ボロ船をリサイクル

「うわははははは! アスピ、お前ゲロかけられて怒ってやんの! 全然心が広くなくて笑った!」

「ぐぬぬ……!」

「わ、悪いのは私なので……! ごめんなさいにゃ!」


 アスピも謝られては何も言えないらしい。


「そうだ、しょうがないだろう。これは不可抗力だからなぁ! わはは!」

「このジーニャスという娘は許すが、ノアクルは許さんのじゃ……天罰が下りますように……」

「言っとけ言っとけ」


 ひどく低レベルな二人のやり取りをしていたが、ここはボロ船の中でいつ沈んでもおかしくない状態だ。


「さて、脱出しなきゃな。ジーニャス、歩けるか?」

「す、すみません……歩けそうにないですにゃ……。でも、何か杖でもあれば頑張って……」

「仕方がないな」

「にゃっ!?」


 ノアクルは有無を言わさず、ジーニャスを背負ってしまう。


「み、見ず知らずの人にこんなことをさせるわけにはいきませんにゃ……!?」

「困っている者がいたら手を差し伸べる。それが高貴なる立場って奴だ。小さい頃、父から教わった」

「の、ノアクルさん……」


 ノアクルは、たまには王子らしい言動をして表情をキリッとさせていた。

 行動からしてもイケメンだろう。

 ――頭からゲロをかぶっていなければ、だが。


「オロロロロロロロロロロ」

「……何か頭に生暖かいモノが」

「ほっほっほひひほほ! 早速、お主に天罰が下ったようじゃなぁ!」


 意趣返しとばかりにアスピが大笑いしていた。


「ぐぬぬ……!」




 ***




 イカダに戻ったのだが、ジーニャスはひたすらに謝り倒していた。


「すみませんすみませんすみません本当に失礼しましたにゃ……」

「い、いや。大丈夫……」


 ノアクルとアスピは船内で見つけた洗剤を使って、海水で洗い流したあとだ。

 まだ若干、頭に臭いが残っているような気もするが、謝り続ける本人を前に報告することも気まずい。


「それにしても不思議ですにゃ……。このイカダに乗ってから船酔いが楽に……」

「それは大地の加護がかかっているからじゃのぉ。このイカダの上は概念が大地に変化しておる」

「す、すごい……神様だにゃ……」

「ほっほっほ。ノアクルと違って、ジーニャス嬢は素直な良い子じゃのぉ」


 チョロいな、この亀……とノアクルは思ったが黙っておいた。


「そういえば、ジーニャス。あのボロボロの船はどうするんだ?」

「うーん……ここまでくると修復も難しいですから、残念ながら廃棄されてしまいますにゃ……」

「木材を再利用とかはしないのか?」

「このアルケイン王国は資源が無限に湧いてくると言われるくらいなので、海軍でもそういうことはしませんにゃ。むしろすると不敬になりますから……」

「そうか、廃棄するならゴミだな。もらっておこう……スキル【リサイクル】!」

「えっ!?」


 船へ向けて手をかざすと、次々と木材などの材料に戻っていく。

 それはこのイカダに乗りきらないくらいだ。


「んー、イカダ自体を拡張しておくか」


 イカダの構造としてはシンプルに木材の下に〝浮きの実〟と呼ばれる浮力ある実を取り付けているだけなのだが、拡張部分にはそれがない。

 しかし、すでに大地の加護が与えられているために不思議な浮力が発生しているようだ。

 船の木材を使って雑に拡張しても問題はなかった。


「……メチャクチャ広くなったが、さすがにこの人数じゃ無駄な広さという感じがするな」

「な、なんなんですにゃ……今のは!?」


 ジーニャスが目を丸くして驚いている。

 そういえば忘れていたが、これが普通のリアクションなのだ。


「スキル【リサイクル】の力を使った」

「スキル【リサイクル】……呪われし力……。名前がノアクル……。も、もしかしてあの呪われ王子のノアクル様ですかにゃ!?」

「よく本人を目の前に言えるな……。だが、その通りだ」

「ま、またまた失礼しましたにゃ! ですが、ノアクル様は死んだと……」

「ところがどっこい、ゴミとして海に棄てられたが、生きていたということだ」

「発表によると、ノアクル様はとても悪い人で……でも、私を助けてくれて……」


 学生の身分だが、海軍学校に所属しているということは海軍として行動すべきだ。

 王国に仇なすノアクルを目の前にして、ジーニャスが取るべき行動は決まっている。

 それはノアクルを捕らえるか、再び処刑すること。

 しかし、ジーニャスの良心が揺らいでいた。


「世の中には二つのゴミがある。使えないゴミと、俺のように使えるゴミだ」

「使えないゴミと使えるゴミ……」

「ジーニャス、今は見て見ぬフリをして、陸に戻るまでは俺を利用しておけばいい」

「……ノアクル様、もしかして悪い人ではないのでは……?」

「良い悪いはわからん。わかるのはゴミの分別くらいだ」

「ふふ、変な人ですにゃ」


 ようやく笑みを見せてくれたジーニャスの表情は、どこにでもいそうな明るい年頃の少女のものだった。


「ところで、海軍学校のある島の方角はどっちだ?」

「えーっと、船が流された距離、太陽の位置からして~……あちらですにゃ」


 ジーニャスが指差した方向には何もなく、陸地が見えない状態だ。


「うお、そんなことが一瞬でわかるのか」

「はいですにゃ。私は海に関しては天才ですからにゃ!」


 ――このゲロ少女が天才を自称しても疑うしかなかったが、実際に数時間で島が見えてきたので信じるしかなくなった。

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