】して取り込んでおいたのだ。


『……は?』

「金は金でも、お前は試金石だゴルドー。百倍以上の威力になったか試させてもらうぞ……!」


 それは急激に魔力を集め、砲身が輝き始める。

 乗っている人間が増えた分、充填される魔力自体も大幅に上がっていた。

 もはやノアクルにも予想できない威力だ。


「魔大砲――発射ッ!!」

『ひぃぃぃぃ!?』


 轟音。

 古代文明の恐るべき破壊兵器は、本来の力を見せつけるかのように鋼鉄の咆哮をあげた。

 放たれた輝きは大海を割り開き、神々の槍のように飛来して、直線上にいた超巨大な黄金ゴーレムを穿った。

 胴体の大部分を失った超巨大な黄金ゴーレムは力を失い、ズシンと倒れたのであった。


 辛うじて無事だった内部から這い出てきたゴルドーは腰が抜けてしまっていた。

 何とかして這いずるようにその場から逃げようとするのだが――そうもいかない相手がやってきてしまったようだ。


「おい」

「の、ノアクル王子……!? ではなく、宰相閣下!? なぜここに!?」


 それはローズの父親である、アルヴァ宰相であった。

 元々がかなり体格の良い軍人経験ありの強面だったのだが、現在の雰囲気を言葉で表すと〝鬼〟である。


「シュレド大臣に頼っても何も進展がなかったから直接乗り込んで来てみれば……。貴様……よくも我が愛娘を……」

「こ、これには深い事情が……そ、そう! すべてノアクル王子が悪くてですねぇ!!」

「話は娘から聞いている……! 今更、見苦しい言い訳をしおって……!!」


 アルヴァ宰相の背後には、いつの間にか先に移動していたローズとムルが控えていた。

 気が動転したゴルドーはつい、いつもの物に頼ってしまう。


「か、金ならいくらでも払いますのでぇ!!」

「宰相であるこのオレが、金で動くはずないだろう!!」

「ひっ」


 あまりの剣幕に、ゴルドーはビクッとしてしまう。


「貴様はその他にも禁止されている奴隷や、それを使った闘技場を運営していた罪もある……! ついでに密造したであろう巨大なゴーレムによる街の破壊などもな! きっちりと裁かれてもらおうか!! もちろん、金では解決できんぞ!!」

「そ、そんなぁ!?」


 ゴルドーは縄をかけられて、アルヴァ宰相の部下たちに拘束されたのであった。

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