ローズの吐露

 試合が終わり、死ぬほど疲れたので今日は部屋で寝ることにした。


(スパルタクスに会いに行くのは明日でいいだろ……)


 泥のように意識はまどろみ、眠りはすぐに訪れた――のだが、途中で現実に引き戻された。

 そのキッカケとなったのが、信じられないことにローズが鉄格子越しに呼びかけてくる声だ。


「貴方……ノアクルですのね……」


 ビクッとなってしまった。

 正直、状況も分からずに本名を名乗ってしまったのが失敗だった。

 ローズのリアクションなどからゴルドーへ伝わってしまったらマズい。

 今連れ出そうにも間を鉄格子が遮っている。

 万事休すだ。


「そう名乗る理由……きっとお父様が皮肉で、救出隊の貴方に〝ノアクル〟と偽名を付けたんですわね……」


 セーフ。

 どうやら闘技場の時はマスクをつけていて、今は背中を向けて寝ているために本人だと気が付いてないのだろう。

 父親が寄越した救出隊の一人だと勘違いしているらしい。

 自称ノアクルとして、声を出さずにコクコクと頷く。


「死んでしまったあの人の名前を付けるなんて……酷すぎますわ……」


 背中越しでもわかってくれたようだ。

 今ノアクルができることは、正体がバレないように無言を貫くことしかない。


「そりゃ、今こうなっているのは全部殿下のせい……。バカでアホでマヌケでゴミフェチでサイテーでデリカシーなしで……」

(すごい言われようだな、俺!? いや、割と普段からだったか……?)

「でも……処刑されたって聞いたときは涙が止まらなかったわ……。なんで、わたくしが殿下に強く当たっていたかも思い出しましたわ。最初のキッカケは殿下に成長して頂くため……。でも、殿下は危険な自分から、わたくしを遠ざけようとするばかりで……。だから……わたくしも距離を縮めたくて、つい強く言ってしまって……」

「……」

「それでもいつか殿下が王になると信じて、将来サポートするために一生懸命に勉強をしても……結局は殿下が死んで……わたくしには何も残らなかった……心も愛も目標も未来も何も…」

「……」

「こうなる運命だったのかしらね。殿下のお気持ちを無視して、自分を押しつけて……。もう死んでしまったら謝ることもできないじゃない……殿下のバカ……。でも、わたくしはもっとバカで、もっと子どもでしたわ……。自暴自棄でこんなことになって、お父様にもご迷惑をかけてしまって……。ごめんなさい、縁もゆかりもない貴方に支離滅裂な話をしてしまったわね。さっきの話は忘れて頂戴」

「……」

「ノアクルと名乗る者よ、わたくしのことはもういいんです。しばらくは獣人の待遇改善のために生きて、ゴルドーと結婚して家の名を汚す直前に潔く自決致します。だから、さようなら。もうわたくしのことは忘れてください」


 ローズの足音が遠ざかっていく。

 たった十一歳の少女の足音はコツコツと軽く、覚悟は命を賭けた重さだ。

 今の話を聞いていたトラキアが起きてきた。


「お、おいおい……今のって……ノアクル……お前……」


 無言のノアクル、その表情を見たトラキアは何かを察して再びベッドに戻っていった。

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